燕と鷲の狩り
お待たせしました。
それと活動報告でちょっとお知らせ。
西州地方、西都。州議会所在地(実際は1つの州ではなく4つの県で分かれているのだが、異民族支配のノウハウのない日本は、西州地方が本土の政府に何か要望、不満があるときは4つの県の意見を纏めて提出するようにした)であり、かつて王都と呼ばれたこの都市は近代文明の象徴である高層ビルが立ち並ぶ近代都市に生まれ変わっていた。
州議会場、州知事執務室では今日も大量の書類と格闘する人物がいた。
「やれやれ治安問題が解決したと思ったら、今度は外国か」
そう呟くのは西州知事のアルバス・ウルバスト元第1王子。旧本来なら処刑されるか幽閉されている人物だが、降伏の条件にあった王室の維持を守った日本のおかげでよって生き残った。
「仕方ありません。今のところニホン以外に確実で迅速な情報伝達手段がありませんし」
苦笑して相槌を打つのはアルバスの腹心にして知事補佐官であるロベルド・アーカイム元公爵。
この2人、実は現在狛犬防衛大臣の頭痛の種であるウルバスト併合案を降伏交渉の席で提案した張本人である。
「まあこの作戦が実行されれば嫌でもニホンとの差を理解するだろう。そうすればこちらとしても助かる」
アルバスは書類を見てニヤリと笑う。日本から西州を預かっている身としては、うるさい外野が黙るのはありがたかった。
「確かに。これで分からないのであれば、相当な愚物だけでしょう。そして周辺大国の指導者達は愚物ではない。それにあの山の利権に関してはリシェーヌ王国は譲歩しています」
「リシェーヌ王国はフィシー公国よりは利口だな」
感心したようにアルバスは唸る。
リシェーヌ王国とは文化と経済で栄えた国だ。温暖な気候と美しい自然を有しており、観光地としても人気が高いが反面、経済を優先していて、平和が続いているせいか、軍事力は低い。
「まあ譲歩してくれるのであれば、おとなしく受け取っておこう。宗主国殿にうるさく言われてはたまらん」
「ニホンを主とすることがご不満ならば、反乱を起こせばよいのです。必要ならば兵を集めますが?」
ロベルドは挑発するような口調と表情で自身の主に問う。
自分を試しているのを察し、アルバスは苦笑して否定する。
「馬鹿を言うな。あんな化け物国家をまた敵に回すのはごめんだ」
日本では、彼らが併合を申し出たのは日本の元で再起を図るためではないかと噂されているが、実際は違う。
開戦以来、ウルバスト王国は負け続けた。
戦術的勝利や局地的勝利すら1つもなく、まぐれで敵兵を殺せてもそのあと凄まじい攻撃に晒されて挽き肉になる。
言い訳の仕様がないほどの惨敗だった。
王都の大半が瓦礫に変えられ、敗北を悟り降伏を進言した者達を片っ端から処刑台送りにしていく実の父と抗戦派貴族に見切りをつけ、日本への生贄にしたのは記憶に新しい。
恐らく、アルバスは一生忘れないだろう。自身に向けられた、あの狂気と怒りと憎悪を煮詰めたような父の瞳を。
だがそれでもアルバスは実行した。ウルバスト人を、そしてウルバストという国の残滓を残すために。
その結果、自身が売国奴と蔑まれようとも構わないとアルバスは思う。あれしか方法はなかったし、間違っていたとも思わない。
「覚悟がお変わりないようで、安心しました」
物思いに耽っていたアルバスを見て、主の考えが変わっていないことを確信したのだろう。ロベルドは柔らかい笑みを浮かべている。
「変わらんよ。たとえテンノウ陛下であっても、この覚悟だけは変えられんし、変えさせん」
力強く言い切ると、書類仕事に戻っていった。それに合わせてロベルドも書類の整理を行う。
祖国を守るために祖国を壊した男達。彼らのこの光景は今はまだ続きそうだった。
リシェーヌ王国・日本国西州地方国境付近、ボスベア火山。
ボスベア火山は西州地方がウルバスト王国だった頃から両国にとって悩みの種だった。
かつてリシェーヌ王国が調査したところ、豊富な鉱石類が埋蔵されていることが分かったが、それを知ったウルバスト王国が領有権を主張して両国間で睨み合いになり、そうこうしている間に対岸の火山地帯からやってきた野生の飛竜が群れで棲みついてしまい、一攫千金を狙う命知らずを除き、誰も手を出さない危険地帯となった。
藁と枯れ枝、それと土で作られた飛竜の巣。日常の中にいた彼らの耳に聞き慣れない音が入ってきた。巨大蟲の羽音をより高速にしたかのような音はどんどん近づいてくる。
