The Endless War 1
鬱蒼とした森の中。
月明かりもすっかり遮られて辺りは闇に支配されている。
足元は泥濘んでいて一歩歩くのも一苦労。
木に巻き付いた蔦がいちいち身体に当たり、蚊などの虫が集ってきて、さらに顔にかかった蜘蛛の巣でベトベトで本当にイライラする。
おまけに、夜といえども蒸し暑いので迷彩服の中が蒸れるし、30kgほどあるC8爆薬を背負っているから更にきつい。
しかも30kgというのは爆薬だけで、他にもハンドガンとサプレッサー付きサブマシンガンそしてハンドガン用マガジンを2つ、サブマシンガン用のものを6つ装備しており、更に長距離秘匿通信を可能にする通信機にその他もろもろ含めて装備の総重量は軽く60kg程で負担はかなり大きい。
さすがにそれだけの装備を持ってこの環境の中を進むのはキツイというよりもほぼ不可能なレベルだが、小型の重力緩和装置のお陰で自身の体重含めて総重量65kgまで軽量化されているのでなんとか先へ進むことができているといったところだ。
まあ、それでもキツイもんはキツイ。
だが、俺はこの劣悪な環境の中を進まなければならない。
この木々がかなり密集した森を強引に抜けた先に敵の補給基地が存在するのだから。
そんなわけで俺は今とある目的から鬱蒼とした森、というよりもジャングルの中を爆薬背負って行進中だ。
周囲に味方の姿も無ければ敵の姿もない。
もっとも、闇が深くてサーマルゴーグルが無ければ何も見えないが、そのサーマルゴーグルを装備した状態で周囲を見ても人影は全く無い。
たまに大きな爬虫類の姿が確認できる程度の孤独の中に俺はいる。
俺の任務は敵基地の破壊。
それも単独で潜入してのステルスミッションだ。
敵の補給基地までまだ後10km……いや、後たったの10kmのところまで来ている。
ここまでくれば夜明け前には辿り着けるか?
いや、日が出ていると潜入活動も難しいからここらで一旦休憩するか。
今の環境設定だと朝霧も発生しないだろうし。
そうと決まればさっさと休むための準備をしよう。
といっても少し広い空間をみつけ荷をおろし、木に背を当てて座るだけだが。
ステルスミッション中故に火を使うこともできないため携帯食料の丸薬を一つ噛み砕く。
この携帯食料はビー玉ほどの大きさの丸薬で、すごくまずいかわりに一粒で普通の食事一回分のエネルギーを得ることができる。
そのくせ軽いのでこういう任務にはもってこいの食料だ。
ホントまずすぎて涙が出てくるが。
でも噛み砕かないと効果が無いので我慢するしか無いという苦痛。
「うげえ……」
思わず声が漏れた。
それでも無事食い終わったので水を飲んで一息ついたが、ほんとまずかった。二度と食べたくない。だがこれからもお世話になることは間違いない。
泣ける。
まあ、食事の味はともかく、長距離秘匿通信機を使って司令部へと通信を入れる。
途中報告ってやつだな。
「――《一匹狼》から司令部へ。目標地点から10kmのポイントに到着。夜明けが近いから本日はここでお泊りだ」
「こちら司令部。了解した……あの悪路の中短期間でそこまで進むとはさすが《一匹狼》だな。作戦の成功を祈る。ひとまず今日は優雅にキャンプを楽しんでくれ」
「テントもねえクソみたいなキャンプだな」
「まだまだ元気なようで何よりだ……さて、秘匿通信も長いと傍受される危険性があるからそろそろ通信を終了しよう。また、以後通信は結果が出るまで禁止だ。次の通信では成功の報が聞けることを祈っているよ」
「イェッサー」
報告とそれに対する応答に刺し身に付いているタンポポ程度のジョークを交わしただけの短い通信。
だが、そんな短い通信でも人と話せるってのはいい。
こんなジャングルの中を何時間も歩いてさすがに孤独感がやばかったからな。
まあログアウトすればそんな問題もすぐ解消できるけどさ。
ちなみに今の通信相手とはフレンド登録してある。
そう、言わずもがな、ここまでの行動は全てゲーム内での行動だ。
というわけで鬱蒼としたジャングルの中からこんにちは。
《一匹狼》なんて呼ばれてるしがない爆破工作兵です。
これから寝るまでの間は完全に暇なフリータイムなので色々と情報をまとめておく。
今回プレイログに残しているこのゲームのタイトルは「The Endless War」だ。
ミリタリーガンシューティングの中でも特にメジャーなタイトルなので知っている人も多いだろう。
ミリタリーガンシューティングってなんぞや? なんて人はこの時代じゃもう居ないだろうが一応説明しておこう。
ミリタリーガンシューティングとは大雑把にいえばかつての時代ではFPSとも呼ばれていたジャンルである。
そもそもFPSとはファーストパーソン・シューティング、つまり一人称視点でのシューティングゲームという意味の名称であったのだが、VRゲームでは一人称視点が標準だ。
そのためことさら一人称視点を強調する必要も無く、別の名称で呼ばれるようになったというわけだ。
で、かつての時代においても、一重にFPSと言っても戦争を題材にし動きもリアルなもの、常軌を逸した動きが可能で縦横無尽に高速で動きながら敵を倒したりするスポーツ系と呼ばれるもの、ゾンビを相手にするものなど様々な種類のFPSゲームがあった。
そこでVRゲームでそれらのゲームが登場する際に自然と擬似的に戦争をリアルに再現したものはミリタリーガンシューティング。
リアル感など捨て去ったスピーディーなものはスポーツガンシューティングといったように、ジャンルの細分化をすることであっさりと名称は決まっていった。
ちなみにこのミリタリガンシューティングに対しては多くの批判の声が集まった。
もともと画面越しにプレイしていた時代においてもそういう声はあったようだが、VR技術はほぼ現実と変わらない感覚を与えてくれる。
まさに異世界に入り込んだと言ってもいいほどのリアルな世界をVR技術は生み出したのだ。
そんな現実と比べても何ら遜色ない世界で殺し合うゲームというのはまあ流石に問題視されてしかるべきだった。
というか他のジャンルでもそういう声は上がっていたけど、その中でも特にミリタリガンシューティングに集中したって話だな。
まあ、結局紆余曲折あって昨今では特に白い目で見られることもなくかつてFPSと呼ばれたジャンルは今もなお絶大な人気を誇っており、数多くのVRゲームが存在、運営されているわけだが。
詳細?
