第五話 目指すは貸し工房
グラーグベアが倒れ伏せた後、各々にアイテムが分配されたのを確認したところで一息ついて互いに見合う。
「やっぱこうじゃなくっちゃ! いまのめっちゃ熱い戦いだったよね!?」
「おう、そうだな。このパーティーでの戦闘は二回目だったが連携もまあよかったし」
実際、グラーグベアはなかなかに強敵で仮に俺一人で相手していた場合は勝てていたかどうか非常に怪しい。
特に火力不足感がやばい。
だからユウの言葉に俺も素直に頷いた。
「ねえ、カイ。その剣ちょっと貸してくれる?」
「あ、はい。店売りの一番安いやつなんで別にいいですけど」
「ありがと。……ん?」
と、横ではヘーテルがカイに剣を貸してくれと頼んでいた。
そして剣を受け取ると彼女は何かに気づいたようにじっと剣を見つめてしばらくすると納得した様子で頷く。
「この剣、あなたの従魔……ヴァルが何度か宿ったからか魔力……多分、火属性のものが僅かに定着してるわね」
「えっ……そういえば、最初に試した時よりも少し消費魔力が減ってたけどそれでなのかな? ……もしかしていずれは魔剣みたいになりますかね?」
「この世界の魔剣の定義がどのレベルか知らないけど、想像しているような魔剣にはならないでしょうね。というかこの剣だとこの状態が限界値ってところでしょう」
「なんだ……消費魔力が軽減されるのはありがたいけどあまりすごいってわけじゃなさそうですね」
どうやらカイの使っていた剣はほんのり魔剣に近づいていたようだ。
けど、ヘーテルに詳しく話を聞いてがっかりしてる。
「何? その程度か……みたいな顔は!」
「い、いえ。別にそういうつもりじゃ」
「これはね! すっごく重要な事を示しているのが分からないの!? 何の変哲もないこのゴミみたいな安物でもヴァルが何度か宿っただけで、火属性のエンチャントがされたようなものなのよ!? こんなゴミでこれなんだから、もっと魔力と親和性の高い素材で作った武器だったらどうなのかとか、属性は一つだけに限られるのかとか、そもそもこれは従魔なりモンスターなりが宿らないと起こりえない現象なのかとかいろいろ考える必要が」
「はいはい、落ち着きましょうねえ。どうどう」
「私は! 動物じゃ! ないわよ!」
カイの反応にヘーテルのスイッチがはいってしまったので後ろから腕を脇の下に通して取り押さえ、そのまま引きずる。
その扱いに不満を感じたのかヘーテルは俺に噛み付くように異議を申し立ててきた。
「はいはい、かわいいかわいい。周り見てみ? 困ってるだろう? はい、深呼吸、深呼吸」
「あんたねえ! ……スゥー……ハァ……スゥ……ハァ……」
もちろんそんなヘーテルの意見はスルーして周囲を見て落ち着くよう促す。
尚も噛み付いてきたがそれでも俺の言うとおりにカイやユウの方を見て、二人が困惑しているのを確認して深呼吸をし始めた。
もう大丈夫か。
「コホン……で、まあそういうことよ」
「あ、はい」
そして一度咳払いすると何もなかったかのようにヘーテルが話を終わらせる。
突然態度を切り替えたヘーテルには恥じらいも、失敗したといった雰囲気もない。
その変化に混乱しながらもカイはなんとか返事を返した。
俺からすれば彼女の『実は説明したくて仕方がない病』は出会った時の彼女を思い出すので微笑ましいとしか思わないが、よく知らない者からすれば変……ユニークな人ですね、って感じになるだろう。
さすがにカイの剣を店売りの安物だからってゴミ呼ばわりはないとは思うが。
「で、それだけじゃないんだろ?」
「あ、そうだった。ちょっと試したいことがあったのよね」
そう言ってヘーテルはカイから借りた剣を持ったままグラーグベアへ近寄っていく。
「よっと」
そしておもむろにその剣を仰向けに倒れたグラーグベアの喉元に突き刺した。
さらにはグラーグベアの胴を開くように剣を滑らせていく。
彼女の存在強度ステータスがそれなりにあるから理解できないでもないが、それにしてもスムーズ過ぎる。
まるで彼女が熟練の剣士のように見えるほどだ。
「剣士なれんじゃね?」
「死体だからかしら。さほど苦労なく刃が通るのよ。一応斬りやすいところをある程度見切りつけてやってはいるんだけどね」
「そうなのか?」
「多分、生産マスタリーと……革細工かな? その辺りが作用してると思うわ。こういう部分がゲーム的なのはうれしいわ」
感じたままに言ってみればヘーテルも、すんなり斬れることに軽く驚いていたようで、彼女なりに推論を立てていた。
なんにせよいいことである。
既に彼女が何をしているのかはわかっている。
解体だ。
彼女が推論で上げたスキルが革細工だったりする辺り狙いは革の原材料である皮だろう。
確かにグラーグベアの毛皮は程々に丈夫だったから無理も無い。
実際背中側の毛皮はカイの剣でも効果は薄かった。
で、目的が皮だけだとしても、手作業で解体というのは時間がかかるものだ。
それが一人でとなると更に時間がかかる。
だからこそすんなりと皮を切り出せるというのならそれに越したことはない。
問題は既にアイテムは自動入手され分配されているのに解体する意味はあるのかということだが、まあヘーテルは意味があると考えているらしい。
