僕らのダンジョン探索録 8
迫る赤鬼。
その動き自体は思いの外ゆっくりだ。
しかし、その巨体の歩幅はかなり大きく、あっという間に距離を詰められる。
もっともこちらに遠距離攻撃の手段がない以上はむしろその方が助かるのだが。
そうして、ついに10メートル切ったところまで到達すると、鬼は強く地面を蹴り飛び上がった。
「ガァアアア!!」
「チッ!」
落下する勢いを乗せて爪を降り下ろそうとする赤鬼に俺は舌打ちを打ちつつ転がるように大きく避ける。
それに構わず降り下ろされた剛腕が地面を叩き、鋭い爪によって砕かれる。
それにより飛び交う破片が襲いかかってくるがブラックウルフの革鎧のおかげでなんともない。
まったく。
敵の攻撃を避けつつ股下を通りカウンターを仕掛けようと思ってたのに、あれじゃあな。
だが直撃でなければ余波は鎧が防いでくれることが分かったのは儲けだな。
鎧のない部分に当たった破片もあったのに傷もないし、痛みもない。
鎧の防御力は全体に掛かるようだ。
もし防御力が不足していたら、今の破片でも重傷だったかもしれない。
そうなるとステルスプレイ主体でも防具は……!
「っ!」
地面を割くようにして薙ぎ払われた爪撃を回避。
同時に破片が襲い掛かってきたがそれは軽い衝撃を感じるだけで問題ない。
それにしても危なかった。
あれこれ考えるのは後にしよう。
集中して鬼を観察しながら攻撃をかわす。
幸い鬼の攻撃はどれも大振りで予兆もはっきりしているからか避けやすい。
ただ、どの攻撃も迫力が凄まじくそれに圧されてつい大きく回避しがちになってしまう。
これではダメだ。
これでは回避と同時に攻撃なんてできない。
もっと細かく、小さく回避して攻撃できる体勢を作らなければ。
攻撃を避けられてイライラしてきたのか鬼の攻撃は苛烈になる。
「ふっ!」
大丈夫だ、まだ避けられる。
というか当たれば即死する気がするから避けるしかない。
「っと!」
こう苛烈だと流石に幾つか危ない場面も出てくる。
今もなんとかスレスレで躱すことができたがその代わり体勢を崩してしまった。
そんな俺を見て、すかさず鬼が腕を大きく振りかぶる。
その溜めは短く、すぐに俺に向かって真っ直ぐと降り下ろされた。
それは今までの弧を描くような攻撃ではなく、真っ直ぐと最短距離を進む打ちおろしの右で赤鬼の体重が十分に乗った凶悪な一撃。
俺は今膝をついていてこの状態じゃ満足に避けられない。
だからこそ俺は全力で地面を蹴って身体をとにかく前に転がした。
「っ……!」
ゾッとするような圧力を背中に感じつつもなんとか回避成功した。
その次の瞬間には地面を砕く豪快な音が響き、破片が飛び交った。
俺は即座に反転しつつ、剣先を前に向けて腰元まで引いた。
視界に写るのは前傾姿勢で地面に拳を打ち立てている鬼の後ろ姿。
その姿を見るのと同時に俺はバネのように身体を伸ばし、渾身の突きを繰り出した――――
――――鬼の、ケツに。
「ガァアアアアア!?」
「おお! なんだか良い反応じゃないの!」
一番狙いやすい場所にあったから突いてみたけど思ったよりも効果があったらしく、鬼は叫び声を上げて立ち上がって仰け反った。
全く、真面目な空気が台無しだよ!
「よくも真面目な空気を!」
これ以上ない攻め時に俺は意味もわからぬ逆恨みの言葉を吐きながら、突きの体勢から霞の構えへと繋ぎ、その状態で軽く跳ぶように踏み込むと、鬼の右太ももの内側へと向けて剣を袈裟懸けに振り下ろした。
体重をその一撃はあっさりと鬼の太ももを斬り裂いた。
剣はそのまま左に流し、今度は身体を後ろへ引っ張るように踏ん張って、右へ薙ぐ。
その一撃が鬼の膝裏へと命中し、筋を断ち切った。
太ももと膝裏の筋を斬られた鬼は当然、自重を支えられず倒れてしまう―――
「っと、あぶねっ! 怯み解消早いっつの」
―――なんてことはなく、普通に立ち直った鬼の反撃を避ける。
筋を斬ったから倒れるだとかそんなことは一切ない。
ゲームだからな!
