僕らのダンジョン探索録 7
最初のダンジョンを潜りはじめてそろそろ6時間といったところか。
すでに階層を繋ぐ魔法陣を4つほど通って今は5階層。
装備を更新した分、普通に戦闘になってもけっこう楽々に進めた。
さて、事前に仕入れた情報によれば次の階層から中層と呼ばれるエリアになるらしい。
ちなみに、今いる5階層までを上層、6から10階層までをまでを中層、11から15階層までを下層、16から20階層を最下層と呼ぶらしい。
これはこのダンジョンの場合であって他のダンジョンだとまた別の範囲でエリアが分けられている。
もちろん、ただ区切りとして分けられているわけではなく、1つエリアを進む毎に消耗アイテムが劣化するらしい。
準備の時に中階層用にわざわざ新しく用意したのもそのためだ。
中層になにも考えずにアイテムを持ち込んでも食料は即座に腐り、煙幕なども不発になる。
これは酒場にいた探索者のおっちゃんから聞いた。
このおっちゃん、ずっと酒場いて酒飲んでるからぶっちゃけヒントをくれるキャラとして設定されたNPCだろうな。
他にも、ギルドがルーキー探索者支援のために教習を開いていてそれを受けることで質素だが武器なども入手できるという情報も教えてくれた。
わー親切だなあ。
けっ!
ともあれ、俺は今、上層における最後の階層、5階層にやって来ているわけだがなにも見えない。
一切の明かりが無くて真っ暗なのだ。
松明で照らさないのは敵モンスターを警戒してのことだが、少なくとも近くにはいない……と、思う。
これなら大丈夫かな?
右手を後ろに回し背負い袋の横に掛けておいた松明を一本取り出すと、徐に地面に素早く擦り付ける。
まるでマッチのようなその動作によって松明に火が灯されて辺りをゆらゆらとした光が照らしていった。
しかし、その光が壁を照らすことはなく明らかになったのは周囲20メートルのレンガの敷き詰められた地面の様子だけ。
敵の姿もなければアイテムもありゃしない。
随分と広い場所に出たみたいだけど何もないのは寂しいな。
まあ、とりあえず同じ方向に歩き続けるか。
幸いレンガの床のおかげで、方向を見失うこともなさそうだし。
……って、あれ?
レンガの床?
今までずっと石が露出した洞窟みたいなダンジョンだったのにこの階層だけレンガで綺麗に作られているのは不自然だ。
一応次の階層へ繋がる魔法陣がある部屋はレンガ造りだったが、それにしてはここは広すぎるし、いままでその部屋に直接出たことはない。
であれば、やはりこれは異常事態である可能性が高く、これは何かあるに違いない。
そう思って警戒を強める。
松明は……そのままでいいだろう。
なにも見えないんじゃまともに動けない。
目を細めて周囲を見渡すが、松明に照らされた範囲にはやはり何もない。
「ん……?」
だがそうして集中して探ったことである臭いを感じとる。
これは……あれだ。
石油だ。
石油の臭いだ。
今やガソリンも一般人には馴染みがないが、とりあえずこういうものがあるんだと小学校時代にサンプルで出された時に嗅いだ臭いと一緒だ。
ああ、もちろんVRで再現されたやつで嗅いだから変な中毒とかの心配は無いぞ。
んーちょっと懐かしいなあ。
でもなんで石油の臭いがするのだろうか。
石油といえば燃える水なわけだけど、とりあえずその臭いが強い方へと進んでみる。
「おっ、なんかあるな」
そうして臭いが強くする方へ歩いていると何らかの物体が朧気に浮かび上がってきた。
さらに近づいて松明で照らせばそれは小さめの噴水台のように見える。
もっとも噴き出しているのは水ではなく石油のようだが。
そしてその噴水台からは水路が伸びていてそれが何処かへと伸びていることが確認できた。
ふむ……。
「ていっ」
俺は徐ろに松明をその噴水台へと近づけ火が少しだけ石油に触れるようにする。
すこしして松明の火が石油に燃え移り、水路を流れていた石油へとどんどん引火していった。
やってから思ったけど、これって気化と燃焼を繰り返しているんだよな。
有毒ガスなんてバンバン発生していることだろう。
まあ、それを言うならならどう見ても地下空間で空気の流れも全く無いダンジョン内に普通に松明が設置されていて何の問題もないのだから気にする必要はないか。
過度なリアルはゲームに不要!
いや、ちょっとこのゲームには過度なリアル成分混入している感あるけど今回は大丈夫らしい。
特に体調も悪くならないし。
さて、水路の石油に沿って火が走るように燃え広がり、辺りを照らしていく。
それは緩やかに弧を描いているようで、どうやら円を描いているようだ。
今いる場所はちょうどその円の端。また、円の内側にも、火は伸びていて、それは何らかの模様を描いているようだった。
内側に何らかの模様を要する円形とくればそれは魔法陣だろう。
ここがレンガ造りの部屋であることを考慮すれば、階層を繋ぐものだろうか。
それにしては無駄に広いしこんなギミックを用意する必要があるのかと思う。
これまでは適度な広さの部屋に最初から機能する魔法陣が敷かれていたわけだし。
考えながらも火の行く末を見守っていると石油の水路全体に火が行き渡ったのか火の位置が変わることはなくなった。
それと同時に、ゴゴゴゴっと地鳴りがしたかと思えば魔法陣の中心部から何やら巨大な門が姿を表す。
門っていうか巨大な扉か?
同時に、先程まで燃えていた石油と水路が消え去り、次いで床が青色の淡い光を発して辺りを照らし始めた。
多少薄暗いが一気に視界が通る。
ほほう。
なかなか幻想的だ。
もしかしてエリアを跨ぐ場合はこういう形になるのだろうか。
だから特別な演出があったと、そういうことであってもおかしくはない。
おかしくはないが、まあ無いだろう。
こういう場合ではそれ相応のイベントがあるほうがよっぽど自然である。
「ん? 扉が開いて……」
考えていると扉が独りでにゆっくりと開いていく。
そのままゆっくり開いていくのか、と思った次の瞬間にはいきなり扉が砕け散ってそれと同時に鋭い爪を持ち、血のように赤い肌をした太く大きな腕が飛び出てきた。
開いた扉の奥は漆黒に包まれて、その腕の持ち主の全容は見えなかったがすぐにその姿は明らかなる。
俺の3倍はあるかという巨躯の人型で、分厚い筋肉に覆われた身体。
恥部を隠すようにトラ柄の巨大な毛皮が肩から斜めに巻かれていて、頭には角が前の方に二本生えている。
また、下顎から鋭い牙が突き出していて、目元は深く、妖しく光る赤い瞳を持つその顔は憤怒の表情を浮かべていた。
それは恐れであり、災いであり、悪であり、強者であり、異端であり、淀みであり、神でもある存在。
時に襲いかかる恐怖の象徴として、時に罪に対する戒めとして。
様々な側面を持つとされる伝説の存在。
すなわち――
――鬼、であった。
認識すると同時に、目の前にウィンドウが表示された。
『エリアボス、血狂いの赤鬼が現れました』
血狂いの赤鬼?
それがあいつの固有名か。
っていうかボスか。
そうか……エリアまたぐときはボス戦があるのか……。
なんでヒントくれるおっちゃんそのこと教えてくれなかったんだ!
「グガアアアアアアアアアアアア!!」
「やるしか……ないか!」
そして猶予ももう終わりということなのだろう。
赤鬼が凄まじい雄叫びをあげると猛烈な勢いで駆けてくる。
こうなればもうやるしか無いだろう。
俺は覚悟を決めて剣を構えた。




