第六話 革防具生産開始
貸し工房は思いの外大きな施設で、ある程度の生産を行える設備の揃った小部屋が宿屋のようにいくつも存在するところだった。
これらは見た目だけじゃないようなので、仮に他のプレイヤーで全ての部屋が借りられていたらその時は部屋が空くまで借りることはできないらしい。
多くの生産要素のあるゲームではこの場合、部屋は別マップというか別の空間というか、ともかく個人それぞれに別途に用意されるのだがこの辺りはリアルっぽい。
その割にシステムチックなところも多く残しているが、それはやはりゲームとして不満なく遊べるようにということなのだろう。
「工房一つ借りたいんだけど空きはある?」
「ああ、30分辺り500Sだ」
「それは工房一つ借りる値段で、同じ工房を複数人使っても値段は変わらないの?」
「おうとも。まあ、そうはいっても広さ的に精々2人が限界だけどな」
「じゃあ、1時間分……いえ、その前に工房にあるのは設備だけで道具は別途持ち込みっていうオチはない?」
「貸すためとは言え工房だぜ? 設備だけあってもそれは工房とは呼ばねえからな。道具もあるから安心しろ。質はお世辞にもいいものとは言えんから最終的には道具は自前のものを揃えたほうがいいだろうけどな。」
「なるほど、ありがとう。じゃあ、1時間分お願いするわ」
「あいよ。一番奥の左の工房を使ってくれ。ちなみに参考程度に聞きたいんだが、何作るんだ?」
受付のようなところに厳ついながらもどこか近づきやすい雰囲気のおじさんがいて、ヘーテルは迷わず彼に声をかける。
いくらか確認して工房を借りたところで何気なく受付のおじさんが尋ねてきた。
その問いにヘーテルはなにやら笑みを浮かべて、グラーグベアの剥ぎとった皮を取り出した。
あれは説明するのが嬉しいって顔だな。
「これで、革防具を作る予定よ。背中の一番丈夫な部分は胸に、脇腹辺りの皮は伸びが良さそうだし、一定の丈夫さはあるようだから裏地なんかに使う予定」
「おお、グラーグベアか! しかも神の施しを断って自前で解体したのか。状態も悪くないしそれならまずまずの物ができるだろうな! にしても誰かに解体のこと聞いたのか? 迷い人でなくても狩りに出る奴らは解体なんてしないんだが」
「いえ? でも、そこに死体があって状態のいい皮があったらもう解体するしか無いでしょう! アイテムドロップ……神の施し? で得た皮も状態はいいけどなんていうかいいところも悪いところも全部平均的なもので面白みもなかったから余計にね!」
「おお、あんた中々分かってるじゃないか! だが、神の施しも捨てたもんじゃないぞ? 中にはそっちのほうが素材の特性を全部活かせるってこともあるからな」
「そうなの? じゃあこれからはちゃんとそっちも確認して置かないとね。ありがとう! いろいろ参考になったわ!」
「気にすんなよ! こちらとしても有望な迷い人と話せて楽しかったからな。お礼にこれ貸してやるよ。縫い付けの時針がすんなり通るから革を傷めなくてすむ。糸はサービスだ」
「へえ! じゃあ、遠慮無く借りることにするわね」
受付のおじさんも生産大好きな人のようで波長があったのかすっかりテンションを上げて会話する2人の様子に俺は口を挟むこと無く、というか挟むこともできずのんびりと傍で会話が終わるのを待っていた。
一応ボーっとするでもなくその会話をしっかり聞いていたのだが、どうやらアイテムドロップについても一応の設定は存在するようで、この世界ではそれを神の施しとして当然のように受け入れているようだ。
そうなるとインベントリも別にプレイヤー特有のものではなくこの世界の人々も持っていると考えるべきかもしれないな。
そんなことを考えてるとどうやら2人の会話も終わったようだ。
案外短かったが最終的にはヘーテルが話を区切った感じだったので彼女も速く生産したくてたまらないのだろう。
その際におじさんから針と糸を渡されていた。
それを受け取り活き活きとヘーテルがさっさと借りた工房へと足を進めていく。
「なあ、あんたも何か作るのかい?」
「ん――いや、俺は戦い専門。今日一緒に来たのは単に物作ってる時のあいつの姿を見るのが好きだからだな」
俺も行こうとしたところで受付のおじさんに声を掛けられたので、こちらを振り向いていたヘーテルに身振りで先に行ってていいと告げ、問われたことに答えた。
「そうなのか。生産者でもないのに人の物作ってる姿みて面白いか?」
