第十二話 蜘蛛
再びあの不思議な広々とした空間にでればそこは殺風景な空間ではなく、最後に目にしたままの森があった。
変化は一度きりということか、それともセーフティエリアに戻るだけでは変化しないのか。
入り口につける傷が通路に誰かいる限り消えないという情報から考えれば後者だろう。
さて、折角索敵に使えそうなスキルを手に入れたのだしその使い心地を試してみよう。
「んー、スキルとして取得したからかさっきより感じ取れる範囲は広がったが……3mぐらいか?」
「レベルが低いし、そんなものでしょうね」
しばし消費など無視して魔力感知にだけ集中させて発動してみるが範囲はやや広くなった程度だった。
ヘーテルが言うようにレベルが低いのだからこんなものだろうな。
ただ、草や木々などあらゆるものに魔力は宿っているようでそれらを感じ取ることで目を瞑っていても範囲内の状況を見ているかごとく把握できる。
しかもこの場合背後の状況すら把握できるので、普通に目で見るよりもいいかもしれない。
「さて、どんなモンスターが出てくるか」
「森だから獣系か虫系でしょう……虫だといいわね!」
「……普通逆じゃね?」
「革もいいんだけど革装備はもう結構充実してるから、良質な糸が欲しいのよね」
素材が基準か……。
勇ましいがそれは女性として正しい反応だろうか。
「女子としてそれでいいのか?」
「虫を見てキャーキャー騒ぐなんてバッカみたいじゃない!」
わーお。
なんてたくましい言葉。
「それに……」
「それに?」
「私がどんなでもあんたはずっと見てくれるんでしょ? だったら何も問題無いわ」
ニッと笑いながらそんなことを言ってきたヘーテルに俺は一瞬固まってしまった。
そういう不意打ちはズルい。
「……そうだな」
「ええ、だから速く<魔力感知>のレベルを上げて手伝いなさいよね!」
そう言ってヘーテルは森へと向きを変え勢い良く歩き出す。
脈略もなく告げられた言葉とか、振り返り際にチラッと見えた赤くなっていた耳先については何も言うまい。
その後、森へと入りモンスターを探しつつ先へ進んでいると<魔力感知>によりあるものを発見した。
「ストップ!」
それを確認するとすぐに先を歩いていたヘーテルに小声で指示を出す。
その声にヘーテルは即座に立ち止まり周囲を警戒しながら目線でどうしたのかと訴えてくる。
「丁度ヘーテルの目の前に糸がある。そのまま進めば首元に触れるぐらいの位置に」
「……見えた。言われなきゃ気づけ無い程細い……よく気づけたわね」
「見えなくても感じることはできるからな」
早速<魔力感知>が役に立ってくれている。
範囲は狭いとはいえ、範囲内であれば目で見る以上に正確な情報が得られるというのは便利だ。
さて、こうして糸による罠を設置しているとなると蜘蛛タイプだろうか。
考えつつゆっくりとヘーテルの傍までいくと感知範囲に続々と糸が入りこの先の道を埋め尽くすように糸が張り巡らされていることに気づく。
まるでスパイ映画の赤外線トラップのようだ。
「蜘蛛だとしたら、性質的に考えて触れたら感知されるか」
「けどこの先ずっと糸が張り巡らされているんでしょ? だったらわざと触れておびき寄せましょうよ」
「それならただ、触れるんじゃなくて糸を切って喧嘩売ろうぜ」
「いい考えね」
ひとまず触れたらどうなるか予想を立てて、どうするかを話し合う。
といっても最初っからモンスターの方に来てもらう方向での話し合いだ。
結果、糸を断ち切ることでこちらの存在を知らせることにした。
「風よ、刃となりて敵を斬り裂け ウィンドカッター!」
そんなわけで糸を斬るための魔法を選択し呪文を詠唱。
準備が整ったらすぐに発動し、前方へ風の刃が飛んで行く。
そしてそれが糸に触れるかと思えば乾いた音を立てて風の刃は霧散してしまった。
「っ!? 伏せろ!」
風の刃が霧散したことに軽く驚くが、それよりも糸が突如周辺を薙ぎ払うように動くのを感知して俺は慌ててヘーテルに指示を出しつつ自身も地に伏せる。
その判断は間違っていなかったようで、伏せた次の瞬間には糸がすぐ上を通過したのを<魔力感知>によって認識し、それと同時に周囲一体の木々が派手に斬り裂かれた。
「くっ!?」
「おっと!?」
斬り裂かれ一斉に倒れる木々に下敷きにならないように俺もヘーテルも慌てて回避する。
木々が土埃を上げ一気に視界が悪くなったが、俺は<魔力感知>で探知してヘーテルの元へ真っ直ぐ駆け寄ると抱きかかえて右へ飛ぶ。
その瞬間、感知範囲に例の糸が入り、先程までヘーテルが居た場所を上から叩きつけるように糸が通過するのを認識できた。
横薙ぎでこちらにダメージを与えられなかったのなら今度は縦に振り下ろしてくるかという予想が当たってなによりである。
「視界を開け、ウィンドブレス!」
