4 緑の世界
――光が収束した。
草の匂い。
降り立ったと感じた瞬間、風の心地よさを感じた。
光に包まれて眩いだけの景色を駆け抜け、光の先の一点へ向かうような移動。
実際に自分の意思で足を動かし移動したわけではないが、確かに違う場所へ到達したことを確信した。
「……風が、吹いてる」
「でも少し、泣いているみたい」
「そういうのはいいから」
切なげに髪を掻き上げるジェスチャをしたミリアを背に周囲を見渡す。
僕たちは崖の上にいた。
切り立った崖の頂点付近に石で組み立てられたようなモニュメントと、先ほど地下室で見た紋様(同様かはわからない)が刻まれた石版がある。
これがいわゆる移動装置なのだろうか。
兎にも角にも移動したというのは確実なようで、とりあえず現時点では騙されたわけではなさそうだと判断できる。
本当に異世界に来たのか……?
「ここが、君の言う?」
「そうですよ。その下、見てみてください」
「下? 下って崖の下?」
はい、と頷くミリア。
高すぎて普通に怖いんですけど。
かなり遠くの方まで見える。
緑が溢れていた。
森に山、川。僕がビルの上からよく見ていたコンクリートのグレイはどこにもない。
空気が美味しいというのはこういうことなのか、と言葉と実感がピタリと一致した。
かつて日本にもこういう場所が溢れていたのだろうか。
綺麗だった。
心の底にドロドロに沈殿した汚泥が少しだけ綺麗な水に置換されるような、そんな気持ち。
遠方に飛ばしていた視界を恐る恐る真下へ移す。
自然とは違う、開けた場所が見えた。
「あれは……。村?」
何か点のようなものが動いているが、目を凝らしてもよく見えない。
そういえば眼鏡を持ってきていなかった。
どこに置いてきたんだっけ……。
そういえば朝から掛けていなかった気がする。
「よく見えないけれど、あれはもしかして……」
「はい、この世界のヒトです」
「へえ……あれがこの世界の……。建物は木造……? なのかな? 着色もしてある、何で色をつけているんだろう」
「そうですね、この世界は木造がほとんどですねえ。ペンキはこの世界にはないですよ」
僕は多少興奮していることを自覚しながら彼女に振り返った。
「君も、あそこの村で生活しているのか?」
ミリアは懐かしいものを見るような目で微笑む。
「私はそうですね。私は村からちょっと外れたところなので…、あ、でもお買い物なんかにはよく来ますよ。行ってみます?」
「行ってみたい!」
――異世界。
ゲームやマンガなんかではよく目にする言葉。
主人公達は現実世界からなんらかの方法で呼びだされ、そこで自分にしか出来ないことを見つけ、英雄となる。
僕も憧れた頃があった。
それでも僕の現実はそうじゃないと思っていた。
現実にあるなんて信じていなかった。
どうしてか僕の有り様とこの世界は違和感がないと感じる。
本当ならまだ戸惑い、まごついているのが普通なのかもしれない。
でも僕は高揚している。知りたいと、この世界を感じたいという気持ちの先走りを抑えることができない。
先ほどミリアに戻れるかどうか、なんて質問をしたっけ。
別に戻れなくてなんて良かったんだけど。
これが夢でも、幻覚でも。騙されていたとしても。
今は良いと、そう思った。
年甲斐もなくはしゃぎながら僕は、崖の頂点から続く森の道をミリアと共に下っていった。