「さっきも言ったが、俺は物作ってる時の『あいつ』の姿を見るのが好きなんだよ。別に腕さばきをみて感心するだとかそういうんじゃなくな」
単純に疑問に感じた様子で聞かれたので、改めて誤解なく伝わるように同じことを繰り返し伝える。
すると今度はしっかり伝わったようでこちらをからかうような目つきになった。
「なんだ、お前さん惚れとるのか」
「というか夫婦だぞ」
「ああ、なるほど。お前さんいい嫁さん捕まえたな?」
「捕まえられたのは俺のほうだけどな」
「マジか……! あーでも、確かにあの嬢ちゃんなら追う方のが似合うわな」
案の定、こちらをからかうようなことを言ってきたが、別に恥じらうこともないことなので堂々と言葉を返す。
もしもまだ夫婦でもなくて俺が一方的に想ってるとかだったらもっと動揺したかもしれないが。
「ところでさ。さっきあいつに針と糸を渡してたが、やっぱ革を縫う糸ってのは丈夫なんかね」
「ん? そりゃまあ、革は硬いし、防具にするってならある程度の丈夫さは必要だからな」
「じゃあ、ある程度戦闘時に敵に巻きつけても大丈夫だったりしないか?」
「さすがにそれは無理だな。そのレベルで使うならそれなりの素材から糸を作り出すか、エンチャントでガチガチに強化しないと使いもんにならん。残念ながらここにはそのレベルの糸は存在しないが」
「そうか……」
「それ聞くってことはあんたまさか糸使いのスキルもってんのか」
「ああ。基本魔法なんだけど他に攻撃手段あったほうがってことで取得したんだが……」
「なるほどな……決して使えないスキルではないが……まあ、相応の糸が手に入るまではご愁傷様だな」
「それなら仕方ないか……使える糸が手に入るまでは適当な糸で地道にスキルを鍛えておくことにするわ」
雑談だけというのも何なのでここまで一切使えていない糸使いを活かすべき糸について聞いてみれば無慈悲な答えが返ってきた。
でも扱えるならそれなり有用なスキルではあるらしいので暇を見て糸使いスキル自体は鍛えておこう。
スキル鍛えておかないとステータスも上がらないし。
「強靭な糸を求めるならエルフのところに行けばいいものが手に入るかもな。後はどこか港町に行けばいい感じのものが見つかるかもしれんぜ」
「エルフ……はまだわかるが港町?」
「ああ。聞けば漁師の連中はときには100kg以上の大物を釣り上げるっていうじゃねえか。ならそれを釣り上げる糸は相応に強靭だろ?」
なるほど、釣り糸か!
確かに釣り糸は中々強靭なイメージがある。
同時にすぐに糸が切れるイメージもあるがマグロとか釣れるくらいのものなら丈夫に違いないだろう。
そしてこのゲームにエルフが存在することを確認した。
ならばドワーフもいそうだ。
ドワーフの国なり集落に行けばそちらで金属糸とかも手に入るかもしれない。
定番だとミスリル糸か。
いや、ミスリル糸を編んだ防具ってエルフの十八番だったかな?
いずれにしても糸使いスキルはしばらくは地道なスキルLv上げをしておくしかないようだから、あまり考えても仕方がないな。
「ま、糸は追々なんとかするしかないか。情報ありがとな」
「気にするな。ただの暇つぶしの雑談だ」
「んじゃ、俺も行くわ」
ひとまず情報を貰えたので礼を言って俺もヘーテルが向かった工房へと向かう。
静かに扉を開けて中に入ると既に作業を始めているヘーテルの姿があった。
既にひとつ余分な皮下組織や毛などの表皮が綺麗に取り除かれているものがあるのでここでも作業は驚異的な速度で進めていけるようだ。
たしか革作りってこっから更に工程をわけ、その中には確かどうしても時間を置く必要のある工程もあったと思うが、このゲームではその辺りどうなんだろうか。
「スキルにそういった反応を加速する効果があるから問題無いわ。これなら予定通り1時間以内に終わりそうね」
「この辺りはインチキレベルだよな」
「けどやるべき工程自体はわりとしっかりしてるのよ?」
俺の疑問にヘーテルが手を止めずに答えてくれる。
便利ではあるがどこかインチキっぽいこの辺りの仕様に想ったことを素直に口に出せば、彼女は苦笑する。
こうして会話をする余裕はあるようなので、俺も普通に話しかけているが、時折彼女の雰囲気が一変し真剣に素材と向き合い集中するときがあるのでその時は俺も即座に察して黙り邪魔しないようにしている。
集中している時の彼女は見惚れるほどに凛々しいので、邪魔しようとも思わない。
