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遅くなりました。

「終わったか……」

 統合幕僚長、陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長と防衛省の重鎮が揃った部屋で、狛犬がやりきった顔で報告書を机に放る。 

 この戦争は日本にとって非常に有意義なものであった。特軍の実戦投入、占領政策の経験、新兵器の戦訓の蓄積。そして今後の兵器開発の方針。

 フィシー公国戦はかつての日卯戦争のときと同じように多くの戦訓をもたらした。隠した相手とはいえ、戦闘は戦闘。そしてその経験を参考に作るのが兵器だ。

 「空自では先に開発された1試艦上噴進戦闘機、2試艦上噴進軽戦闘機を差し置いて3試噴進戦闘機が正式採用。連山が退役する代わりに、富嶽も量産が開始される、か」

 転移以前なら絶対ありえない兵器の生産ラッシュに苦笑する。

 そこへ海上幕僚長が声をかける。

 「しかし、現在の主力部隊ではベトナム戦争時の技術力を持った相手にすら勝てません。小林総理の命令もありますし、冷戦後期程度の装備は用意したほうが良いのでは?」

 これに航空幕僚長が賛同する。

 「航空自衛隊としましても海上自衛隊の意見には賛成です。今の戦闘機はそこまで操作が複雑ではないので人、兵器共に数を揃えられますが、性能不足、特にペイロードの少なさに関する問題が現場から上がっています」

 陸上幕僚長は何も言わないが、静かに頷く。

 陸海空それぞれのトップが同じ意見を述べている。これは滅多に無いことであり、この問題の重大さが窺える。

 「性能問題は分かるが、予算はどうする?1から10全てを現代兵器に切り替えるなんぞ不可能だ」

 国防には金がかかる。防衛省も日本という国家の1省である以上、国防予算内でやりくりしなければならない。 

 それに。

 「今後数年は人工衛星打ち上げにかなりの予算が割かれる。それにフィシー開発とそれに伴う特軍護衛隊とテロ対策もだ」

 「ほう、ようやくですか。確か地球と比べて大きすぎるため、1から計算しなければならないと聞いていましたが」

 「掛けた時間を考えれば遅すぎるくらいだが、惑星の軌道の計算が終わったらしい。まあ、これまでは資源の問題もあったからな。恵大陸と宝島諸島の開発で資源問題は大体クリアしたことで、思う存分開発できるようになったんだ」

 そこまで喋ったところで、狛犬はこの場にいる6人目の男に視線を向ける。

 外見は黒縁の丸眼鏡をかけた、線の細い中年男性であり、黒の軍服を着ていなければ誰も軍人だとは思わないだろう。

 この男は石井三郎特殊幕僚長。日本の闇の一旦を担う男である。

 「新領土における日本人の警護に関しては問題ありません。陸上自衛隊のお下がりである2式多砲塔戦車と3式装甲戦闘車は快調ですし、6式短機関銃も室内戦では4式5・56ミリ小銃よりも活躍しています」

 「それは結構なことだ」

 「割り振られた予算分の働きはします」

 威張るわけでもなく、さも当然のように言う石井。その態度に陸海空幕僚長が不快そうに表情を歪めるが、石井は無視する。この程度のことで動揺するようでは731や移動鎮圧隊のボスは勤められない。

「ですが、現場からは1式攻撃回転翼機の防御性能の不足が報告されています。フィシー公国戦、対ゲリラ戦でも魔法攻撃で撃墜される機体が少なくありませんでした」

 前世界でも低空で支援攻撃を行うヘリの損耗率は少なくなかった。その理由の多くは地上からの対空砲火であった。

 「ですので陸海特共用の重装甲攻撃ヘリが欲しいのですが……」

 「ふむ……」

 AH-1を元に開発された隼は機動力は申し分ないが、装甲は劣っていると言わざろう得ない。今後、対空砲火に晒される事態が多いことを考えると、重装甲攻撃ヘリは魅力的だった。

