第十話 迷宮都市
あれからまた一週間。
その間、目立ったイベントが都合よくあるわけでもなく、生産を行った次の日はモンスターを狩って素材を集め、そのまた次の日は生産と露天売りという狩りと生産を交互に行うサイクルを繰り返した。
そして出来上がった装備は飛ぶように売れ、今日に至るまで客足が減ることはなく、むしろ話が広がったのか今日は出店前から多くの冒険者が広場に集まっていたほどであった。
結果、俺たちのもとに目標金額以上の金額が集まったわけだが、やはり当初の目的だった工房の購入は見送ることになった。
ただ、金を遊ばせていても勿体無いということで今の段階で集められる最高の素材から、現段階での最高レベルの生産器具をいろいろと作ろうっていう話になった。
一応、鍛冶で使う炉のようなあまりにも大規模なものでない限りはインベントリに収納することが可能だったからだ。
じゃあ、なんでずっと工房をどうするかそんなに悩んでいたのかといえば工房という施設自体に、生産物の性能を強化する効果があるためである。
妥協すれば鍛冶以外なら概ねどこでも生産することはできるが、どうせならなるべく効果が高くなる環境で生産したいと考えるのはまあ、当然のこと。
だからこそ工房を求めていたのが、それは移動による問題のため断念した。
だが、ヘーテルのスキルも順調に育ってきて、素材も交易都市故にいい感じのものが揃っているこの段階で一旦性能のいいものを揃えてしまえば結果的には貸し工房で作るよりも優れた物ができるだろう。
「とりあえず設備として作るのはなめし用の手回しドラムと紡績機に織機、調合台ね。ああ、後は汎用的に使える素材洗浄機も作っておきましょうか」
ヘーテルが作るべき器具を挙げていく。
作ること自体が好きな彼女は、生産器具をまとめて作ると決まったからかとても楽しそうである。
「これはいつか自動化したいところね。あとは細々とした加工道具も作らないと」
「おう、頑張れよ」
「何言ってるのよ。あんたにもたくさん手伝ってもらうんだからね! なかなか楽しくなってきたわね!」
おう、頑張れよ、俺。
とはいえ、いい加減生産に関するあれこれはもう書き尽くしたのでそれらの生産についてはざっくりと省いておく。
そんなわけで、生産器具を揃えると決めてから更に三日後。
俺たちは既に道具は揃え終えて今は迷宮都市へと向かって馬車を進めている。
「馬車で移動時間はある程度短縮できるけどさ。結局はそれなりに強いモンスターを探すなら大体が森の奥なわけで馬車使えねえよな」
「森は言うに及ばず荒れ地や山なんかも道が悪すぎよね。結局街道を進むしか無いってことは街への移動でしか使えないわ」
「いろいろなところでゲームらしくまとめてるのに、何でよりにもよって距離と移動手段をほぼ完全にリアル準拠にしたんだろうなあ」
「リアルにするのも大概にしてほしいわね」
移動中俺たちはそんな雑談を交わしていた。
雑談というか、このゲームに対する不平不満を零している。
ぶっちゃけ既にリアル異世界楽しいな! と、感じていられる時期は過ぎておりハッキリ言ってこのリアル感が疎ましい事この上ない。
「とりあえずあれだな。<騎乗>スキルを取得しよう」
「賛成」
とりあえずの解決策としては移動速度を上げ、より荒れた道でも行動できるようにするしかない。
そうなれば馬車が邪魔なので今後は馬に直接騎乗して移動することをたった今決めた。
そもそも馬車を購入したのは<騎乗>スキルを必要としないものだったからなのだが、こうまで不便だとスキル枠を消費してでも<騎乗>スキルを取るしか無いだろう。
「他はなんかあるか?」
「そうね……私はまあ、生産が楽しいから問題ないんだけど、これだけ移動が苦痛だと飽きるって人もいそうだし何かしらストーリーがあればとは思うわ」
言われてみれば確かにこのゲーム、ストーリーがない。
この世界に魔王がいるわけでもなければ世界の敵みたいな存在だっていやしない。
まあ別にストーリーがないっていうMMORPGも無いわけではないのだが。
「あーそういえば無いな。それっぽいストーリーが」
「統括ギルドや協会で受けれるクエストはよくあるおつかいクエストだったり何のひねりもない討伐クエストばかり。世界創生型である以上、一応そのクエストの結果でそれなりに変化はあるんだろうけど」