そうしてまた一つ作業が終わり、彼女はそれを細かく見定める。
作業の完了したそれをこれまた真剣な目付きで観察し、その品質に満足がしたのかふっと雰囲気が柔らかくなり可愛らしい笑みが浮かぶ。
「結構戦闘時の傷とかもあったと思うがその辺りどうなんだ?」
「背中側の皮が本当に丈夫で重要なところまでは傷ついてないから全く問題ないわよ」
いいながらヘーテルは3つ目の皮を取り出して、再び表皮などを取り除く作業を始める。
片手間にやっているように見えるが一つ一つの作業は彼女なりに丁寧に仕上げているはずだ。
俺は職人じゃないから詳しくはわからんが今までの経験からすればそれは間違いない。
それからしばらく雑談しながらも作業を見守り、ヘーテルが工房で作業を開始してからおおよそ15分ほどで全ての皮の下準備が整った。
驚異的な速度だ……って、いい加減この突っ込みもしつこいな。
「で、こっから本格的になめし工程になるわけだけどあんたにも手伝ってもらうわ」
「俺に? 生産スキルとか一切ないぞ」
「鍛冶スキルで一応戦闘ができるようにその逆ができても十分おかしくないでしょう」
いよいよなめしの重要工程に入るってところでヘーテルに手伝えと言われ困惑する。
彼女の言い分もわかるが到底できるとは思えない。
まあ、やるだけやってみるが。
「で、どうするんだ?」
「こっちとこっちそれぞれに魔力を少しずつ、常に一定量を放出し続けてほしいのよ。あんたのほうが魔力値は多いし、魔力制御スキルもあるからやりやすいでしょ。瞑想も使って回復と放出が釣り合うぐらいの量でいいから」
「んー別にいいけど中々大変だぞそれ」
「でも、あんたならできるでしょ。さ、やってちょうだい」
下準備の終わった皮を二組にわけ、樽みたいな装置に入れ、そこに何らかの液体を投入しながらヘーテルが指示を出してくる。
言われた事自体はまあ、簡単だし魔力で強化される可能性というのは理解できるが、試しに両手に同じ魔力を集めようとするとなかなか集中力を要する作業であることが分かった。
瞑想スキルによる魔力値回復と釣り合うようにというのがまた難しい。
そもそも放出と回復を同時にするなら文字通り瞑想せねばならんのにその状態で作業も進めるとか鬼畜すぎる。
けど、どうやら彼女は俺ができないとは一切思っていないらしい。
指示は出した、話は終わりだとばかりに樽のような装置に取り付けられたハンドルを一定間隔で回し始めた。
その作業もなにやら重要なのか真剣な顔付きになりこれ以上声を駆けられないので俺も諦めて言われたとおりにすることにした。
信頼には応えなければならない。
とにかく集中して、瞑想スキルによる回復量を完全に見極める。
そしてその回復量を把握したら両手からそれぞれ均等に魔力を放出すると回復量が減る。
一つ深呼吸し、再び瞑想スキルをしっかりと発動させて、再び放出。
今度はうまく放出しながらも回復量を維持できた。
それからある程度なれたところで装置へと手を翳し魔力を流し込んでいく。
半目でボーッとするように装置に視点を固定し、ひたすら魔力を流しこむことだけを考える。
段々と周囲から音が消えていく。
装置を見ているはずなのに段々と何も見えなくなっていく。
傍にヘーテルがいることだけはハッキリと感じられたから安心して魔力を放出し続ける。
そして放出することしばし、片手を優しく握られたのを感じて俺は魔力の放出をやめた。
「やっぱあんたのその集中力はすごいわね」
「っと、終わったか?」
「ええ、思った通り魔力が革に浸透して素材の能力以上に強化された感じよ」
「そりゃよかった」
それを聞いて俺はどっと疲れを感じて座り込む。
時間を確認すれば15分ほど。
それだけの時間ひたすら深く集中していたから精神的な疲労が一気に着たのだ。
「でもここまでくれば後は防具にするだけか?」
「一応革の仕上げがあるけどまあすぐ終わると思うわ」
「おーそりゃ楽しみだな」
まさか俺が生産の工程で手を貸すことになるとは想っても見なかったがこれも貴重な経験だ。
少し手伝っただけでこの疲労感だというのにヘーテルは工程が進む毎に活き活きとしているのだからホントにすごいなと思った。
俺は隅で座り休憩しつつ活き活きと作業を始めたヘーテルを見てそう思う。
そうして、そろそろ工房を借りてから1時間になるかといったところで予定通り俺たちの防具が全て完成したのであった。