群れのボスである大飛竜(大型の飛竜。竜騎士団では爆撃や輸送に使われる)は咆哮をもってこの異音の発生源への迎撃の命令を下す。大飛竜を先頭に飛竜達は続き、滑走ののちに空へ舞い上がる。
大飛竜を含めた飛竜67匹の運命が決した瞬間だった。
『ハヤブサ1、飛竜達を確認。方位0-3-0、祥鳳航空隊と共にこれを殲滅せよ』
「了解、アサヒ。これより向かう、通信終わり」
5式戦闘機若鷲のパイロット、朝野2等空尉は先ほど無線で敵機の接近を知らせてくれたアサヒ――5式早期警戒機旭光に心の中で感謝する。
旭光が投入されるまでは基地か最寄の艦艇に誘導して貰うしかなかった。数が少なく、替えがきかない早期警戒機を国境での小競り合いに投入したくなかったのだ。
これを問題視した航空幕僚監部は統合幕僚監部を通じて政府に廉価版E-2C・Dの開発を提案し、艦載型の早期警戒機が手に入ると海自も巻き込んで予算をもぎ取った。
もっとも海自は早期警戒機と引き換えに潜水艦の建造と艦戦、艦爆、艦攻の更新は遠のいた(商船構造の軽空母と薩摩型戦艦の建造は防衛大臣の胃と頭髪を犠牲に何とか認めさせたが)。
「(それにしても……)」
チラリと右隣にいる戦闘機――海軍の1式艦上戦闘機に視線を向ける。
国内に現存していた零式艦上戦闘機二二型を参考に作られたこの機体はイチセン、現代のゼロ戦、吉田ブルドックと呼ばれ、親しまれている。
零戦と違う点は機銃は搭載されておらず、武装はガンポッドなどを翼下に搭載することと電子機器、特にレーダーが積んである点だろう。
それ自体は朝野の関心を向けさせるものではない。関心が向いているのは機体ではなくパイロットである。明らかに日本人ではない白い肌、高い鼻とあまり吊り上っていない眼の持ち主達こそが朝野の関心事であった。
「(ウルバスト人パイロット……5年前まで敵だった連中を使うとはね)」
そう、この作戦において空自の援護のために派遣された改装空母(商船構造の新規空母は予算の都合上、まだだが既存の自動車運搬船とタンカーの改装は認められた)祥鳳は指揮官から水兵まで全員ウルバスト人で構成されていた。
これには日本の苦しい台所事情が関係していた。
広がる支配地域の維持に多くの予算と人員を割かねばならず、防衛省の幹部と財務省の官僚の血圧は上がる一方だった。
そんななか1つの提案が舞い込んだ。それはウルバスト人の自衛隊への入隊を認めるというものだった。
当初は反発もあったが財務省の「予算」という魔法の言葉の前に防衛省側は折れざろうえなかった。
こうして貴重な労働力である日本人を民需に回せて、代わりに旧ウルバスト軍人(特に将校)が自衛隊員として軍務に復帰したことで、少しだけ人件費が軽くなった。
もっとも、いきなり全体的な採用は難しいとして(異民族採用の不安など)少しづつ数を増やしていく方針である。
「(まあ、今のところは大人しく従っているし、能力に問題がある訳でもない。自分達の信用を損ねない程度の働きは期待できるだろう)」
朝野はそう1人ごちる。まだ気を許した訳ではないが、能力については問題ないだろうと判断した。
1200馬力の出力を誇るTS2エンジン76基の奏でる爆音を聞きていたら、レーダーに飛竜と思われる光点が映った。
『レーダーが敵機を捉えた。下方1000、1匹残らず狩り尽くせ、通信終わり』
テキパキと命令を下すと機首を的が大きな大飛竜に向ける。
向こうもこちらに気付いたようで、慌しく回避機動をとるが巡航速度150キロ程度の鈍足では450キロを超える速度で急降下してくる戦闘機から逃れることは出来ない。
全50機の戦闘機に懸架された1式12・7ミリ5門内蔵懸架式機関砲150門と3式20ミリ低速多銃身懸架式機関砲30門から弾丸のシャワーが浴びせられ、大飛竜を含む30匹の飛竜が血飛沫をあげながら墜ちていく。
ボスを失ったことで統率を失った飛竜たちはバラバラの方向に逃げ惑う。そしてそれを逃すパイロット達ではない。
あるものは速度を活かして上昇し、再び上方から攻撃する一撃離脱戦法を採り、またある者は飛竜の背後に食いつき、主翼に懸架された機関砲を叩き込む。
その中で朝野は後者であり、地面に降下していく飛竜に20ミリ弾を尻尾から頭部まで満遍なく浴びせて、次の獲物に向かう。
