第九話 金策とリアルとバランスと
ちょっとした騒動もあったが無事俺たちは交易都市トグクロスへと辿り着いた。
俺たちが何のためにここへ来たかといえば、
「さあ! 稼ぐわよ!」
「しゃおらぁ!」
当然金稼ぎである。
交易都市に来たのだからそれ以外何があるというのだ。
突然道の真ん中で大声を上げた俺たちに視線が集まるがそんなことは知らん。
ともあれ、金策ってのはMMORPGにはよくあるというか最終的に誰もが何かしらの手段で金策するよね。
レアドロップを狙ったり、転売で儲けたりとか、物を作って売っぱらったりとか。
俺たちはその中でも最後のやつに手をだすわけだが、そうなるとメインはヘーテル作のあれこれになるはずで、俺の位置づけは専属の狩人みたいな感じである。
そのはずだった。
普通であればそのはずだったのだが、生産スキルの無い俺にも手伝えることがあるのは既に確認済みである。
魔力垂れ流しマシンにならざるを得ない。
そもそもソロだと火力不足なので狩人プレイできません。
馬鹿みたいに拘束とか相手の体勢を崩す奴とか搦め手系の魔法ばかり覚えているのだ
なので、狩りも生産も基本一緒に行動することになります。
それはいいのだがちょっとばかし、おんぶにだっこ状態な気がする。
さて、今回の金策の目的はヘーテル専用の工房を用意するためである。
とはいえ土地を買って材料用意して家建てて、炉とかに必要な材料用意してー炉作ってーみたいな話ではない。
ヘーテル曰く「まだその段階じゃないから」だそうだ。
……いずれやるらしい。
「じゃ、早速だけどこれまでと同じように商人ギルドで露店の許可貰って装備とか売ろうぜ」
「いえ、今回はちょっと期間が長くなるからちゃんとした店舗でも借りて見ようと思うわ」
「ほう?」
道中のそれなり大きい街では露店を出して金を稼いでいたので今回もそうだろうと思っていたのだが違うらしい。
とは言えそう簡単に店舗って借りれるのだろうか。
「ダメならいつもどおり露店でやるだけよ。まずはとりあえず商人ギルドにって見ないとね」
「それもそうだな。とりあえず試せばいいだけの話か」
借りられるかどうかはヘーテルも確信しているわけではないようだ。
まずはとにかく行動あるのみってことだな。
で、聞いた結果貸し店舗というのは存在し、都合よく借りれる店舗も存在した。
但し最短でも半年契約に限る。
いくら長期で金策すると言ってもそれは、ない。
精々一週間とかそんぐらいで借りたいのに半年契約とかありえない。
考えてみれば当然だ。
店舗を貸すってのは宿屋で部屋を借りるなんてレベルの話じゃない。
店舗として貸せるってことはそれだけ立地がよく、客も相応にいるのだ。
なら短期で借りる客よりも長期で借りてくれる客を優先するだろう。
世界がしっかりと生きているが故の弊害である。
移動然り、こういった契約然り、リアルすぎるのもやっぱり問題だ。
まだまだ俺は認識が甘かったようだ。
「やはり問題は移動手段ね。どうしても時間がかかるからどっかに本拠地を構えるにしてもハードルが高すぎる」
「やっぱ色んなとこ行ってみたいもんなあ。あくまでゲームしてるわけだし」
リアルなのは確かに異世界感を満喫できて素晴らしい。
今もこの作りこまれた世界に感心している。
だが、ゲームとしてはやはり首を傾けざるを得ない。
これだけ大きな都市であればと期待していたが、統括ギルドで聞いてみても転移門とかそれに類する施設は一切なかった。
聞いた時は職員も「そんなのがあったら本当に夢のようですよねえ」と頷いていたが、その裏には「ま、そんなのありえないんですけど」と思いがありありと感じ取れた。
「まあ、今はとりあえず露店に出す装備の準備をしましょう」
「そうするか」
結局、現状でいくら話し合っても解決しない問題は後回しにして、まずは当初の目的である金稼ぎを始めることにした。
というわけでその後俺たちは貸し工房へと向かい、素材の許す限りの生産活動を開始する。
その際、素材加工中に俺は魔力を放出し続けるわけだがもはやこれも慣れたもので片手間にできるようになっている。
「やっぱ都市が大きいからか貸し工房の設備も比べ物にならないほどいいものが揃ってるわね」
「そうか……? 俺にはわからんな」
手伝いには慣れたが、設備がどうこう言われても俺にはやっぱりよくわからない。
