5 村へ
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「あっちの世界の人間だ」
「尻尾が生えてないぞ」
「耳もないな」
崖下の村に着くなり僕は早速囲まれてしまった。
囲んでいるのは村の子供達。
「子供……なんだよな?」
「年齢だけで言えばあなたと同じくらいですよ」
獣のような耳と尻尾。ふさふさとした体毛。
鼻や口もどちらかと言えば犬や猫、狐に近い形をしている。
どちらかと言えば獣が二足歩行し体格もヒト並になった。という表現が適切だろうか。
なった、というのは傲慢かも知れない。こちらの世界では彼らは元からこうらしいのだから。
寿命は彼らの方が数倍長いが、その代わり知識の習得速度や体格の成長が僕達に比べて遅いのだとミリアから聞いた。
ミリアはちなみにいくつなの? と聞いたところにこやかな笑顔だけが返ってきたので追求はしなかった。
「この人、また巫女様が連れてきたの?」
「そうですよ」
ミリアはこちらの世界では巫女と呼ばれているらしい。
未だ思念体という姿で動いているが、彼らが驚きもしないところを見るに日常茶飯事な現象なのだろう。
「久しぶりのあちら側の人間だ」
「どうぞゆっくりしていって下さい」
子供達の親だろうか、足元に纏わりついてた子供達より数倍大きい獣人はフレンドリーにそう言った。
とりあえず警戒されなかったことに安堵したが、それと同時に疑問も沸いた。
「さっきから、僕の姿を珍しがってはいるけどあまり驚いてはないようなのはもしかして……」
「はい、創平の存在があったからですよ」
そうか、僕の曾祖父さんもこの村に来たことがあるのか。
そう考えると少し感慨深いものがある。
曾祖父さんがこの世界で何をしていたのか気になった僕はミリアにそれとなく聞いてみたが、それはおいおいと一旦置かれてしまった。
「ミリアはまだその姿のままいるのか?」
「ああ、そういえば思念体のままでしたね。あとで一度私の家に寄ってもらえればその時戻りますよ」
わかった、と頷きつつ村を見渡しながら歩く。
興味有りげな僕にミリアは耳打ちした。
「あれは八百屋。あちらが肉屋、隣が魚屋。この辺りに海はないのでもっぱら川魚ですが。お店は一通りこの辺りに纏まっていますね」
「やっぱりこっちの世界にもそういった店はあるのか……」
確かによく見ればそれらしいアイコンが描かれた看板がぶら下がっている。
「はい。その辺りはあちらとそれほど遜色ないかと。人としての生活基盤は大体一緒ですからね。ただ、文明はそれほど発達していないのであちらでいう電気やガスといったものはまだありませんね」
なるほど、中世辺りに近い世界観なのかもしれない。
「あれは?」
僕は店が連なる奥にある建物を指差した。
あの建物だけ看板もなく、営業している様子もない。
一階部分の半分は屋根だけが道へ向かって伸びていて、開かれたスペースががらんどうになっている。
一般家屋ではなさそうだが……。
「あちらは……。一応お店ではあるんですが。店主も今は留守をしているようですね」
「また後で来てみるか」
言いつつ、店が立ち並ぶ通りを抜け、住宅が集まる通りを抜け、一度村の外れに辿り着いた。
少し坂がありその先の丘に一軒家が見える。そこがミリアの住まいらしい。
村の住人に一旦別れを告げ、僕達はミリア邸へ足を向けた。
異世界に来たからといって、今のところ僕に特殊能力的な何かは発現していない。
かといって、凄まじい運命に巻き込まれている訳でもない。
とりあえず訪れた村は友好的で、何をすべきかも今のところ不明だけど上手くはやれそうだ。
坂の途中で村を一度振り返る。
看板のない店がまだ小さく見える。
僕はその店がどうも気になって仕方なかった。