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2 はじめてのおつかい

 「えっと……」


 目をこすりながらえっと……。などと言うテンプレみたいな行動が飛び出してしまったことに我ながら驚きつつも改めて眼前の少女に意識を戻す。

 

「はい?」


 可愛らしく小首をかしげながら僕を見つめる彼女は少女……と、言って差し支えないはずだ。

 年齢は15歳前後。多少小柄ではあるが肉体的な雰囲気は大体中学生辺りだろうと思う。先に言っておくが僕はロリコンではないのであしからず。

 紺の和服に身を包んではいるが、装飾が珍しい。あまり詳しいわけではないけれど日本製ではなさそうだという予測が立った。

 どこかで見たことがある……。あることは間違いないのだけれど、それが思い出せない。

 

「えっと、君……。どうしてこんなところにいるのかな? ここオンボロだから遊ぶには危ないよ」


 とりあえずあらゆる方面で安全であろう第一声をかけてみた。

 

「それは何かの冗談なのかな?」彼女はむっつりと少し怒った様子で言う。「ミチル、ここに来たって事は思い出したってことでしょう?」


 僕の名前を呼びながら何か不穏な事を言い出した。

 思い出す? 何のことだろう。

 

「そろそろかなとは思っていたけれど、あーんなちっちゃいカワイイ時からこんなおっさんになっちゃって……。ミリアお姉ちゃんは悲しいです」

 よよよと泣き崩れる真似をする彼女。

 

「僕はまだお兄さんだ」

「つっこむとこ、そこですか?」

 下らない掛け合いで少し冷静になってきた。

「そろそろいくつか真面目に聞きたいことがあるんだけど」

「どうぞ」

「君って、もしかして人間じゃないの?」


 泣き崩る真似をしてペタリとおしりを地面につけた彼女。

 よく見ると、埃に跡がついていない。ついでに言えば影もなかった。

 

「うーん、少なくともあなた達が定義している人間ではないです? だってあなた達の世界の人間はこーんな尻尾とかついていないでしょう?」


 小ぶりのおしりの影からぴょこりと尻尾が飛び出した。

 それはふさふさとしていて狐の尻尾に似ていると思った。

 突然の出現に絶句してしまっている僕を見て、ミリアと名乗った彼女は矢次早に言う。

 

「なんだか……、本当に何も知らない風ですね……。演技ならそろそろ辞めどきですよ?」

「……だから、本当に何もわかってないんだって。僕は思い出したとか思い出してないとか関係なく、ただあまり記憶にない曾祖父さんの家の掃除をしろって頼まれてここに来ただけなんだから」

「……じゃあ記憶の蓋はまだ閉じたまま。私の事も思い出してない?」

「その通り」

 ようやく僕は顔にかかったクモの巣を思い出して払った。

 

「僕は君と会った事があるのか?」

「君! 君だなんて……、昔はミリアお姉ちゃんってくっついて来たくせに」

「そういうのはいいから」


 先ほど少しだけ思い出したこの家と女の子のこと。

 女の子というのは彼女の事で間違いないようだ。

 欠けたパズルのような思い出だったが、確かにその女の子は彼女だった……ような気がする。でもその時には尻尾なんてなかった気がするし、なにより見た目が全く変わっていない点が不思議だった。

 

「少しだけ思い出した……。けれども、君は見た目が変わっていないように思える」

「そりゃそうですよ。私達はあなた達より寿命が遥かに長いですから」

「そんな当たり前な感じで言われても理解が追いつかない」

 とりあえず僕は玄関の段差に腰を下ろした。やはり埃が舞って空気中が若干煙たい。

 

「ええっと、君はその……幽霊のようなものなの?」

「ぶぶー、違いますー。ああ、でも概念は似たようなものなのかも」彼女は口元を3の形にして不正解を示す擬音をわざわざ言った。「私はあちら側の世界からこちらに思念体だけを飛ばしてお邪魔しているんです」

「そもそもあちら側の世界とかいきなり言われても」

「だって、それしか表現の仕方がないのですもの。あなた達も自分達の世界に名前なんてないでしょう? 創平……あなたの曾お祖父様は異世界、なんて呼んでいましたが」

「創平……、それが曾祖父さんの名前だって事はわかる。だけど、曾祖父さんってそんなトンデモな人だったような気がしないんだけど……」

 ミリアは両手を上げてやれやれとでも言ったように話す。

 

「創平はなるべく他言しないようにしていましたからね。地下室の事も隠していたし、異世界のことも、私のことも」

「でも僕は幼いころ君と遊んでいたんだろう? それって他の人も知っているんじゃないの?」

「いえ、私を認識することができるのは創平とあなただけですよ。なので、小さい頃あなたは『見えない何かとお喋りしている痛い子供』という認識をされていたはずです」

 微妙に身に覚えがあった。

 

「見えるのは、やがて私達こちら側の住人と接点を持つ運命を持つものだけ。そうでない人は自己の人生と関わりの無いものとして自然除外され結果感知できません」

「……どうして僕だけ?」

「それはわかりません。けれども、私はいずれあなたが戻ってくることを信じてここで待っていました」彼女はすっと立ち上がる。綺麗な姿勢だった。「創平は当時あなたに術を掛けました。ここの事をしばらく忘却するよう。そして時が経てば自然と溶け、適切な時を重ねればまたここに戻ってくるようにと。ミチル、最近何か見えざるものが見える、と言った経験が多くなっていたのではないですか?」

「……確かに」

 精神疾患、と言われ会社で問題とされた所以もその辺りにある。

 

「それは、私達の世界とこの世界を繋ぐ扉から漏れだした残留思念でしょう。あなたが自覚無自覚どちらにせよ記憶の蓋は開きかかっていた、ということです」

「少し、整理したいんだけれど」

 彼女は掌をこちらに差し出す。どうぞ、というサインだろう。

「まず、ここじゃない世界っていうのがあって、君はそこの住人。そして創平……曾祖父さんは何故かはわからないけれどそこと交流があった」

 一旦言葉を区切ると彼女は頷く。間違っていないということのようだ。

 

「そしてここじゃない世界……。ああもう言いづらいな。異世界。異世界の住人である君は不思議な力で思念体……、とかいうものをこちらに飛ばしている。それは普通の人には見えないもので、僕はいずれ君達と関わる運命にあるから見えていた。だけど、曾祖父さんは一旦その記憶を封印して、それが僕の中で溶けかかっている。ここまで合ってる?」

「はい」

「それで自覚があるにしろないにしろ、僕はここに戻ってくる運命だったと」

「はい」

「えっと、納得はできないけど理解は少し追いついたって感じかな……。これが夢じゃなかったとして、それを知った僕はどうしたらいいのさ」

「私達の世界……、異世界に一緒に来てもらいますよ」

 にこりと彼女は微笑んだ。

 

「そんな簡単に……。ぱぱっとワープするって話でもないんでしょ?」

「いえ、パパっとワープできますよ。ここの地下室から」

 急展開だった。

 話の流れで地下室に何かあるんだろうとは思っていたが、まさかワープ装置だったとは。

「え、本当に行くの? これから? 僕が?」

「はい、私はそのために待っていたんですから」

 そう言うと颯爽と奥に向かっていく彼女に何を言えばいいのかわからず、とりあえず僕はポリバケツを拾ってその後を追った。

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