僕らのダンジョン探索録 16
大剣を構えた男のプレイヤーはバンというらしい。
見た目からはかなり豪快な印象を受ける。
「しゃあ!」
バンは開始とともにこちらへと突撃をしてきた。
見た目通りの豪快に攻めて押すタイプらしい。
大剣の剣先は右脇に構えられ、おそらくは接近と同時に薙ぎ払われるだろう。
大剣のリーチは長く、重みもあるから防御なんて出来やしないから回避する必要がある。
対する俺はその場で構えて待ちの体勢だ。
相手が大剣を振りぬくその直前にこちらから距離を詰め、不意を付こうというわけだ。
これは間合いが重要であるし、悟られてもいけない。
限りなく自然体で立ち、一瞬で踏み出す。
そのためにも間合いと、相手の動き出しを完全に見極めなければならないので集中してバンの動きを観察する。
そして、きっちりタイミングを合わせて踏み出そうとして――
「――ッ!」
「ラァ!」
――寸前でそれを止めた。
瞬間、眼前を大剣の剣先が通り過ぎ風圧が顔を叩いた。
「にゃろー、咄嗟に気づきやがったか」
「危ねえ……突撃は誘いだったか」
こいつ、予想よりも前の段階で大剣を振りぬきやがった。
俺がカウンターで距離を詰めようとしているのを見ぬかれていたらしい。
というよりもそう、予測していたようだ。
もしもあのまま踏み出していたら攻撃の直前どころか最も威力の高くなるタイミングで斬られ、即死していただろう。
猪的なプレイヤーかと思ってたのに存外策士だ。
先ほどの攻撃は結果的には躱せたが、少し無理に避けたので追撃はできず、今はにらみ合いとなっている。
最初とは打って変わってバンは攻め気を見せず、じっくりとこちらを見据えて待ちの体勢に入っている。
だからといって俺から攻める必要は無いのだが、ここはあえて攻撃を仕掛けようと思う。
俺は剣を持った右手を真っ直ぐ前に伸ばして剣先をバンに向けつつゆっくりと歩いて近寄っていく。
「なんだ、そりゃあ」
バンが怪訝な様子で問いかけてくるが無視。
剣はそのまま常にバンへ向けたまま歩く。
もちろんバンだって黙って見ているわけでもなく距離を詰められまいと動くが、俺は構わずゆっくりと歩き、すぐに剣先の向きを修正してバンへと鼻先へと向け続ける。
そうこうしている内にバンの顔に少し苦しげな表情が浮かんできた。
俺が何をしようとしているのかがわからず、常に剣先を向けられていることで緊張状態に入ったのだろう。
あくまで剣先を向けられるだけでそれ以上のアプローチが無いのだから焦れったくも感じているはずだ。
「なんなんだよ、一体何がしたいってんだ」
「……」
そう聞いてくるが、それには黙したまま、意味深な笑みを浮かべることで返す。
俺はゆっくりと剣先を向けながら歩き、バンは困惑しながら間合いを一定に保っているこの光景は第三者から見ればひどく奇妙に見えるだろう。
バンは雰囲気とは裏腹にこちらのことをよく見て、よく考えている。
だからこそ、俺のこの行動に何かしら意味があるのだと考えて、それを見切ろうとしている。
その結果がこの膠着状態を生んでいるわけだ。
だが、事態は少しずつ進んでいることにバンは気づいていない。
一歩だけ素早く動く。
それに反応したか、バンの握る大剣の剣先が一瞬揺れた。
思わず力が入ったようだ。
けど、俺がするのはそれだけでまたゆっくりと歩く。
再び間合いを一定に保ちながら状況は膠着する。
いい感じに仕上がってきているな……。
また、一歩だけ素早く動く。
今度は一瞬だけ剣を振るかのような動作も混ぜた。
やはり、バンはそれに反応して大きくバックステップをする。
だが、バンが着地する頃にはすでに俺は先ほどのように剣先を向けるだけの構えに戻っている。
バンの体勢が整ったのを見て、再び一歩だけ踏み込む。
「っ!?」
すると、今度は大げさに顔を晒して避けた。