ハハッ、これは私のゲームプレイログですよ。
小難しいことは知ったこっちゃないです。
で、話を戻して「The Endless War」は最初に説明したように、リアル系のミリタリーガンシューティングだ。
いささかこのゲーム世界の技術は現実のそれよりも遥かに進んでいたりするが、まあ挙動や情勢の変化とかはリアル系と言って間違いない。
なにせマッチングして対戦する形式ではなく、フルオープンワールドでタイミングなど関係なくそれぞれの勢力に分かれて戦闘を繰り広げ領地を奪い合うという擬似戦争を永遠と行っているのだから。
まさしくタイトルどおり終わりなき戦争をするのがこのゲームである。
だからこそ敵を見つけ、銃を構え、狙い、倒すという従来のFPSと同じ遊び方だけでなく物資を補給したり、爆破工兵として工作活動したり、作戦を立案・指揮したりといった様々なプレイが用意されている。
俺は主にステルス爆破工作プレイをしているので銃弾がやたら飛び交うような戦場とはあまり縁がない。
先ほど通信していたフレンドなんかは作戦を立案する司令官プレイをしていて今回俺に単独で敵補給基地の爆破を依頼してきたのも彼である。
そうして戦略と作戦と戦術をそれぞれ考え、把握し、敵の領地を攻めたり敵の攻撃から領地を守ったりするのはまさに擬似戦争。
そのくせゲームである以上その戦争に苦しむ人は居ないばかりか一般人的なNPCも居ないのでそう暗くなることもない。
完全に戦争を娯楽にしたこのゲームはもはやガンシューティングを取っ払ってミリタリーというジャンルでいいのではないかとも思うが、運営のこだわりなのかミリタリーガンシューティングなのだと譲らない。
まあ、面白いからそれでいい。
さて、既に何度かほのめかしていたが、俺は爆破工作兵プレイをしている。
しかももっぱら単独でだ。
プレイ初期から爆発物、スタミナ、装備可能重量、装備軽量化を重点的に強化していった結果、俺は単独で敵基地を破壊できるようになっていたのである。
もちろんうまくいかずに途中でバレてデスポーンすることもあるが、それでも爆破工作成功率は八割を超えている。
単独で動いているにしてはかなりいい数字なのではないだろうか。
ともあれ、より高威力かつ軽量の爆弾を大量に装備し、軽量化装置と鍛え上げたスタミナによって悪路を踏破し敵基地へと潜入し爆破するのが俺のプレイ。
銃を構えてドンパチするのもいいが、こそこそと隠れてから最後のドカンと花火を上げるのはなかなかに楽しいものだ。
そういうプレイをし続けていたらいつのまにやら《一匹狼》なんて呼ばれるようになり自軍の中で評価され始めたのには少々戸惑ったが評価されて嬉しくないわけがないのでノープロブレム。
余談だが今回持ってきているC8爆薬というのはざっくり言うとC4爆薬のもっとすごい版だ。
安直なネーミングだがシンプルイズベスト。
俺はこの名称を気に入っている。
さて、いろいろ説明もまとめたしこれで十分だろう。
明日はいよいよ本番だしさっさと眠らないとな。
スタミナをかなり強化しているからといって無尽蔵ではないのだから。
では、おやすみ。
そうそう、このプレイログはいつものほぼリアルタイム更新ではなく後日にまとめて更新するつもりなのでこのログを見る頃には既に結果は出ているだろう。
このログを見て警戒をしてもそれは手遅れというものである。
まあ、俺のプレイスタイルとか作戦とかがバレる可能性があるけど、まあ対策されたら対策されたでそれをどう破るか考えるのも楽しいので問題はない。
むしろそれだけ影響を与えられていると実感できて万々歳だ。
どんどん対策してくれ。
全部爆破してあげるから。
さて、結果はどちらに転ぶのか。
この時点では俺自身にもわからないが、成功させる気で挑むとしよう。
そう意気込んだところで夢の世界へと旅だった。