「ま、その変化は精々街の中だけで、しかも非常に小さいものだろうけどな」
何かそれっぽいクエストやイベントというのが本当にない。
あっても交易都市へ向かっていた時のタイラントボアによる襲撃みたいな突発的で、しかし大勢に影響がない程度のものでしかない。
「でも、今後何かしらストーリーを追加するとしてもどうするんだろうな」
「どうするって何がよ」
「いや、例えば魔王が現れたっていうありふれたストーリーを追加するとしてもさ。魔王が現れたからプレイヤー皆で協力しろっていうパターンにするか、各プレイヤーがストーリーに関係するクエストを進めていくか、大きくわけてもこの二つのパターンだと思うんだが」
「まあ、そうね」
仮に追加されたとして。
プレイヤー全員で一つのストーリーを追うか、プレイヤーそれぞれのペースでストーリーを追えるようにするか。
普通なら多分この二つのパターンで追加されることになるだろう。
「で、この世界が生きていてこれだけ無駄にリアルに近づけている以上、後者はまずないと思う」
「確かにそうね。ここでストーリーをそうするっていうのなら先に移動をなんとかしてほしいわ」
「けど前者は前者でプレイヤーが活動できる時間の兼ね合いだとかはもちろん、プレイヤー同士の能力差はどうするのかって問題があるな」
これだけこだわってリアルな作りにしているのなら今更ストーリーだけ各々別空間でなんてのは選択肢になり得ない。
かといって大規模なストーリーイベントとして追加してもそれはそれで様々な問題がある。
ヘーテルに説明したこともそうだが、何より確実にゲームの寿命を縮める。
ストーリーの終了=ゲームの終了になりかねない。
まあストーリーの終わった後の世界でも普通に生活していくっていう形でプレイはできるだろうが人は確実に減ると思う。
MMOとしてやっている以上運営もそれは避けたいだろう。
それにストーリー終了後にプレイを開始した人なんかは完全に置いてけぼりだ。
なら少しずつストーリーを解禁していく形にすればとも思うが、生きてる世界ではそれも違和感がある。
結果的にこちらの方法にしても不可能……というよりは不自然だ。
「……結局ストーリーは追加されない気がするわね」
「どこまでも生きている世界がそれを邪魔してくる感じだな」
「世界創生型のゲームが少ないのってもしかしてそんな理由があったりして」
「ああ……ありそうだな、それ」
なるほど。
確かにそうかもしれない。
そういえばなんだかんだで世界創生型のゲームって話題にはなるけどいつの間にか消沈してるな。
「とりあえずあれだ。このゲームをVRMMORPGと思うから移動とか辛いんだよ」
「じゃあどう考えるべきだと思うの?」
「シミュレーションゲーム。異世界生活体験シミュレーション」
「うわあ」
俺の言葉に顔をしかめつつも否定出来ないのかやがて肩をすくめて首を振る。
俺たちの中でこのゲームがクソゲーとまでは言わないが期待はずれなゲームとして認識されつつある。
いや、戦闘や生産は楽しい。
問題は移動だ。
結局この問題に戻るのだ。
ああ、早いところアップデートでこの問題解決されねえかなあ。
そして幾つかの街を経由しながら三日後に到着しました、迷宮都市。
ある程度時間が経って他の地に興味を示す人も増えて多少人は減っているかもしれない。
俺はそう考えていたのだが、どうやらその考えは甘かったらしい。
普通に人がいっぱいだ。
プレイヤーもNPCもそれぞれ数多く居た。
居たのだが……。
「うわあ……」
「また運営、やらかしたのね」
そこに居た人々はなんというか惰性でプレイを続けているように感じる人たちで、街の雰囲気はお通夜だった。
お通夜状態なのはプレイヤーだけで現地人は眉を潜めながらもわりかし元気なのでなんか鬱になるイベントがあったとかいう話ではないっぽい。
何があったのかこれはすぐにも情報を集めなければ。
そう思ってとりあえず近くにいたプレイヤーの男に声をかける。
「なあ俺たち今ここに来たんだけどこの空気なんなんだ?」
「ああ? 掲示板とか見てないのかよ。……いや、絶賛炎上中でまともに情報も得られないか。悪い、文句を言うつもりじゃなかったんだ」
炎上?
