流れる血は多し
何とか書けた……航空畑を歩いてきた身に陸戦はきつい。
早く新しいドクトリンのもと作られた最新鋭兵器を出したいのに……。
何とか3~4話後には鳳翔を出したいなぁ、と思っています。
フィシー公国、エレート。フィシー公国第2の首都とでもいうべきこの都市は魔工都市と呼ばれている。
魔工とはミスリル等の魔法鉱石を加工し、製品化することである。鍛冶と魔法、2つの技術を持った者しか行えないため、製品は非常に高価である。それゆえ、ただの金属をそれっぽくしたものを魔工製品と偽る詐欺も絶えない。
だがそれでも魔工製品を求める者は多い。値段相応の価値があり、魔工製品を持つということは、それだけで1流だというステータスになるからだ。
そして今、その技術と富を狙う者達が、すぐそこまで迫っていた。
「壮観だな」
エレート都市長、バルダロンは目の前の光景を見てそう呟く。
彼の眼下では煌びやかな鎧を身に纏った騎士たちが行進している。ミスリルの鎧と盾で守られ、アダマンタイトの剣と槍を掲げて進軍するさまは、神話の1ページを見ているかのようだ。
だがこの光景を見ても彼の中の不安は消えない。
「しかしニホンは多数の竜を従えているという。ウルバストの連中のようなワンサイドゲームにはならんだろうが、ただでは済むまい」
3日前、偵察に出した騎士が瀕死の状態でエレートに帰還した。騎士は息を引き取る前に、ニホン軍がすぐそこまで迫っていることを伝えた。
この報告を聞いたバルダロンは即座に予備戦力である鍛冶師や魔工師に動員をかけ、女子供は倉庫などに隠れるように命じた。
こうして揃えられたのが、今現在大通りを行進している騎士たちなのだが、この世界における力の象徴たる竜が前ではどうしても霞んでしまう。
「バルダロン様、空をご覧下さい」
「ん?」
側近の言葉に従い、バルダロンは空を見上げる。そこにはヒヒイロカネの防具をつけた飛竜と竜騎士達が飛んでいく姿があった。
「おおっヒヒイロカネ竜騎士団も参戦するのか!」
ただでさえ高価な飛竜に魔工製品を付けられるのは、世界でもここエレートだけであろう。
ニホンは強い。それは間違いない。だがエレートの軍隊も決して見劣りすることはないとバルダロンは確信した。
「エレートはフィシー公国の歴史に刻まれるであろう。侵略者ニホンの侵攻を防いだ都市として」
そしてエレート共に歴史に刻まれる自分の名前……。そこまで考えたバルダロンの口元が緩む。
「フッフフッハッハッハッハ」
誰もがバルダロンと似たような思いを抱いていた。いくらここまで進軍してきたニホンが相手でも、この魔工具を使いこなす騎士達がいる限り、エレートは安泰だと。
愚者達は笑う。現実がすぐそこまで来ていることに気付かずに。
エレート近郊。エレートの騎士団が展開したことで、人口密度が上がった草原。騎士団は偵察に出した者達が戻ってこないことから、もうニホン軍はすぐそこまで来ていると想定して警戒態勢を敷いている。
地上では軽装騎兵が本陣の周りを3重にもわたって巡回し、空では竜騎士が4機で編隊を組んで空と地上を見張っている。
この世界のいかなる軍隊でもこの警戒網を突破するのは不可能だろう。相手がこの世界の軍隊ならば、だが。
「ん?」
始めに異変に気付いたのは空にいた竜騎士だった。耳に小さな、だが間違いなく自分達が発したものではない異音が伝わってきた。
異音の発生源と思われる上を見上げると、それはもう回避不可能な距離にいた。
哨戒に出ている3つの編隊に対し各20機、計60機の6式戦闘機の主翼に懸架された12・7ミリ機関砲20門が竜騎士たちに向かって火を噴いた。
日本では12・7ミリ弾は20ミリ以上の砲弾のように、内部に何か特殊な仕掛けが施されることはない。精々が弾道を視認するための曵光弾だろう。
だが飛竜のような軽装甲が相手ならばなんら問題は無い。鱗から始まり、脂肪、筋肉、骨、臓器の順番で貫いて、生物としての機能を停止させる。