バンには俺の間合いが突然伸びたように感じられたことだろう。
仕掛けは簡単で、ずっと根本の部分を握って構えていたのを先ほど軽く振った時に調整して端の方を持つようにしただけだ。
それだけのことだが、それだけで拳3つ分リーチが変わる。
ここまで散々剣先を向けられ間合いを認識させられたところにこの拳3つ分というのはかなりの差だ。
さて、バンは強く動揺したらしくかなり苦しげな表情をして息も荒くなっている。
本当なら焦れて攻撃してきてくれたらありがたかったのだが、尚もバンは待ちの姿勢だ。
だが、動揺と緊張から無駄に力が入り、構えも崩れてきているのが見て取れる。
ここらが、攻め時だろう。
「シッ!」
もはや仕掛けは十分と判断して、一気に踏み出す。
今度はフェイントでなく、実際に斬りつける為に一気に間合いを詰めた。
これまでの行動でバンは一瞬フェイントを疑ったのか動き出しがワンテンポ遅い。
そしてそれが致命的だった。
「ッ!? くッ……!」
一気に近づいた俺はまず刺突を繰り出す。
これまで散々剣先を向けられてきたからか、バンは不意を取られながらも右に躱した。
だが、体勢は大きく崩れてしまっており、そこへ袈裟懸けに斬りつけた。
やはりPvP慣れしているのか、そんな状況でもバンは動揺を抑えて後ろへ回避し、同時に大剣を振って牽制を入れてきた。
流石だ。
だが、それは苦し紛れでしかなく、後ろに下がりながら振るわれた大剣など恐ろしくもない。
前屈みにしゃがむことで大剣を躱し、背を過ぎたのを感じ取ったのと同時に跳ねるようにして懐へ飛び込み、その勢いのまま刺突を繰り出してバンの胸、真ん中を貫いた。
「ぐぅ……俺の、敗けか」
「ああ、俺の勝ちだ」
それが致命打となり、勝敗は決した。
自信の胸を貫いている刃を見てバンが笑って敗けを認め、俺も笑ってそれに返す。
そして数秒後には俺もバンも控室へと転移した。
「いやー何、あれ」
「俺の考えた嫌がらせ戦法その6」
「なにそれ……」
控室へと転移してから、先ほどの対戦相手であるバンがやってきて先ほどの試合について語ることになった。
話題はもちろん俺の行った奇妙な戦法についてだ。
「あれは結構深読みしてくれる相手によく効くんだよな」
剣先を相手に向けて腕をまっすぐに伸ばし、歩いて近寄ろうとするだけ。
少なからず剣先を向けられるというのは気持ちのいいものではないし、奇妙な動作は激しい違和感を生む。
あの動作には何か意味があるのではないかと考え、迂闊に踏み込むことができなくなる。
それこそが狙いだ。
考えれば考えてくれるほどに相手は術中にハマってくれる。
次第に思考はループし、意識は剣先へと集中してしまう。
意図がわからなければとにかく研ぎ澄まして反応するしか無いからだ。
それを見計らって、少し動きを混ぜれば先ほどのバンのように過剰に反応し、やはり何か狙いがあるのだと疑念は深くなる。
で、何度か同じように動く様子を見せて小細工も混ぜて動揺させていく。
「で、最後のバンみたいに動き出しが一歩遅れる、とそういう寸法だな」
「うげえ……無駄に意図を探ったのがダメだったか」
説明を受け、バンは顔をしかめてため息を吐いた。
「じゃあ、あれか? さっさと弾けばよかったのか?」
「まあそれも有効だろうけど、普通に空振りさせて踏み込めるからな。ダメージ覚悟で踏み込まれたほうが厄介かなあ」
「なるほど。にしてもべらべら喋っていいのか?」
「ああ、問題ない。所詮初見殺しみたいなやつだし、嫌がらせは他にもあるし」
そう言うと、なぜだかバンが引いていた。
「そういえばその6とか言ってたな……。でも、あれだろ? 普通にしてもお前強いだろ。反応とか異常に良いし」
「まあな!」
「ドヤ顔うっざ」
それからしばらくはバンとPvP談義をすることになった。