何があったんだろう。
「まあ、あんたらもここへ来るまでに散々わかったと思うがこのゲーム移動が無駄にリアルだ」
「それについてなら雑談代わりに俺たちも話していたな。わりと初期から言われてたことだし。でもだからこそ、協会経由でこの街の情報が流されたんだろ?」
いろいろ不満が高まったタイミングで都合よく知らされた迷宮都市の情報。
あれを流したのはおそらくは運営だろう。
「ああ、俺もその情報を聞いてここでなら移動に関する問題を回避して存分にモンスターが狩れると思って結構始めの方から来たんだがな。ここで問題が浮上したわけだ。しかも複数のな」
複数の問題か。
まあ、一つは話の流れ的にあれだろう。
「一つは予想はつくな。結局移動だろ?」
「その通り。迷宮は階層型で、より奥へ潜れば潜るほどモンスターが強くなるんだが当然のごとく奥の階層までワープできる手段がなかったんだ。少なくとも50階層まで一切なかった。ただ、これは迷宮内にセーフティエリアがあったからそこまで問題じゃなかった」
「まあ、セーフティエリアがあるのであればそこを拠点にして徐々に奥にいけるものね」
やはり移動がネックになっていた。
だが、それは予想していたほどではないようだ。
ヘーテルが言うようにセーフティエリアさえあればそこを仮の拠点にできる故にらしい。
ちなみに普通の森などにそういったセーフティエリアは一切ない。
無いからこそ街から離れた場所へ狩りに向かうという選択肢はなかなか選ばれないのだ。
「二つ目。この都市は迷宮を売りにしているだけあってそれを目的にしたプレイヤーだけでなくNPC冒険者も多く集まっている。要するに人が多すぎるわけだ。結果、宿は全て満員なわけだが、プレイヤーが休みを取るときにベッドはいらないからな。街はシステムに守られてるからそこらでログアウトすりゃあいい。路地を見てみろよ……人で埋まってるだろ?」
「……ホラーね」
「うわあ……まあ言われてみればわざわざスタート地点をランダムに分散させたのにそれを集中させればそうなるか」
「結果的に裏路地にプレイヤーが溢れて街の治安が良くなったってここの連中が言ってたのは笑えたぜ」
男に即されて路地を見れば確かにプレイヤーがそこにいた。
まるでカルト教団かと思ってしまうくらいに路地の片側に立った状態で背中を預けて微動だにしないプレイヤーが整然と並んでいる。
ログインしたプレイヤーやNPCなどが路地を通れるようにという暗黙の了解だろう。
その流れで副次的に治安が良くなったってのは確かに笑える話だ。
というか、街中でログアウトしてアバターそのままでも盗まれたりしないってそこシステムチックにするなら別に移動ももっとゲーム的にしていいと思う。
「で、人が多すぎて発生した問題ってのはあれらのことじゃない。……これ何だと思う?」
「なんだそれ……木の板か? 番号が書かれているが……」
「整理券だ」
「「は?」」
だが、問題はそんな野宿状態とは別にある。
そう言って見せられたのは木の板だったが、それが何なのか告げられて俺たちは同時に反応してハモった。
「整理券? それって順番待ちのアトラクションとかで配られるあの整理券?」
「その整理券だ。人の量に対して迷宮の出入り口は一箇所で、しかもそこまで広くない。迷宮内自体は異常に広大だから狩場が無いなんてことは無いんだがな」
「まじかよ……」
「リアルすぎな移動の次は行列ってほんとゲームでプレイヤーに味合わせるものじゃないでしょ」
聞き間違いでは無いらしく、迷宮は毎日いつも大行列ができているそうだ。
いくら一つの世界として存在しているからといってもゲームで行列……。
「それでも街から離れた場所へ向かうよりはここで並んで迷宮へ潜ったほうが快適だからな」
「ちなみに今どれくらい待ってんだ?」
「かれこれ30分程……もう1時間もすれば入れるな」
それなりだが、移動と違って待っていればいいのなら他のことをやって暇を潰せるからまだマシか。
「苦行っちゃ苦行だが他のことをやれる分まだマシなレベルか」
「ああ、移動よりはずっといい。だが、苦行であることには変わらないから一度潜ったらしばらく街に戻らないけどな」
それを言えば、男も同意するが少しでも苦行を減らすため結果的に迷宮都市でプレイするプレイヤーはほとんどが迷宮内に篭もっているようだ。
なんだか当初抱いていたイメージから大幅にずれてきている気がするぞ、このゲーム。
それから、いろいろ教えてくれた男に礼を言って別れた俺たちはとりあえず長い移動と、まさかの迷宮都市の実情に疲れたため、この日はログアウトすることにした。
当初は真面目で王道な楽しいVRMMORPG書く予定だったし、そう書いてるつもりだったんだけどなんか、いつものクソゲーになっていました。
祟りじゃ!