地面すれすれを飛んでいる個体を見つけた朝野はぴったりと背後につき、HUDに映し出された照準を飛竜と合わせ、電子音が命ずるがままにトリガーを引く。
トリガーから発せられた懸架されたガンポッド内部のガトリング砲に信号が伝わり、3本の銃身を回転させて唸りを上げる。
そして咆哮と共に破滅の息吹が哀れな飛竜に吹き付けた。尻尾、胴体、首、頭部と順番に爆散させていく。
3匹撃墜した朝野は高度1000まで上昇して周囲を確認する。そこでは予想通り戦闘機による一方的な虐殺が展開されていた。
12・7ミリが翼に当たった飛竜は皮膜が穴だらけとなり、血を撒き散らしながら地面に激突して赤い染みとなる。
20ミリが掠った飛竜は肉を抉られ、悲鳴を上げながら錐揉み状態となり墜落する。
「あとは攻撃隊の仕事次第か。出来れば連中だけで終わらせて欲しいな。機銃掃射する手間が省ける」
巣に向かった攻撃隊に届くことのない言葉を呟く朝野だった。
ボスベア火山、飛竜の巣上空。
親竜達が出払って無防備なそこへ2式艦上爆撃機彗星と3式艦上攻撃機天山が8機づつ 現れた。
子竜達はギャアギャアと威嚇するが、攻撃隊は気付きすらせず、8機の内、4機の彗星が急降下体勢に入る。高度700を切ったところで4機の彗星の爆弾槽からナパーム弾4発が投下された。
着弾と同時に燃料が散布され、範囲内の物体全てを舐め回す。当然、子竜も例外ではなく、巣と共に仲良く火達磨となる。
続けて天山が水平爆撃を行う。コンピューターの指示するとうりにパイロットは投下ボタンを押す。
投下された爆弾は途中で分解して複数の粒となり、灼熱地獄に突き進む。
地面と接触した粒は小さな爆発を起こし、衝撃波と破片を拡散させる。
投下された爆弾の名はクラスター爆弾。1つの爆弾の中に小型の爆弾を詰め込んでおり、1発で広範囲の非装甲目標を撃破できる。
ナパーム弾とクラスター爆弾。ともに日本からは姿を消した装備だが今後、必要になる事態に備えて開発された。
『目標は全滅。これより帰投する』
彗星の編隊長の言葉と共に綺麗な編隊を組み、無残な姿となった竜達の巣を背にして 彼らの巣である空母で帰還した。
「悪くないな」
国境安定化作戦『ドラゴン・スレイヤー』の結果と各兵器の実戦データを見てそう呟くのは日比野忠晴1等空佐。今回の作戦責任者にして、兵器開発の場において現場の意見を代表する立場にある。
ナパーム弾とクラスターの必要性を訴えたのは彼だ。なので今回の作戦の結果は注視していたのだが、幸いにも結果は満足のいくものだった。
「これで次の兵器開発会議での発言力は増すな」
最近まで現場の人間だった彼だが、彼も人間だ。権力欲はあるし、目指せるなら上を目指したいのだ。
もっとも後世に旧軍の愚将のような扱いはされたくないので、現場の声を聞いた兵器開発を推進している。
そのため現場の人間達は日比野1佐に感謝している。
「さて、海空共用の特殊爆弾はどうにかなった。次は誘導爆弾だな」
彼はここで満足したりはしない。自分の地位のために、そして祖国のために兵器開発に邁進するつもりだった。
「赤外線画像誘導、もしくはTV誘導だが、恐らく赤外線画像だろう。TV誘導はこっちの計画で使えばいい」
チラリと極秘と書かれた計画書を見る。
「陸海空共同のミサイル開発……車両、艦船、航空機とプラットフォームを選ばず、1つで対地・対艦・対戦車をこなせる3軍共用の汎用ミサイルか。豪華だな」
要求される性能がかなり過酷だが、GPSがなくなり、出来る限り予算を節約をしなければならないこの状況では、このミサイルは必要だった。
「この汎用ミサイル開発での経験を活かして、巡航ミサイル、弾道ミサイル開発を進めていく。これが得策か」
日比野はひとつうなずくと、別の計画書を取り出す。片方はほぼ確実に通る案、もうひとつは空自の野望が詰まった達成困難な案だ。
「和製B-25の生産に必要な技術を積むためにXPB-1は通さねばならない。幸い、こちらは総理の同意を取り付けているし、通るだろう。だが……」
もうひとつの案はいま提案しても確実に通らない。陸海からの反発は必死だし、空自からも支持は得られないだろう。
「機を待つしかないか」
日比野はため息をつき、達成困難な案の計画書を机の引き出しにしまう。計画書にはこう書かれていた。
『超長距離爆撃機富嶽開発計画』と。
次は不遇な海自。