「ギャッ」
「グエッ」
機首に描かれたシャークマウスを見せ付けるように6式戦闘機が急上昇するのを背景に、哨戒に出ていた竜騎士13匹と13人分の構成物で空を汚す。
彼らヒヒイロカネ竜騎士団はフィシー公国のエースだ。厳しい選抜試験を乗り越え、過酷な訓練と実戦をこなしてきた。それに相応しい最高級の魔工具を装備している。
しかし、かなしかな。いくら努力しても、基礎から負けている相手には勝てない。
雀が鷲に勝てないのと同じように、優秀なブリーダーが育てた飛竜、極限まで鍛え抜かれた騎士、熟練の魔工師が鍛え上げた魔工具。これらを組み合わせても、アルバイトで入った素人工場員の手で作られた大量生産品には勝てないのだ。
上で竜騎士が肉塊に転職したことに気づいた騎士達が慌ててバリスタと弓を用意するが、間に合わない。間に合ったとしても航空機にそんな原始的な道具は通用しない。
事実、急降下してくる6式軽爆撃機に対してそれらが当たることはなかった。当たったとしてもバリスタ以外は効果がなかっただろうが。
「こっちに来るぞ!」
「ヒイィィ、く、来るなぁ!来るなぁ!」
野戦司令部とフルプレートの鎧を着た騎士達が固まっている場所に60個の1000ポンド爆弾が投下される。
熟練の魔工師達が技の限りを尽くして製作した1品物の魔工具。それが毎日数百個作られる1000ポンド爆弾によって金属片とかし、その価値を失う。
人間も無事ではいられない。
爆炎と熱量で眼球を焼かれ、隙間から入り込んだ破片が暴れまわり、衝撃波が臓物を破裂させる。
着弾地点近くにいた幸運な者はこの時点で死ねたが、不運な者は四肢が欠損したり、内臓を外気に晒しながら苦しむこととなった。
「あああ……、腕がぁ、腕がぁ」
「お、おい!何か来るぞ!!」
楕円翼の悪魔達が去ったあと、彼らの真上を緑色に輝く巨鳥の群れが飛び超えていく。
巨鳥に気付いた飛行場から飛竜が飛び立っていく。
「奴等を追い払ってくれ!」
だが離陸したばかりの飛竜達では高高度を高速で飛ぶ巨鳥には追いつけない。
魔工具に付与された魔法の助けで何とか近づいた者も7式双発爆撃機の12・7ミリ機銃と20ミリ機関砲の弾幕で地面の染みとなる。
「…………」
言葉もない。空の支配者である飛竜が追いつけず、何とか近づいても攻撃を受けて落とされるという彼らの常識を粉砕する光景を前に、脳が機能を一時停止したのだ。
「な、何で飛竜が爆装した大飛竜に追いつけないんだよ!」
「しかも近づいた奴が落ちたぞ!ニホンは飛竜に魔法でも覚えさせたのか!?」
地上の喧騒をよそに、7式双発爆撃機30機は自分達の目的地へと飛翔する。
飛行場とエレートの上空に辿り着いたところで、葉巻状の胴体の巨鳥達の腹が2つに割れ、中から6つの粒が落とされる。
飛行場で、住宅街で、領主の城で500ポンド爆弾は炸裂した。生ごみを必死に漁っていた貧民が、夕食の献立を考えていた主婦が、優雅に菓子を頬張っていた貴族が爆弾と共に吹き飛ばされ、物言わぬ粗悪な肉となる。
飛行場では竜舎に爆弾が直撃したことで、飛竜がパニックに陥りそれに反応した飛竜も同様に……、といった悪循環に陥っていた。
「おい!エレートから煙が上がっているぞ!」
「飛行場からもだ!」
エレートと飛行場から上がる黒煙を見て、気が気でない騎士達の背後から何か奇妙な音が聞こえて来る。
まるで、地面と金属を擦り合わせた様な音の発生源は、望遠鏡に頼らずとも肉眼で死人できる距離まで迫っていた。
「あれは……?」
その問いに答えることなく、1式主力戦車改の105ミリライフル砲は騎士達の中央に叩き込まれる。その攻撃に合わせるように105ミリライフル砲が砲弾を吐き出して、人間だったものを量産していった。
「ああ……、うあああぁぁぁ!!」
誰かの叫び声をきっかけに、組織だった騎士団だった者達は死に怯える無力な人間に堕落する。