こっから反撃と行きたいがひとまず周囲の土煙が邪魔なので、風を広範囲に起こして視界を開く。
もはや、隠れるつもりは無いのか正面にそいつは居た。
300mぐらいは離れているが、そんな遠くから糸を操り攻撃してきたというのだから厄介な話だ。
これだけ遠目に見てもそのモンスターはそれなりに大型なタイプであることは一目瞭然で、特徴的な八本足もハッキリと伺える。
「やっぱ予想通り蜘蛛タイプか」
「あの距離から糸を操ってこの威力って中々辛いわね」
「むしろこの距離だからだろう。遠心力とかでさ。逆に懐に飛び込めば糸で攻撃するのは難しくなりそうだ」
自分で言ってて正直、混乱する話だ。
普通に糸を振り回しても到底先っぽの方をまともに動かせない。
圧倒的に軽すぎるのだ。
けれど実際俺も<糸使い>スキルを使えるからこそわかるが、長ければ長いほど威力は上がるのだ。
鞭のように根本から力が伝わって先端が加速していくようなものでなく、糸全体をスキルによって操っているのにもかかわらず先端で攻撃したほうが威力が上がる。
なんとも不可思議な現象である。
ちなみに威力が上がるって言ってもあくまでそれなりで少なくとも俺がやってみた時は精々がデコピン程度の威力でしかなかったし、1回で糸は真ん中から切れてしまった。
そうなるとあの蜘蛛型のモンスターの糸は規格外な威力と耐久性を持っていることになる。
是非入手したいところだ。
「それにしても動いてる糸は存外見やすいな!」
「これならなんとか防げるわね!」
どういう原理なのか攻撃のために激しく振り回される糸はハッキリと見える。
だから土煙の晴れた今ならそれを回避できるし、ヘーテルは槌を細かく振って糸を迎撃している。
迎撃の度に激しい金属音がすることに強い違和感を覚えるが、まあどうでもいいことだ。
「とりあえず行ってくるわ」
「いってらー」
このままここにいてもしょうがないのでひとまずは懐へ飛び込むことにする。
それを短くヘーテルに告げればやたらと軽い返事が返ってきたがいつものことである。
素早さのステータス的に俺のほうが早いからわりと遊撃に回ることが多いから大体俺が先陣を切ることが多いのだ。
魔法使いで近接戦闘をこなすってのはよくある話だし何の問題もない。
「細かく舞い上がり、我が身を隠せ! サンドスモーク!」
踏み出すと同時に土煙によって見を隠す魔法を発動する。
先ほどの木々が倒れた衝撃で舞い上がった土煙と違ってこの魔法によってできた土煙は俺やパーティーメンバーの視界を妨げない。
だが、敵の視線は遮れる。
原理は知らない。
とにかくそういう魔法なのだ。
「顕現せよ、ミラージ! そして宿れ!」
その土煙へ突っ込みつつ、ミラージを喚び出し、すぐさま装備しているマントへと宿らせる。
以前パーティを臨時で組んだカイがやっていたが、類似種族であるエレメンタルコアにできるのならミラージにだってできるはずだとやってみれば本当にできた。
同時に素早くフードを被り前側を手で抑えて閉じて、土煙から飛び出す。
カイの従魔、ヴァルが宿った剣は炎の剣になった。
ならば幻を操るミラージが宿ったこのマントはどうなるのか。
その答えは全く俺を近寄らせないようにするために糸を操る蜘蛛型の行動が示している。
全く的外れな位置に糸が振り下ろされ地面を埋める木を斬り裂く。
ただそれだけ。
その糸の延長上にヘーテルがいるわけでもない。
再び糸が別の場所めがけで振るわれる。
が、そこも全く関係のない場所だ。
避ける必要すらなく、まっすぐと蜘蛛型へと向かい足を進める。
俺からすれば勝手に攻撃を外しているようにしか見えないが、相手からすれば確かに糸を振り下ろした場所に俺はいたように見えたのだろう。
これこそがミラージが宿ったマントの効果。
装備した者を幻で覆い、別の位置にいるように錯覚させる能力に名付けるのならそのまま「蜃気楼」だろう。
ミラージの名にふさわしい効果である。
「っと! 危ない危ない」
攻撃が当たらない仕組みに蜘蛛型が気がついたのかより広範囲へ攻撃できる横薙ぎに切り替えてきたのでジャンプして避ける。
それと同時に蜃気楼が解けた。
相手にこちらの位置を錯覚させる蜃気楼は確かに強力だが、それだけに何かしら攻撃を回避したりするとすぐに解除されてしまう。
だが、距離は50mまで縮められたのだから上出来だろう。
ここまで近づけばその姿もハッキリ見えるし識別もできる。
蜘蛛をそのまま大きくした姿で、何より特徴的なのが鎌状になっている前2本の足。
その姿から導き出されるのは遠くからは糸による斬撃、近ければ鎌足による斬撃で攻め立てるオールラウンダーなモンスター。
スラッシュスパーダに違いない。
ってことはあれか。
懐に入ったら今度はあの鎌を回避しないとダメじゃねえか!