ちょっと小奇麗だなと思う程度だ。
まあ、ヘーテルの嬉しそうな様子を見る限り本当にいいものなのだろう。
ならば問題ない。
それから作業もとりあえず魔力放出する必要が無いものに変わったので手伝いも一旦終了で俺は休憩タイムだ。
邪魔にならない位置で座り、俺はインベントリから小さなハンマーとノミとところどころ削れた木材を取り出す。
少し前からただ休憩するのも暇だしということで、木工みたいなことをやり始めたのだ。
生産スキルがなくても生産を手伝えた。
剣を扱うスキルがなくても解体のために剣を扱えた。
なら、もう別に生産スキル無くても物づくりは可能だろうと。
そう思って適当に最初は木を削ってナイフを作ってみたのだが、これがなんと本当にできたのだ。
それも見た目だけではなく、しっかりと木のナイフという武器としての能力も反映された状態でだ。
まあ、ゴミみたいな性能だったけど。
どうやら生産スキルはその作業を高速化してくれたりする効果があるだけで生産するのに必須というわけではないらしい。
後はスキルのLvによって武器の性能とかにボーナスがかかったりもするようだ。
試しに同じ手順でヘーテルが木のナイフを作ったら、ガガウルフぐらいなら普通に斬れるって感じの物ができたからな。
そんなわけで俺はチマチマと木を削っていく。
作ろうとしているのは杖だ。
大体俺の背と同じぐらいの大きさでまるでクエスチョンマークみたいな形にする予定だ。
ただ、時間を掛けた割にゴミができても悲しいので、とりあえず作業中は常に魔力を流し込むことでなんとか使える物ができないかと期待している。
ヘーテルの手伝いで行う魔力の放出は、彼女の作業が早いため結果的にそこまで時間は長くない。
しかも検証を重ねた結果一番重要な加工中じゃないと意味が無く、工程ごとに魔力を放出して強化するというのはできなかった。
その分だけ魔力放出による強化は小さいものになっている可能性があるのだ。
その点、生産スキルなしに作るこの作業はそれだけ長く魔力を流し込める。
もしかしたらこれにより相当強化できるのではないだろうか。
まあ、魔力放出に関する反応も生産スキルによってしっかり高速化されていて相応の時間魔力放出されたことになっている可能性もあるけどね。
まあ、所詮は暇つぶしなのでそこまで深くは考えないでおこう。
今はただヘーテルに手伝いを求められるまで無心で木を削り続けるのだ。
その後、旅の傍ら集めていた素材を加工し尽くしたのは貸し工房を借りてから6時間後の事だった。
6時間もの間集中して生産に取り組んでいたというのにヘーテルに疲労の色は見えない。
俺もなんだかんだで手伝いは片手間にできるほどなれた魔力放出だけだし、後は趣味の木彫りの杖作りをしていただけなので問題ない。
尚、トイレなどは半覚醒状態でゲームをしながら済ませている。
ヘーテルの場合はちょっと大変なので完全離脱状態にしていろいろと手伝ってやる必要があるが、それも別に苦ではない。
結果的に俺たちは常にゲームにログインしたままである。
ゲームしつつ現実でも動くことのできる半覚醒状態は慣れておくといろいろと便利だ。
これはVRチップに搭載された標準機能で元々はVR世界で行う仕事中でも各自自由にトイレに行けるようにという真っ黒な、いや、時間の有効活用を目的として作られた機能だがこうしてゲームにも応用できる。
そして完全離脱状態というのはアバターを残して完全に意識を現実世界へ戻すもの。
残されたアバターはその場で凍りついたように固まった状態で放置されるので、この状態へ移行するときは場所を考えよう。
案外この機能をVRゲームでも使えることが知らない人は多いらしい。
というか、この機能自体を知らないって人も多いとかなんとか。
まあ、慣れれば便利だけど慣れないとVRでも現実でも酷い失敗をする機能だしな。
ゲームやVR世界ではまともな動きができず現実では注意不足で転んだりとかね。
そういった危険性もあるからこの機能を有効にするならまず病院に行って適性検査を受ける必要がある。
また、適性検査が通っても慣らさないとまともに使えないから慣れるためのプログラムがあり、それをクリアしないかぎり使用は不可能だ。
要するに自動車免許みたいなものだ。
