憤怒と地獄、蠢く影
すいません。遅れました。待っていた方々、申し訳ない……。
次回も更新遅れます。
新暦8年。日本が異世界に転移してから8年目となる年の末、日本の首都東京は熱狂に包まれていた。
群集が国会議事堂の前に集まり、プラカードを掲げ、怒号を上げるその光景はある意味絶景かもしれない。
現在、東京ではデモ行進が行われていた。内容は転移以前に行われていたような、自称平和団体の的外れな平和運動ではない。むしろその逆であった。
『フィシー公国の暴挙を許すな!』
『身の程知らずの蛮族に鉄槌を!』
デモ隊が掲げるプラカードに書かれているのは、そんな威勢のいい言葉ばかり。
そう、このデモ隊はフィシー公国への懲罰を求めているのである。
何故、左翼勢力の強い日本でここまで戦争機運が高まっているのか?
8年前、異世界に転移してから政府は左翼勢力とマスコミの力を削いできた。前者は今後の日本において右翼の腐敗防止以上の役目がないから、後者は右翼でも左翼でも肥大化すれば害にしかならないからだ(もっとも政府がやったことは少なく、両者の前世界で行った売国行為や汚職を暴露した程度である)。
あとは愛国教育を復活させ、結婚を強いる社会へ逆行、歴史教科書の内容で政府が不適切だと判断した部分を修正した。
いずれも国連のような多国間の調整機関がなく、帝国主義真っ盛りのこの世界では必要なことだった。
さて、何故民衆が戦争を望んでいるのかだが、実は1週間ほど前、ある情報があらゆるマスコミから報じられた。それは国境付近でのフィシー公国の挑発行為とリシェーヌ王国で行われた両国の交渉の映像。
静止命令を無視して国境を超えて(この世界では、日本以外の国の国境は曖昧だが、このときフィシー公国は明らかに日本領内に侵入していた)、陸上自衛隊がそれを撃滅。僅かな生き残りを拘束した。
後日、フィシー公国が生き残りの無条件返還を要求したが、当然日本はこれを拒否。リシェーヌ王国にて両国間での交渉が始まったが……。
「蛮族たる日本は我が国に謝罪し、賠償金を払うべし!」
「我が国の慈悲を拒否するのであれば、我が国の騎士団が愚かなる蛮族に鉄槌を下すであろう!」
と、現実を見ていないボンクラ貴族が喚き散らしたあとに日本の外交官はプロジェクターを使って事件はフィシー公国側にあることを証明した。
「この時点で貴国の軍は我が国の領土に侵入しています。謝罪し、賠償すべきは貴国以外にありえません」
更にこれまで行われたフィシー公国の挑発行為、両国の格差を分かりやすく説明した映像を流した。
「この映像は、これまで貴国が行った我が国への挑発行為とその際そちら側が原因で発生した戦闘を記録した物ですが、その全ての戦闘で我が国は完勝しています」
「我が国では貴国とは違い、国民全員が豊かに暮らせるほどの経済力があり、その経済力に裏打ちされた軍事力があります」
顔面蒼白となったフィシー公国の交渉団に日本の外交官は続ける。
「そうそう、先ほど我が国の100分の1にも満たない国力の弱国が我が国のことを蛮族と罵り、挙句に恥知らずな要求をしておりましたな」
にっこりと笑い。
「そこまで戦争をお望みとあらば、仕方ありませんな。よろしい、戦いましょう」
日本の外交官は唖然としているフィシー公国の面々を嘲笑する。
「それではさようなら。次に会うとすれば貴方方の処刑の際でしょう。次は日本人に生まれたら良いですね」
日本の交渉団は立ち上がり、部屋から出て行く。後ろから何か雑音が聞こえるが、その歩みは止まらない。
既に日本政府のなかでは、両国会戦は決定事項であり、この交渉も茶番でしかなかった。
フィシー公国国王との調整も終わったいま、躊躇う理由もない。
この映像の一部始終を見て、愛国心を取り戻していた国民は激怒した。そして冒頭のデモに戻る。
「やれやれ、どうして国民とはこうも単純なのか」
デモ隊を見て、現在も総理大臣である小林はため息をつく。かつての大戦から変わらぬ国民の様子に呆れているのだ。愛国心を取り戻したとはいえ、敗戦後に行われた欧米化の影響は完全には取り除けない。
白か黒か、というような極端な考えではなく、間を取るような考えで行動してくれることを願ったのだが……。
「人は過ちを繰り返す、か……万国共通とはいえ、少しは学んで欲しいものだ」
疲れたと言わんばかりに首を振る。
「嘆いていても仕方ない。今は対フィシー戦のことを考えなければ」
そういって小林は書類仕事を進めていく。地味だが、やらなければ組織は回らない。日本人は地味なこと、特に基礎的なことを避ける、あるいは嫌う傾向がある。