 既存兵器の解析もある程度進んでいるため、いざとなったらAH-64Dを参考にしたものを開発すれば費用も抑えられる。

 「まあそれは置いておこう。話を戻すが戦闘機のペイロードの不足と現代技術を有する存在への対抗だったな」

 「はい」

 「ペイロードの不足はエンジン馬力の強化である程度は何とかなる。現代兵器に関してはさっき言った通り、全てを現代兵器に代替させるのは予算の都合上不可能だ」

 狛犬はそこで一旦区切る。何も意見が無いことが分かると続きを語る。

 「だから我々は全体的なハイ・ローミックスを行う。1部の部隊はこれまでと同じ、数を揃える事を優先した兵器を使い続けるが、それ以外は全て現代兵器に置き換える。これなら全て置き換えるほど金はかからんし、安価な兵器を使い続けることが出来る」

 性能が劣ることは悪いことばかりではない。たとえ鹵獲されても、大して損害は出ない。それ以上に強力な兵器を叩きつければいいだけだ。コピーしても元から劣っているのだから、どうやっても劣ったものしか出来ない。

 それに敵と性能差がありすぎると逆にやり難くなることもある。大戦末期にドイツが投入したジェット機が大した戦果を挙げられなかったのは、連合軍のレプシロ機と速度性能に差がありすぎたからだ。

 「それがよろしいかと思います」

 「陸上自衛隊は問題ありません」

 「海上自衛隊も同様です」

 「航空自衛隊もそれで構いません」

 「特殊自衛隊も同じく」

 狛犬の案に各幕僚長は賛成の意を示したことで、次の議題に移る。

 「さて、次は先程のことを踏まえた上でどのような兵器を開発するかだが……、各幕僚長、意見があるならば言ってくれ」

 この言葉に海上幕僚長が真っ先に手を挙げる。

 「海自としては超音速ジェット搭載の正規空母は必要です。我が国は海洋国家、海軍なくして国は成り立ちません」

 他の幕僚長が顔を顰めるが何も言わない。

 彼らとて分かっているのだ。いくら陸軍戦力があろうが、陸上機が優秀だろうが、海洋国家では海軍、そして空母機動部隊こそが国防の要であると。

 ただ、感情が納得しないだけだ。

 「それは分かる。現在建造中の鳳翔には電磁カタパルトなどの試作装備が多数装備される予定だ。和製ニミッツ級の建造に大いに役立つだろう」

 戦後初の正規空母、鳳翔。和製キティホーク級空母を目指したこの空母は現代日本の最新技術の多くを投入した高性能艦となっている。

 「それにT-4を改造したTC-4実験機も出来たと聞く。F/Aー18Eのデットコピー開発に必要なものは揃った。あとは空母だけだ」

 鳳翔で得たデータを参考に次級の空母と艦載機が設計されることは既に決定していた。が海上幕僚長は首を横に振る。

 「海自としては通常動力の正規空母はアドミラル・クズネツォフ、原子力空母はウリヤノフスク級に相当する空母を欲しています」

 「……一応聞いておくが、艦載機はどのような機体を考えている?」

 「Su-33とAV-8Bを考えています」

 「……艦載機はともかく、空母はどこから出てきた?」

 狛犬は首を傾げる。データを取る艦が西側の物なのだから、後続艦もそうなると考えていた。

 「艦艇に限らず、西側の兵器は基本的に複数での連携を基本としています。しかしこの世界では衛星が不足していて、満足な支援を受けられません。早期警戒機や地上基地、艦艇の支援にも限界があります」

 「確かにな」

 「そんな状況で活躍できるのは、一部の機体を除き、アナログな部分が多い東側の兵器です」

 「……」

 「それにニミッツ級は対空火器がロシア空母に比べて貧弱です。多数の低性能な敵を相手取るには向いていません。護衛艦を大量に揃えられるならばともかく、それが無理ならば個艦優秀主義に基づいた艦を配備するのは理に適っているかと」