勝敗は、ここで決した。
帰巣本能故か単純に真っ先に思いついた安全地帯が他に無かったからか、彼らが守るはずであったエレートへ遁走する。
残念ながら日本は彼らをみすみす逃すほど無能ではない。どこにも逃げ場など無いことをフィシー公国に属する全ての人間に知らしめるための行動に出た。
結果はすぐ出た。彼らが逃げようとする先――エレートに4式噴進車両と3式自走砲の127ミリロケット弾と155ミリ砲弾が着弾した。これにより阿鼻叫喚の地獄となっていたエレートの混乱は更に加速し、収集不可能となっていた。
そこへ旧式となった1式主力戦車と2式多砲塔戦車もこの蹂躙劇に参加して、62口径76ミリ砲がエレートへ向けて発射される。105ミリ砲に劣るといっても、中世クラスの相手なら充分な威力を持っている。
120年の歴史を誇り、幾度も魔獣や他国の軍勢の侵攻を防いできた城壁が砂の城の如く崩れ去り、鋼鉄の獣と斑模様の兵士が雪崩れ込む。
血塗れの狂乱が始まった。
1式7・62ミリ小銃を構えた陸自隊員が味方以外の動くものを片っ端から7・62ミリ弾で撃ち抜いていく。母親の屍に縋り付く子供に銃剣を突き立てる。家族の助命を願う男の頭に銃床を叩きつける。
半狂乱となった騎士を戦車の履帯で踏み潰す。住人を誘導していた騎士を同軸機銃で撃ち殺す。砲身にしがみついた男を壁に叩きつける。
6式軽爆撃機が倒れた人を踏みつけながら逃げ惑う民衆に対して翼内に搭載された7・62ミリ機銃2丁を使い射殺する。瓦礫の山の陰で自衛隊を迎え撃とうとしていた騎士達を6式戦闘機が12・7ミリ弾を贈り、瓦礫を彩るオブジェになる。
そんな光景があちこちで見られた。
1式攻撃回転翼機改隼2型と2式汎用回転翼機が都市長の城を制圧するまで、この地獄は続いた。そしてエレートの住人には復興支援と引き換えに特別な教育が義務付けられることになる。
シュぺリア諸島。東大陸から中央大陸に行くのに必ず立ち寄る必要のある島々。地球で言うジブラルタル、ハワイに近い。
この島々の住人の多くは東大陸の人間とは違い、浅黒い肌をしており、よくそれが理由で差別されていたが、今のところは平和に暮らしている。
そんな島の端にある民間の飛行場。とある男が中央大陸に行ったとき、動力機関で飛ぶ鉄の鳥に出会ったことをきっかけに運送業を始めた。
燃料、部品その他諸々は輸入するしかなかったので、費用はバカにならなかったが、民間の飛竜よりも多く荷物を運べることから広まっていった(なお大陸に広まっていないのは従来の飛竜を用いた運送業者が市場を独占しているため)。
シュぺリア諸島を構成する島の1つ、ゴドール島。あまり大きくない島唯一の民間飛行場、エアロット飛行場。ここでは今日もレプシロエンジンの音が鳴る。
「マルセン兄ちゃん!今日もマガン島に行くのか?」
「そうだよコーデン。最近は本土との荷物の行き交いが多いらしいからね。ゴドール島を行ったり来たりさ」
15歳ほどの少年が元気な声で青年に声をかける。2人とも黒い髪と瞳、浅黒い肌をしていることから、シュぺリア諸島の原住民であることが分かる。
少年の名はコーデン・エアロット。青年はルトー・マルセン。両者共にエアロット空輸で働くパイロットである。
エアロットの名前から分かる通り、コーデンはエアロット空輸創業者の一族であり、現役の社長の息子なのだが、幼いころから飛行機を見てきたからか、パイロットに憧れて社長の息子? そんなこと知らんとでも言わんばかりにパイロットとなった。
一方、マルセンは中央大陸から旅行に来た技術者の女に一目惚れして、猛烈なアタックの末に口説き落とした過去があり、妻と将来の我が子のためか、仕事に邁進してエアロット空輸ナンバー1のパイロットとなった。
「ジリビン姉ちゃん、寂しがってないのか?前会ったときピリピリしていたけど」
