金の牛は太陽の烏に膝を折る
すみません。遅れました。
リアル事情で3日間パソコンに触れませんでした。
雲ひとつ無い青空を連山が飛んでいく。待ち伏せていた飛竜が近づいていくが、時代に取り残された遺物たる飛竜は、遥かなる天上を飛行する連山を見送ることしか出来ない。
連山からビラがばら撒かれる。地上に広がったそれを騎士達が拾っていくが、何枚かは難民達が周囲を窺いながら懐に仕舞う。
彼らの目当ては紙そのものもだが、多くはビラに印刷された占領地の写真だ(東大陸の識字率は低いので写真を多用している)。
日本の軍人に命令されながら仕事している男、奇妙な井戸で洗濯をしている女、広場で遊ぶ数人の子供。
軍の支配下にあるという点では彼らも難民も同じだが、決定的に違う点がある。
表情だ。写真の中の彼らの表情に悲壮感はない。自分達はいくら働いてもろくに報酬も支払われず、騎士達の気まぐれで痛めつけられるのに。
家族の団欒の写真を見て、彼らは嘆く。おとなしく日本の支配下に入っていれば、彼らのように幸せになれたのにと。
そんなことを知るよしもない連山は、いつも通りにビラ撒きを終えると、自らの巣に帰っていった。
フィシー公国首都であるフィシュティアは日本に包囲されていた。正確にはリシェーヌ王国との国境である北の山岳地帯は別だが、開戦以後日本側についたため、事実上包囲されている。
この事態に強硬派は初歩的な塹壕陣地でフィシュティアを囲い、進軍を防ぐことを考えた。
当初は飛竜による攻撃を警戒していたが、フィシー公国側の飛竜が全滅してから、空からの攻撃はピタリと止んだ。
代わりに占領地の精巧な絵(写真)を載せた紙をフィシュティア全域にばら撒き始めた。 強硬派はこれを「日本にフィシュティアに侵攻する力が残っていないと」勘違いし、反撃の準備を進めつつ日本と休戦条約(講和ではない)を結ぶために軍使を派遣したのだが、先程の勘違いで調子に乗っていた強硬派のボンボンは「今なら許してやるからさっさと撤退しろ(意訳)」と言い放ち、日本側から「自分達の立場分かってんのか負け犬」、「それはひょっとしてギャグで言っているのか?」というありがたい言葉を絶対零度の視線とセットでプレゼントされ、野戦司令部から叩き出された。
なお、軍使は日本側が悪いという風に脚色した報告をしたが、翌日会議の様子の風刺画を載せたビラをばら撒かれたことで王族から貧民まで知れ渡り、処刑された。
そして現在、金牛宮では会議が紛糾していた。
負ければ自分達の利権を奪われると主張し、未だに抵抗を続ける(政治的にも戦争的にも)強硬派と一部のウルバスト王侯貴族の例を出し(多少の利権放棄、身柄の安全、一定期間の拘束)同じ条件で降伏しようとしている降伏派。
会議に参加している貴族は、この2つに割れていた。
「断固戦うべきだ!」
「この状況でまだ戦えると思っているのか!?」
「奴らは攻めあぐねている!その証拠に奴らは紙切れを撒き散らす以外には何もしてこない!」
「国境の要塞線やライネ要塞を容易く落とした彼らがあんな防御陣地如きに攻めあぐねるわけがないだろう!彼らはこちらが降伏するのを待っているんだ!」
喧々囂々とした会議をレベルチューネは冷めた目で見る。
「(強硬派は現実が見えていないし、降伏派も降伏派だねぇ。どいつもこいつも自分のことしか考えていない。1個人としてはともかく、国政に携わる者として失格だねぇ)」
国家を支える貴族(インテリ層)の質が低い。これはどんな国でも大問題だ。
「(降伏派は自分達の財産を守りたいようだけど、反抗的な奴は切り捨てられるね。半分も残れば良い方か)」
降伏派も全員が全員すんなり負けを認めたわけではない。内心では強硬派よりだが、嫌々ながら降伏して獅子身中の虫となってやる……そう考えている者もいる。いや、人数は後者が多い。
そんな輩を日本が生かしておくわけが無い。降伏してしばらくは生かしておくだろうが、何かしらの犯罪を理由に拘束、処刑されるのが目に見えている。
「(勝者が自分たちにとって都合の悪い人間を残しておく訳が無いじゃないか。そんなことも分からないのか?)」
そうこう考えていたそのとき、凄まじい轟音が金牛宮に響き渡る。
「何事だ!?」
慌てた様子の近衛兵が議場へ駆け込んでくる。
「大変です!見たことの無い飛竜がフィシュティア上空を飛行しています!」
「何だと!竜騎士団は何をやっている!」
「ニホン相手じゃ、彼らに何か出来るわけがないだろう?それはこれまでの戦いで証明されたと思うだがね?」
思わぬ人物の発言に議場の視線はレベルチューネに集まる。
「へ、陛下……」
レベルチューネは立ち上がり、報告に来た近衛兵に話しかける。
「きみ」
「はっはい!」
「その飛竜を見る。案内したまえ」
議場は騒然となる。最高権力者が危険地帯に赴こうとしているのだから、当然といえば当然だが。
「いけません、陛下!危険です!」
翻意を促がすもレベルチューネは首を横に振る。
「ライネ要塞すら瓦礫に変える彼らの前じゃあ、どこにいても同じだよ」
「し、しかし……」
「それに、ニホンは今日これまでとは違う飛竜を出してきた。見れば何か分かるかもしれない」