 「うーむ」

 分からなくはない。現状、ロシア艦を多く採用しているし、空母もロシアの物にという主張も筋が通っているように見える。

 だがロシアは陸軍国だ。海洋国家であるアメリカとは設計思想が違いすぎる。

 だからこそ強襲揚陸艦にはキエフ級を改造したものではなくワスプ級を採用したのだから。

 「航空自衛隊の主力戦闘機と軽攻撃機も海自の艦載機と部品共通化を進めておけば、調達価格の低下に繋がります。空自もこの件を承諾しています」

 「そうなのか?」

 航空幕僚長に聞くと、しっかりと頷く。

 「はい。主力戦闘機にSu-34相当の機体を、軽攻撃機にはシーハリアーを採用することにしています」

 「主力戦闘機はF-15ではないのか?」

 「先ほど海上幕僚長が言っていた内容に加えて、フランカーシリーズの航続距離と武装搭載能力は今後必須だと考えました」

 確かにフランカーシリーズの特徴である航続距離と高いペイロードは、これまでの兵器の不満点を全て解決してくれる。

 それを考えれば、フランカーシリーズの採用は検討してもいいのではないか? そう考えた狛犬はとりあえず次の議題に移すことにする。

 「陸上自衛隊は?」

 「主力戦車にT-72、ミニガンの開発くらいですね。主要な装備は大体揃っているので」

 「ミニガンは特自も欲しいですね。対ゲリラ・テロリスト戦ではM2よりも役に立ちますから」

 「……予算が削られることが確定しているこの状況で、これだけの予算を確保しろと?」

 「「「「お願いします」」」」

 廉価版そうりゅう型と商船構造の軽空母建造中止、特自の装甲戦力は陸自のお下がりのみにするなど苦労しつつも自衛隊は戦力の整備を進めていくのであった。






 戦争が終結したフィシー公国各地では復興が始まっていた。日本の資本投下によって復興事業が盛んとなり、基幹インフラを明け渡すことと引き換えに好景気を迎えていた。 

 特に首都ということで多くの資本が投下されたフィシュティアは、未曾有の好景気を迎えていた。

 戦中は邪魔者扱いであった難民の多くは、労働力として重宝されていた。元からいた首都に住んでいた人間だけでは足りなかったのだ。

 日本から与えられたプレハブハウスかコンテナハウスに暮らす彼らの顔は明るい。もう爆撃に晒されることも、地主や貴族に不当に扱われることも無く、安心して暮らせるのが嬉しいのだろう。

 だが全ての人間が恩恵を傍受しているわけではない。陽の光に当たる者がいれば、当たれない者もいるのだ。

 「くそっ、ニホンめ。調子に乗りおって……」

 金属が目立つ住宅街にある家の1つに男達が集まっていた。年齢は様々だが、全員共通して、全体的に薄汚れている。

 「裏切り者のレベルチューネはニホンの犬だ。やはりカール殿下に王位に就いていただくしかない」

 「ニホン軍はどうする?最近は監視が強くなっていると聞くぞ」

 「心配するな。民衆にもニホンの支配に反感を持っている者は多い。そもそもこの家も平民の協力者から提供して貰ったものだぞ?」

 男達はニヤリと笑う。自分達の栄華を夢見て。

 元貴族の青年はかつての酒池肉林を、犯罪組織のボスは貴族となった姿を、家族を爆撃で殺された平民はニホン人を処刑する光景を。

 まあ、所詮夢は夢でしかないのだが。

 夢の世界に浸っていた彼らの身体を6式短機関銃の9ミリ弾が抉る。断末魔を上げる間もなく死体となった彼らを、最近日本の海外領土で流行っているTシャツを来たの男達が袋に詰めていく。

 一言も喋ることも無く、Tシャツ姿の男達は袋をバンに乗せて去って行く。彼ら――移動鎮圧隊の仕事はまだ終わっていないのだから。






シュぺリア諸島、ゴドール島。この島を拠点にしていたエアロット空輸は日本企業が市場に参入しても潰れることなく細々とやっていた。

 日本企業のように膨大な量の物資を一気に輸送する手段がない以上、大企業の意思1つで容易く潰されてしまう1中小企業としてやっていくしかない。

 エアロット空輸の面々はそんな状況に悲観することなく、自衛隊機が優先される空を飛び続けていた。

 「今日の仕事は終わりか」

 エアロット空輸の社員であるルトー・マルセンもその1人であった。

 エアロット空輸は占領されたとき、占領軍最高指揮官である今村1佐の命令で各島々に食糧や医療品を運んでいた。飛行場は空爆で破壊されていたが、日本の陸上自衛隊施設科が修復した。