「ハハハ、大丈夫だよ。島に帰ってきたら必ず家には立ち寄るし、今日も元気そうだったからね。それとコーデンが会ったっていうのは喧嘩したってことだろう」
「うっせー!」
マルセンの妻であるジリビンは知的で理性的な女性なのだが、何故かコーデンとは馬が合わず会うたびに喧嘩ばかりしている。
なお喧嘩の様子をみたマルセンが姉弟みたいだと評したらジリビンは1週間口を利かなくなった。
「って、マルセン兄ちゃん、時間だ!そろそろ行かないと!」
「おっと、もうそんな時間か」
仕事を思い出した2人はそれぞれの愛機に乗り込む。
SA.79ストーン。グラン・イデア帝国で開発された複葉機である。翼を始め、機体の大部分は布張りで、他は木金混同だ。
かつてはグラン・イデア帝国陸軍で偵察機として活躍したが、より高性能な後続機が開発されたため旧式化した。
その後、民間に売却された物がこのエアロット空輸のSA.79である。
「コンターック!」
整備員の合図でエンジンが動き始める。旧式かつ中古故に新品に比べたら頼りない音しか鳴らないが、2人からしたらこれこそがエンジンの音であった。
だからだろうか。喧しいエンジン音のなかでその音を聞き取れたのは。
「うん?」
その音はコーデンの視線の先から聞こえる。
元が偵察機であるSA.79のエンジンとは比べ物にならない。そうグラン・イデア帝国で運用されている、爆撃機とかいう圧倒的な大馬力エンジンを搭載した機種でなければ出せないような――。
「マルセン兄ちゃん!何だ、あれ!?」
「あれは……!?」
2人の見る先には巨大なエンジンを2基搭載した大型機2種がいた。
片方は緑色の塗装が施された、葉巻状の胴体が特徴的な機体。機体のあちこちに機銃が付いていることから、恐らく爆撃機だろう。
もう一方はよく分からない機体だった。主翼下に何かを積んでいることから爆撃機に思えるが、緑の機体の周囲を守るように飛んでいることから護衛機かもしれない。
そんなことを考えていると、緑の機体の胴体下が2つに割れる。
何事かと注視していると何か細長い物が投下された。
投下されたそれ――8式汎用ミサイルが煙で宙に白線を描きながら目標であるゴドール砦へ向かう。
ろくな対空兵器も配備されなく、動かない巨大な目標である砦に8式汎用ミサイルが次々と着弾する。
1発目で城壁が崩れ去り、2発目で飛竜用の滑走路を破壊し、3発目で武器庫に引火して大爆発が起きた。
呆然とするコーデン達に現実はさらに追い討ちをかける。コーデン達に向かってくる別の編隊が視界に入った。
「回せー!」
コーデンは無意識の内に叫ぶ。それを聞いたマルセンがコーデンを止めようとする。
「やめろ、コーデン!今上がっても撃墜されるだけだ!」
「うるせぇ!地上でやられてたまるか!」
飛行機乗り本能故か空に上がろうとするコーデン。マルセンは機体から飛び降りてコーデンを引きずり出そうとするが、コーデンの機体はすでに滑走路を走り出している。
当然、敵からすればそんな美味しい獲物を逃すはずがない。
「コーデン!!」
マルセンが叫んだそのとき、複数種いる戦闘機の内、全体的に絞り込まれた形状をした戦闘機――7式艦上戦闘機がコーデン機を攻撃した。
プロペラを回す軸についた穴から25ミリ同軸機関砲が、機首上部からは7・62ミリ高速機関銃2丁が火を噴いた。
基本布張りの複葉機如きに耐えられるわけも無く、あっさり左翼と機体後部を吹き飛ばされて、滑走路上をスピンした後炎上する。
「コーデンッ!!!」
マルセンが炎上しているコーデン機に駆けるが、周りの人間に羽交い絞めされる。
「止せ、マルセン!今行ったらお前まで撃たれるぞ!」
「だけど今行かないとコーデンが危ない!爆発したら一巻の終わりだ!」
実の弟のように可愛がってきた少年を助けようと、マルセンは静止を振り切って駆け寄ろうとする。
あと少しで辿り着きそうなところで、さっきの戦闘機とは違う2つのエンジン音が頭上から聞こえる。