そう言って、近衛兵に案内させつつレベルチューネの脳裏には日本との契約が浮かんでいた。
「(昨日あった連絡の通りだねぇ。デモンストレーションを兼ねて僕らを輸送する大飛竜と飛竜をフィシュティア上空で飛ばす、か。やることが派手だねぇ)」
仮にも敵国である国の首都、それも真昼の空を飛ばす。こんなことをやっても大丈夫なのは、日本とフィシー公国の航空戦力の性能差が開いているからだ。
早めに歩いていたからか、意外と早く外に出た。
「(さて、ニホンはどんなものを用意してくれたのかな?)」
内心、ワクワクしつつ構えていると、近衛兵が声を上げる。
「陛下、あれです!あの飛竜です!」
指の先に視線を向けるとそこには。
「ほう……あれが」
レベルチューネは感嘆のため息を漏らす。それほどその飛竜と大飛竜は美しかった。
銀色に輝く肉体と先に進むほど後ろに上がっていく翼、頭部についた口のような穴。一目で戦うために生まれてきたことが分かる存在だった。
もう一方は圧倒的巨体を持ち、その深緑はエメラルドのよう。飛行するさまは自身こそが空の王であると知らしめているようだった。
前者は和製Mig-15こと3試噴進戦闘機。後者は史実では木製モックアップすら作られなかった試作戦略爆撃機富嶽。
どちらもこの作戦のために投入した増加試作機である。
日本の航空技術の高さの証明ともいうべき2種の機体を見送りながら、レベルチューネは戦後、最優先で発展させる分野を決めた。
その後の会議はスムーズだった。レベルチューネが語った内容に、強硬派も当初の勢いを失い。降伏派のいう内容で降伏することを決定した。
もっとも強硬派の首魁はレベルチューネを親の敵を見るようにして睨んできた。クーデターでも起こす気かもしれない。
「まあ、もう遅いんだけどね」
夜、レベルチューネは自室で1人ごちる。
お互いの準備は整った。信用できる側近にはすぐ動けるように言ってあるし、家族も部下を通じて準備させた。
「さて、そろそろか」
引き出しの中からカタカタと音が鳴る。レベルチューネは引き出しの中のそれ――手のひらサイズの無線機を手に取る。
「やあ、カラスくん。元気かい?」
『……元気、ではありませんな』
「つれないねぇ。もう少し愛想が良くても良いんじゃない?」
『生憎と、影として天皇陛下にお仕えする上で、愛想は不必要でしたので』
「そうかい」
レベルチューネは然程気にしていないように答える。この会話も相手を油断させるためのものであるし、それも今日で終わりなる以上、必要なくなったからだ。
「さて、連絡がきたということは、もう行動していいんだね?」
『はい。くれぐれも強硬派に感付かれぬようお気をつけ下さい』
「分かっているよ。それじゃあね」
無線を切り、小さな袋を持って部屋を出る。
歩いて30分の位置にある目的の部屋には、もう全員集まっていた。
「全員、揃っているようだね。安心したよ」
「レベルチューネ様……」
家臣の1人が不安げな声を上げるが、レベルチューネは無視して部屋の燭台を時計回りに90度回す。
すると壁が動きだし、地下への通路が出てきた。
「さあ、行こう」
それだけ言うと、レベルチューネは通路に潜っていく。他の人間達もおずおずとついていく。最後の1人が通路のハンドルを操作したあと、部屋は静寂に包まれた。
ホータエルン山脈。リシェーヌ王国南部とフィシー公国北部を隔てるこの山脈は天然の要塞として機能してきた。
入り組んだ道と険しい坂は、重装備の兵士と騎兵を阻み、マスケット兵も遮蔽物が多いため、その射程を満足に生かすことが出来ない。
飛竜を使いたくとも、強風が吹き荒れるなかでは満足に飛ぶことも出来ず、墜落するしかない。
そんな土地に建てられた飛行場。使われるはずのないものを作ったのは、言うまでも無く日本である。今回の作戦のために陸自の施設科が突貫工事で作り上げたのだ。
この飛行場で国王を回収し、リシェーヌ王国を通過して、日本へ行く。そして戦争が終わるまで日本は王家を保護する。それがレベルチューネが日本と交わした契約だった。
もちろんただではない。政治と王家の切り離しとフィシー公国の利権解放を条件に日本は引き受けた。
ちなみにリシェーヌ王国は自国領を通過する代わりに、ホータエルン山脈の割譲を要求してきた。レベルチューネとしては拒否したかったが、日本が許可したのでどうしようもなかった(ただし砦などの拠点占領は自力でやる条件がついた)。
ライトで照らされた明るい飛行場で富嶽は6発の大馬力エンジンを唸らせる。
闇夜のつんざく轟音を撒き散らしながら、富嶽はゆっくりと浮かび上がる。
夜の闇は山脈を覆うほど深い。
夜明けと共に陸上自衛隊の砲撃が開始された。これまでの砲撃が生ぬるく思える程の猛攻撃を前に士気は完全に崩壊、元々やる気など欠片も無い徴集兵は真っ先に持ち場を離れた。
留まる者もいたが、装甲ブルドーザーによって塹壕陣地ごと埋め立てられた。
難民を保護したあとは、ヘリで金牛宮に乗り込むだけの簡単な仕事だった。
難民を保護している間に作った防衛線は、相手にすらされなかった。
次は兵器開発方針と民間の小話、そして新しい転移国家を出す予定。
ちょっと時間が飛びます。