かつての敗戦の理由は様々だが、その1つは、国内投資や規格統一などの基礎的なことを怠ったからだ。
「賢者は歴史から学ぶ、愚者は経験から学ぶ。せめて私は賢者であろう」
最強国家の宰相は今日も今日とて地味な仕事に邁進する。
フィシー公国首都、フィシュティア上空。
フィシー公国の力の象徴であるこの都市の高度8000メートル上空を飛ぶのは8式4発重爆撃機連山36機だ。
P3Cを元にして作られたこの機体は、エンジンをより強力なものに換装し、機材を多少スペックが落ちるが、小型軽量な民生品に変えたこと、更にほぼ同じ設計で70パーセント以上共通部品を使っている輸送機型と哨戒機型があるおかげでコスト削減に成功している。
「さて、下の連中は気づいていないようだな」
爆撃隊の指揮官である野村1尉はレーダーを見てそう呟く。レーダーにはIFF(敵味方識別信号)に反応する飛行物体は味方以外はいない。
「さあ、無条件で自分達の地位は安泰だと思っている馬鹿共に現実を教えてやろう」
余裕綽々とした様子で爆撃準備に入る。
今のところ、敵の航空戦力は上って来ない。こちらに気づいても、飛竜ではこの高度まで上がってくるのは難しいし、上がってきても機体に装備された20ミリ防衛機銃で楽に打ち落とせる。
この防衛機銃は普段は機内にあり、機銃担当搭乗員が操作することで外に出る。民生品を使った火器管制装置のおかげで、大戦末期の戦闘機くらいまでなら確実に撃墜できる。
「全機、投下用意」
今回の爆撃では金牛宮は狙わない。野村としてはさっさと吹き飛ばしたいのだが、まだ契約相手が退避していない以上、仕方がなかった。
よって狙うのは金牛宮とその周りの貴族街より、更に外周に位置する平民街と貧民街だ。
貴族街を狙う案もあったが、万が一誤爆があったらまずいので、今回は見送られた。
モニターに映る爆撃照準器にそこそこ大きい都市が徐々に重なる。完璧に重なった瞬間、電子音が連山内部に鳴り響く。
「投下ぁ!」
野山の命令によってフィシー公国にとっての地獄の大釜が開かれた。鋼鉄の巨鳥が運んできた大釜から黒光りする巨塊が重力に従い地上へ向かう。
1匹につき5個、計180個の1000ポンド爆弾がフィシュティアの日常を地獄へ変えるべく落下する。
途中で30個ほどの爆弾の尾部から羽を開き、残りの150個の爆弾と区別するかのように2つを切り離す。
一方、地上ではまだ迫り来る破滅に気付かず、男達はいつも通りに仕事をし、子供達はいつも通りに遊び、女達はいつも通りに家事をしていた。
やがて自分達の上から何かが落ちてくることに気付くが、誰1人として動かない。日常から非日常へ引きずり込まれた者は、混乱してすぐには動けない。
それが悲劇を拡大させた。勢い良く地面に体当たりした1000ポンド爆弾120個の接触信管に着弾の信号が伝えられる。
作動。家を熱風がなぎ払い、業火が人々を舐めつくし、衝撃波が残ったものを叩き潰す。
「熱い!!! 熱い!!!」
「腕が~、俺の腕が~」
「何が、何があった!? 何も見えない!
何も聞こえない!!」
さっきまで日常が繰り広げられていた街は、あっという間に悲鳴と怒号が支配する地獄へと変わった。
だが地獄は終わらない。フィンによって速度を減じていた30個の爆弾は、先ほどとは違う惨劇をもたらす。
悲劇の原因が近づいてくることに気付いた民衆は弱者を踏みにじって逃げ惑うが、もう遅い。既に爆弾の近接信管が感知していた。
信管は使用者の望み通りに動き、死を告げる松明に火を入れる。300000発もの鉄の矢が地上に降り注ぐ。
ロケット燃料によって加速された鉄の豪雨は人々の肉を、骨を、臓腑を貫き引き千切る。
「ママー! ママー!!」
「痛いいだいいだいだいー!!!」
「誰かー! 手を貸してくれー!」
この地獄を生み出した者達は地上の惨劇なんぞ知ったことではない、と言わんばかりに国境の飛行場へと帰っていった。
「準備はいいか?」
「問題ない。お客様は予定通りだそうだ。進撃ルートに関するお手伝いも終わっている」
「よろしい。国境の第3から第5機甲師団に連絡、『アワキガハラヘムカエ』」
「了解、第3から第5機甲師団へ『アワキガハラヘムカエ、繰り返すアワキガハラヘムカエ』」
「連絡を終え次第、行くぞ。全ては偉大なる日いずる国のために」
「「「 全ては偉大なる日いずる国のために」」」
次回こそは、次回こそは第4の軍に関して詳しい話を……!
陸戦で尺を削りきらないようにがんばります。