マルセンが見上げた先には胴体下に見たことの無い大型爆弾――1000ポンドを搭載した6式艦上軽爆撃機(空自の6式軽爆撃機はこれの陸上機版)と爆弾槽を開いた2式艦上爆撃機彗星が急降下していた。
母機から切り離された1000ポンドがこちらに向かってくるのが、マルセンの視界に入った。
「――ッ!!!」
マルセンは一気にコーデン機まで走り、炎上している機体に乗り込みコーデンを引きずり出す。
そのまま倉庫へ向けて走り出したところで爆発音が響き渡る。衝撃波でコーデン共々宙を舞う。
腕の中にコーデンがいることを確認したマルセンの意識は、次第に薄れていった。
シュぺリア諸島沖を航行する木造船の船団。
彼らはシュぺリア諸島の島々にある砦へ物資を運んでいる最中だった。
戦列艦24隻、輸送艦21隻で構成される大船団であるが、実は国家の物資輸送船団というのは基本的に襲われることは無い。
海賊や敵国の海軍が狙っても戦列艦が輸送船団を囲うようにして航行しているため、360度どこから接近しても砲弾で熱烈に歓迎されることとなる。
飛竜ならばどうかというと、対空用のバリスタとボウガンが周囲に向いているため、うかつには近づけない。
例外は海竜、クラーケンといった海中から襲ってくる敵だが、海中に対する攻撃手段がないため火薬を使った音爆弾のようなもので追い払うしかない。
そしてこの海域には海竜もクラーケンも生息していないためその心配は無用だった。
現在、祖国は大国であるニホンと戦争しているが、海軍が狙うとすればこんな輸送船団ではなく、ブルスト港を拠点とするフィシー公国最強と名高いネヴェア艦隊だろう。国家の輸送船団を襲おうとするだけの海賊勢力もない。
何事も無く終わるはずだった簡単な輸送任務。
日本とは、彼らが大した価値の無いと判断したそれを最優先目標とするドクトリンを持った者達が相手だった。
水平線に浮かぶ黒点。それらは大きくなっていき、やがて望遠鏡で見える距離に接近した。
「左舷、飛行物体複数!高速で接近中!」
「左舷全艦、対空戦闘用意!」
見張り員からの報告を聞いた指揮官は即座に命令を下す。
命令に従い船員達はバリスタに矢を装填し、ボウガンを構える。これがこの世界の一般的な対空戦法だ。
「見張り員!飛行物体の高度は!?」
「海面スレスレです!」
「よし、左舷全艦に通達!飛行物体は低空を飛行しているため火砲の発射準備もされたし!」
そこへ指揮官は新たな命令を下す。海面スレスレを飛行しているならば、対艦、対地装備である火砲も対空戦闘に加えられると判断したのだ。
無論、高速で飛行する物体に火砲なんて滅多に当たらないが、威嚇にはなる。地上、艦上の対空兵器とは基本的に威嚇して攻撃を外させるための装備なのだ。
指揮官が望遠鏡で左舷を見ると、確かに何かが飛んでいる。それは明らかにニホンの鉄の大飛竜と鉄の飛竜であった。
「恐ろしく低い高度を飛んでいることから飛行物体、恐らく敵機はかなりの錬度だろう。だが大飛竜を加えたのは失敗だったな」
高高度から急襲をかけてくる事の多い飛竜を低空から接近させる戦法は良かった。こちらは基本上を見ているのだから、『敵の飛竜がこんな低空を飛行するわけが無い』という思い込みで見逃してしまうだろう。
だが大飛竜は目立つ。飛竜までなら鳥竜(翼が皮膜ではなく、羽毛の竜。基本雑食でおとなしく、民間で使われる竜のほとんどがこれ)と勘違いしただろうが、大飛竜クラスとなると危険な鷲獅子か翼大蛇しかいない。敵機だろうが野生だろうが、いやでも警戒態勢に入る。そうなればせっかくの低空飛行も台無しだ。
そう思っていた指揮官の先で妙なことが起こった。前方を飛行していた大飛竜の腹が割れたかと思うと、何かを落として反転したのだ。落とした何かは白い煙をひきながらこちらに飛んできて、海面に落ちた。
敵は、何がしたかったのか?