ただ、免許とは違ってこちらはクリアしないかぎり機能を使用することは不可能である。
ちなみに有効化にかかる費用はたったの30万円。
お手頃だね。
さて、盛大に話が脱線したが、脱線ついでに今度はこの世界の時間について少し説明させてもらうことにしよう。
これについてすっかり説明しておくのを忘れていたのをふと思い出したのだ。
まず、俺たちが装備を作り始めたのは現実では昼の1時頃だ。
そっから6時間経過しているわけだから今は夜7時頃、そしてこの世界でもきっちりとこの時間は夜である。
つまり時間の流れは現実と同じってわけだ。
そうなると多くのプレイヤーは夜に活動を初めて深夜に活動を終える奇妙な存在になるわけだが、これは別におかしいことではない。
少なくともこの世界はその在り方を受け入れていて店などはほとんどが24時間営業だったりする。
ブラックだ。
いや、ちゃんと働いている人は昼夜で違うからセーフだな。
視界などの問題も、この世界は夜であっても視界良好なので問題ない。
空間に霧散している魔力が発光しているとかいう理由らしい。
また、魔力が発光しているからといって魔力溜まりを見つけやすいかといえばそうでもない。
魔力濃度にかかわらず発光レベルは一定のようなのだ。
この辺りはいろいろと運営も悩んだのだろうと思う。
現実の時間と昼夜を逆転すれば多くのプレイヤーはこの世界で朝~昼間にかけて多く活動することになるが一部プレイヤーはどうするのか。
そもそも休日は一日中プレイするって人も多くいるはずで、その場合はこの世界では真夜中にプレイする形になる。
それを考えると結局昼夜をどう設定しようともいろいろと歪になるだろう。
世界が生きているからこそその辺りは余計にややこしい。
で、結局昼夜は現実と同じようにしてかわりに街の機能や環境を昼夜で変わらないようにする方法を選択したわけだ。
そしてその設定をシステムからなんとかリアルに落としこむためにある設定が誕生した。
昼族と夜族である。
昼族と夜族というのは普通の人間、エルフ、ドワーフみたいな括りとはまた別の括りで要するに昼に活動するタイプを昼族、夜に活動するタイプを夜族と呼ぶのである。
あと、夜族の女性は別にエロくないです。
この辺りの説明はもっと前に、それこそプレイ直後にでもしておくべきことだったような気がするが初日はちょっといろいろあったからな。
つい、忘れてしまったのだ。
じゃあ、何で今更この説明をしたのかというと、丁度いま、夜7時というのが商売時だからである!
昼族が仕事を終えたり狩りから戻ってきたり食事を取ったりとするのが丁度この時間。
夜族も目を覚まし、それぞれの目的にそって行動を始めるのもこの時間。
昼と夜、それぞれの人々が活動し混ざり合うこの時間こそ人が最も増えるときなのだ。
だからこそこの時間こそが商売時なのである。
当然だが朝7時も同じ理由で商売時だから、今後商売するときはその辺り考慮するといいだろう。
そんなわけで絶好の時間帯に露店を出した俺たちだが、売り物の商品はヘーテルが作ったものだ。
同じ素材を使った同じ装備と比べればヘーテル製のほうが性能は高い。
しかも俺が途中で手伝ってどの装備も魔力が浸透しているため更に性能はブーストされている。
それだけの性能があるのだから、売りだした装備は瞬く間に買われていき、2時間後には完売となった。
得られた資金はこの日だけで相当な量である。
「いい調子だな」
「ええ、この調子なら無事工房を購入するだけの資金が集まりそうね……本当に買うかどうかは一度考え直したほうが良さそうだけど」
「結局移動の問題は解決されなかったからなあ」
成果を見て俺たちは満足気に頷きつつも、当初の目的だった工房を購入をどうしようかと頭を悩ませる。
これだけ大きな都市ならきっとあるだろうと思っていた転移門やそれに類する施設、アイテムが全く無かったから、移動にかかる問題が解決されず拠点を設けるハードルが高いままだからだ。
結局いくら考えても答えは出ず、とりあえず目標資金を集めてからまた相談しようという妥協案にまとまった。
正直この移動に関する問題はどうにかしてくれないと人が離れていきそうだ。
今はまだ迷宮都市が盛況だけどそれもいつまで持つがわかったもんじゃない。
この辺りは何かしらのアップデートがされることを期待しよう。