けど、ケツに突き入れた時のあれはなんだったんだろう。
まさかとは思うけどさ。
ケツに弱点設定してないよな?
無いと思う。
無いと思うが……。
「回避、かーらーのー! 地獄突きィ!」
「グガアアアアアアア!?」
再び攻撃を回避し続けて誘った打ちおろしの右を避けて、焼き増しのように再びケツに剣を突き刺したら、案の定赤鬼は叫び声を上げて仰け反りました。
「開発、頭おかしいんじゃねえのか!?」
これ確実にケツが弱点じゃん。
何で?
何でこんなすごいかっこいい鬼出しといてケツ弱点なの?
笑えないよ!?
ただただ、正気を疑うだけだよ!?
だけど見つけた弱点は全力で叩く! いや、突く!!
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
幾度の鬼の叫び声を聞き届けてようやく戦闘終了し、鬼の死体が消えていく。
長く、苦しい戦いだった。
そしてどこか虚しい。
特になにもドロップしたりはしないし。
とりあえずVRコミュニティ広場にあったのこのゲームの感想スレのほうに赤鬼かわいそうと書き込んでおいた。
するとあっという間に『※』とか『*』だとかの書き込みが乱立した。
やっぱ多くの人が同じように倒したんだな。
ともかくエリアボスは倒したので赤鬼の出てきたゲートを通って次の階層へと進んだ。
周囲を見ればレンガに囲まれた部屋のようであり本棚やら机やらが散在している。
どうやら中層エリアからはこんな感じになるらしい。
確認しているとふいに背負袋の方からピシッとなにかひび割れた音がしたので確認してみれば松明にヒビが入っていた。
……あー、忘れてたなあ。
たしかに松明だって消耗品なのだからエリアに対応したものに更新しておくべきだった。
これまで使わず、先程のボス部屋で初めて使用したものだからすっかり忘れていた。
まあ無いものは仕方ない。
幸いこの階層は何やら壁とかが全体的に光っているので視界に困ることはなさそうだ。
次の階層はどうなのかはわからないから今回は6階層をひたすら探索しようかな。
ある程度収穫があれば7階層に進んでもし、真っ暗だったら帰還水晶でさっさと帰る感じで。
方針が決まったところで早速探索していこう。
明らかな人工物っぽい造りの部屋はなかなか探索のしがいがありそうだ。
試しに本棚におさまっていた本を手に取ってタイトルを見てみる。
『赤鬼調教物語』
…………。
…………俺は何も見なかった。
そういうことにしておこう。
俺はそっと本を戻し、他の本もろくなものはないことを確認してその部屋を後にした。
部屋を後にした俺は通路を進む。
通路は一人なら余裕だが二人だとギリギリ並べるか、というくらいの狭いものだ。
回避し辛いのはもちろんこと、攻撃も突き、縦切りに制限されてしまう。
咄嗟に横にふって壁に引っ掻けるみたいなポカだけはやらかさないよう注意しなければ。
また、壁などが全体的に光っているから敵に見つかりやすいということも頭にいれておかないと。
まあ、光っているとは言ってもかなり淡い光なので遠くまでは見渡せないが。
はっきり見えるのはだいたい10メートルぐらいだ。
これは有利にも不利にも働くだろう。
一応等間隔に柱でもあるのか出っ張りがあるので、この光の加減と合わさってある程度身を隠すことはできそうだが、素通りしてくれることは期待できない。
すれ違ったらぶつかってしまうしな。
そうなるとステルスプレイの難度はかなり高くなる。
視認距離に入る前に敵の接近察を知して下がらないと接触はまず避けられない。
それで下がったら後方からも敵が来ていて挟み撃ちなんてことだってある。
となれば完全ステルスは早々に諦めて、通路で敵と接触したら柱の影に隠れ、近づいてきたところに奇襲をかけることにするか。
こうした僅かなオブジェクトに隠れその状態から攻撃したりできるのはVRならではだとおもう。
いわゆるカバーアクションを自分の思うがままにどこでも出来るってことだからな。
動きに制約がないというのは本当に素晴らしく、その分だけ戦略も広がるというもの。
やはりVRとダンジョン探索は相性がいい。
改めてそう思った。