口に出さなかったが、輸送船団の誰もが同じ疑問を抱いていた。その答えは船体に響く衝撃と左舷から上がった水柱だった。
喫水線下に大穴を穿たれた戦列艦は船体が軋む音を盛大に立てながら沈没する。
敵がよく分からないことをしたあとに戦列艦が沈んだことから、敵の攻撃なのだろうが何をされたのか分からない以上、対処のしようがない。
アスロックという兵器を知っているだろうか? 短魚雷の後部にロケットを取り付けたものであり、優秀な性能から世界各国で採用された。
日本はそれを遠距離航空魚雷として改造した。誘導装置の簡略化、大型化による炸薬量の増大などの改良を行い、試験では優秀な性能を発揮し、日本の標準誘導航空魚雷となった。
謎の攻撃に混乱した者達が右往左往している間に左舷の戦列艦12隻は全て沈んだ。中央に配置された輸送艦は急いで残った戦列艦に囲んで貰おうとするが、帆船故に亀の如き遅さだ。
大飛竜の腹が2つに割れる。敵の第2波が始まることを告げていた。
艦隊は回避運動をとろうとするが、先ほどまで輪形陣を作ろうとして艦同士がかなり接近していたため、衝突を恐れてろくに動けない。
今度落とされた物体は飛行することなく海面に没した。不発か? とその光景を見た何人か疑うが、他の大飛竜が落とした物体も同じように海面に落ちていることから、そういうものだと理解せざろうえない。
何とか輪形陣を組んだ彼らはしばらく反転した敵編隊を睨んでいたが、何も起きないことで気が緩んだ。
瞬間、狙ったように戦列艦3隻と輸送艦8隻が水柱と共に浮かぶ。比喩ではなく、船体がくの字に折れ、一瞬宙に浮かんだ。火薬と木材、そして少量の血で海を汚しながら先ほど沈んだ戦列艦と再会する。
彼らを沈めたのは8式1トン魚雷。将来、戦艦を有する国家との戦争に備え、対戦艦用として設計、生産された。
駆逐艦にすら劣る防御力の戦列艦そんな物を喰らって無事でいられるわけがない。船体の大部分が吹き飛び、あっという間に漁礁となった。
指揮官が戦死したことで指揮を引き継いだ戦列艦の艦長は対空警戒を強化することと生存者の救出を命じた。
流石にここまでやられて気を抜くはずが無く、見張り員全員がハエの1匹も見逃さない、と気炎を上げているのを背景に救助活動はつつがなく終わった。
航行の再開は速やかに、だが静かに行われた。
騒げばまた奴らが来る――まるで猛獣から隠れるように、誰もが息を潜めていた。
静かな航行はそのまま続き、目的地であるマガン島が見えたとき、船員達は歓喜の叫びを上げた。
いつ教われるか分からない、襲われたら終わり、などというストレスが溜まる環境に晒され続けたのだから、無理からぬことだろう。
船員達は叫ぶ。地獄は終わった。もう奴らの影に怯えずにすむと。
戦列艦と輸送艦が1隻づつ吹き飛んだことで、儚い希望は消え去った。
固まった状態の船員達に追撃が入る。轟音の後、今度は残った戦列艦2隻と輸送艦1隻が爆散した。
訳が分からない。それに晒されたのは今回で3回目である。もう慣れたはずなのに、今回は不思議なことに誰も動こうとしない。何故だろうか?
彼らは悟ったのだ。奴ら、恐らくニホンは自分達を逃すつもりなどないのだと。この船に乗った者達を1人残らず殺しつくすまで、追いかけてくるのだと。
直進するだけの艦隊にてこずるはずもなく、松島型モニター艦松島、梅島、竹島、敷島4隻の砲撃によって、20分後には木材で海が覆いつくされた。
なお、海面を漂っている木材があまりにも多かったので、油を撒いたのち着火というダイナミックな方法をとった。
その光景が美しかったことからシュぺリア諸島の祭りとなるのだが、それはまた別の話。
次でフィシー公国戦を終わらせて、ちょろっとでもいいから最新鋭兵器を出せたら、と思っています。