 負傷していた彼は傷が完治したあと、リハビリののち復帰した。苦労もあったが、妻が支えてくれた。

 ただ1つだけ、彼の心に棘が刺さっていた。

 「コーデン……」

 飛行場から車で10分の位置にある病院の一室。自家用車(日本製)で来たマルセンの先にいる少年、コーデン・エアロットは静かに何か書かれた紙を見ていた。

 コーデンは空襲の際に無理に離陸しようとしたことで戦闘機の銃撃を喰らった。

 コーデン自身は火傷と骨折だけで済んだが、機体は大破炎上、スクラップは自衛隊に引き渡された。

 「マルセン兄ちゃん」

 「……なんだい?」

 「俺の機体ってどうなったんだ?」

 自衛隊が接収したことは知っているだろうから、コーデンが聞いているのはそのあとのことだろう。

マルセンは知り合いの自衛隊員から聞いた話を伝える。

 「……ニホンの本土、つまり東海の先にある島へ送られたらしい。研究所で解析が終わったら、復元して博物館に展示するらしい」

 「ははっ、そりゃ凄いな。俺の機体がニホンの博物館に飾られるのか」

 「コーデン……」

 マルセンは知っている。あの機体の乗るためにどれだけコーデンが苦労したのかを。

 毎日慣れない勉強をして、マルセンと一緒に身体を鍛えた。厳しいパイロット選抜試験を突破したときの感動は今でも憶えている。

 そうして手に入った機体は、もう戻ってこない。戦勝国が戦利品を手放すわけが無い。

 見に行くことすら困難だ。日本は外国人の受け入れを極端に制限している。行けるのは友好国(リシェーヌ王国とロマエト連邦)の要人か留学生がほとんどだ。占領地出身者は目を見張る程の功績を挙げるか、高級将校と官僚、大学で優秀な成績を上げた者が受けられる留学生試験を突破した者くらいだろう。

 コーデンはどれにも当てはまらない。日本が発布した新しい法律によってパイロット資格を失った今、コーデン・エアロットは日本の領土である島の1住人でしかない。

 「マルセン兄ちゃん……話があるんだ」

 「……?」

 コーデンは凛とした顔でマルセンを見る。 

 「俺……ニホン海軍に入る」

 「!?」

 ギョッとした顔でコーデンを見つめる。自身を殺そうとした国の軍隊に入る、等と言われれば当然かもしれないが。

 コーデンはマルセンが来るまで読んでいた紙を渡す。

 戸惑いながら目を通していく。

 「……海軍飛行予科練習生?」

 思わずと言った様子で呟く。植民地からパイロットという金がかかる兵科を募集するなんて、マルセンには信じられなかった。

 何より信じがたかったのは待遇だ。試験合格者は3年間、訓練を受けることになるが、その間は衣食住を保障し、それらの費用は全てニホンが負担するとある。

 訓練を生き残れれば、パイロットになれるかは分からないが、少なくとも士官にはなれるのだ。

 一応、小学校を出ていなければならない、という条件があるが大した条件ではない。それなりに余裕があり、中央大陸の影響を受けているシュぺリア諸島やブルスト港近辺では学校に通う子供など珍しくないからだ。

 「コーデンはこれに……?」

 「ああ、これに応募するよ」

 お互いに目を合わせる。そんな状況がしばらく続き、やがてマルセンが大きく息を吐き出す。

 「社長には黙っておく」

 「ありがとう」

 そう言うと、コーデンはニヤリと笑って拳を突き出す。それを見たマルセンもニヤリと笑い、拳をぶつける。

 そこには心を通わせた兄弟の姿があった。






 それから5年、10年と時は過ぎる。

観測衛星の打ち上げ、新領土、外国領土のの開発、軍備の再編成を行いながら日本とその属国は平和を謳歌していた。

 新暦19年。この年の末、12月7日にマグニチュード7の大きな地震が起こった。

 災害対策が充実した日本ではある程度被害は抑えられたが、西州地方と潮州地方(フィシー公国)ではそれなりに被害が出た。防災が考えられた建築物が少なく、災害対策が進んでいない田舎、つまり日本の手が加わっていない場所は特に被害が大きかったのは皮肉であろう。

この地震のあとこれまで無かった陸地が発見された。これらを新たなる転移国家であると判断した政府は無線傍受、暗号解析などで集めた情報を基に交渉可能な国家と不可能な国家を選別、前者の国に特使を派遣した。

 





 このとき誰も気が付かなかった無線がある。情報収集を行っていた特軍も日本に近い国家を優先していたため、日本がある東海から遠く離れた中の国近海で発せられたこれを聞き逃した。

 『――ニイタカヤマノボレ、一二〇八』

次の投稿はいつになることやら……。

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