そもそも糸で木とか斬ってた時点で気づけ俺!
「――ショック、ラン!」
だからと言って足を止めることはない。
足裏から無属性魔法の初期魔法であるショックを発動しながら地面を右足で踏む抜く。
衝撃が地面を穿ち、反動で身体は前へと進む。
即座に魔力を操り今度は左足で地面を蹴ると同時に再びショックを放つ。
これを交互に行うだけの簡単な工程だが、魔力制御はもちろん、衝撃によって進む方向の調整も中々苦労するので短距離でしか使えない移動法だ。
だが、この方法による移動効果は絶大で俺は50mの距離をあっという間に詰めスラッシュスパーダの懐へと飛び込んだ。
敵は突然加速した俺の動きについてこれてない。
このチャンスを逃さないように即座に必要以上の魔力を両手に込めて、鎌足の付け根辺りに両手を当てる。
「ショックオーバー!」
言いつつ放ったのは普段より威力を上げただけのショックであるが、両手で同時に、しかも魔力の過剰供給されたその魔法によってスラッシュスパーダは前半身を大きく上へと跳ね上げられた。
「大地から伸びるは破壊の大鎚! 打ち抜け! ロックピラー!」
浮いた前半身へと追撃するように放つのは地面を瞬間的に盛り上げて敵に打撃を与えるロックピラーだ。
呪文を詠唱し、十分に魔力を込められたその一撃は前に高くジャンプするために使った時とは違って破城槌の如き攻撃となり、スラッシュスパーダへと叩きつけられた。
その衝撃によってスラッシュスパーダは更に前半身を跳ね上げられて遂には仰向けに倒れると思ったその瞬間。
「っ!」
スラッシュスパーダはギリギリのところで持ちこたえ、体勢を戻すと同時に鎌足を猛烈な勢いで振り下ろしてきた。
慌ててバックステップで回避し、目の前を鎌足が通り過ぎ地面に深く突き刺さる。
かなり深々と刺さっていたというのにスラッシュスパーダは軽々と地面から足を引き抜くと口から糸を矢の如し勢いで射出してきた。
今度はそれを横に避けるが、攻撃と同時に踏み出していたスラッシュスパーダの鎌足による斬撃が襲ってくる。
その攻撃速度はかなりの物だ。
しかし、俺はそのことごとくを回避していく。
もとより俺のステータスのなかで素早さは魔力適合率の次に高いし、超高速の動きを認識することには慣れている。
あの高速の世界に比べればこの程度造作もない。
落ち着いて見極めて回避する。
ショックを使った移動法も交えてるから視界は左右に激しく揺れる。
鬱陶しいので目を閉じる。
大丈夫、<魔力感知>がちゃんと教えてくれる。
相手の動きも、糸の動きも全部把握できる。
範囲は狭くてもこの距離での戦いには十分!
そうしてスラッシュスパーダとの応酬がしばらく続き、この攻防にも随分なれた。
「風よ! 刃と! なりて! 敵をッ! 斬り裂けぇ! ウィンドカッター!」
慣れて生まれた余裕を使って呪文を詠唱し、ウィンドカッターを放つ。
それはスラッシュスパーダの口元へと当たったが表面を少しだけ斬り裂くだけに留まる。
だが、その一撃はスラッシュスパーダの怒りに火をつけるのに十分だったらしく、攻撃はより苛烈に、そして一撃はより重くなった。
苛烈さを増した攻撃に俺は再び防戦一方になる。
結構危険な状況ではあるが、心の中では未だ余裕があった。
――――全て予定通りだ。