多分、ガガウルフ戦でアイテム分配されたのにガガウルフの死体はそのままだったことに疑問を持っていたんだと思う。
その時試さなかったのは北の森への移動を優先したからだろう。
そうして待つこと5分。
ヘーテルはグラーグベアの皮を全て剥ぎ取っていた。
手作業、しかもヘーテル一人でというのにこの時間は驚異的である。
驚異的というかもはやインチキ、チートである。
いや、この作業でリアルな時間かかってたらうんざりするので不満はないけどね。
「やっぱり、こうして解体した分はした分でちゃんと使えそうね」
「でもそれだと一体からそれ以上の皮が得られることに……って皮が消えてる」
「あ、僕も」
「俺のも!」
狩った獲物以上の成果が得られるというのはそれは流石にリアルから離れすぎではと思ったが、いつのまにやらインベントリから皮が消えていた。
どうやら解体をした場合は分配分がなくなるようである。
ただ、皮の総量は解体した時のほうが大きいのでどちらかと言えばプラスだな。
「さっき見た限り、分配で得られる皮はなんというか平均に落とされたものだったからこっちのほうがずっと有用よ」
「へえ」
「後、この皮全部私が貰うから」
「別にいいぞ」
「え!?」
「ちょっとそれは」
どうやら皮の性能は解体したもののほうがいいようなので大幅にプラスだった。
そして彼女が皮を独占すると言い出し、俺はどういうことかだいたい分かってるので構わないと即答するが、ユウとカイは慌てて異議を唱える。
「落ち着けって」
「でも、さすがにこれは」
「ああ、今のは言い方が悪かったわね。これは私が貰い受けて後日ちゃんとした装備にして分配するってことよ」
「へ?」
「俺たちの装備を作ってくれんの!?」
俺はそんな彼らに落ち着くよう声をかけるが流石に納得いかないようでカイがやや怖い顔になりつつ文句を飛ばしてくる。
その様子にヘーテルは自分の言葉が足りてないことに気づき、先ほどの発言について補足すればカイもポカーンとした顔になり、ユウは無邪気にはしゃぎだした。
「当然でしょ? まあ、どうしても装備より皮が欲しいっていうのなら私も諦めるけど」
「いやいや、そんなことないって! 俺絶対装備のほうがいい!」
「えと……あの、僕も装備でお願いします!」
二人の発言にヘーテルは頷きつつ、普通に分配しようかとも提案するが、二人は首を振って装備を願い出たのである。
「じゃ、決まりね。 ってことで最低3匹は狩りましょうか」
「一人の装備に1匹の皮全部使うのかよ」
「まあね」
1匹丸々か。
どんな装備ができるのか楽しみだな。
「モンスターと戦うのは好きだから文句はないぜ!」
「まあ、実際まだ2回しか戦闘してないし、装備のためなら仕方ないよね」
それはカイ達も同じなようでやる気は十分なようだった。
そうして、俺たちはその後森を歩きまわり予定通り3匹グラーグベアを倒した。
同時にガガウルフとの戦闘もいくつかあったがグラーグベアよりはずっと弱いので大した苦労ではなかった。
また、素材としての魅力は低いのかヘーテルもガガウルフは解体しようとはしなかった。
所変わってスタート地点の街。
俺とヘーテルの二人はある場所を目指して道を歩いていた。
カイ達とはフレンド登録だけして一旦別行動中だ。
というのも、俺たちが向かっているのは装備を作るための貸し工房でこれからヘーテルがグラーグベアの革を使って防具を作るからだ。
作っている間暇になるから各自自由行動っていうことだな。
俺は当然ヘーテルにくっついていく。
なにせ生産中の彼女は特に魅力的なのだ。
尚、東の森のモンスター退治のクエストだが仲良く全員失敗である。
とはいえこのクエストは常駐クエストで、何かのついでにこなしてたらちょっと報酬あげるよっていう程度のものなので違約金とかは発生しない。
ただし履歴にしっかりクエスト失敗回数にカウントされ、あまりに失敗の数が多いと受けられるクエストに制限をかけられるらしいので油断は禁物だ。
今回のようにそもそもモンスターと出会えなかった場合でも失敗扱いなのは理不尽じゃないだろうか。
そう思ったのだが、実は先に東の森のモンスターをいくらか退治してから常駐クエストを受けても、履歴から確認されて規定数倒していれば即座に成功扱いとなるためクエストを受ける必要はないというのがこのクエストシステムのオチであった。
先に説明しろや!
そう思ったのが顔に出ていたようで協会の人に「聞かれなかったし、実際体験した方が理解がはやいので」などといわれおもわず犯罪者プレイもありかと思ってしまったのは仕方ないよね。
ああ、思い出すのも腹立たしいな。
「この先に貸し工房があるのか」
「ええ、協会に教えられた通りならそのはずよ。ほんと、聞けば割りとなんでも教えてくれるのね。聞けば、だけど」
ヘーテルもやはり思うところあったようで言葉にややトゲがある。
そんな彼女の様子に俺はいくらか心が落ち着いてくのを感じつつ、会話を続ける。
「貸し工房ってのはMMOだとよくあるけど実際工房って職人にとっては聖域みたいなもんだろ? よくそんな施設が存在するよな。ましてやこの世界は生きてるってのに」
「むしろ聖域を荒らされたくないからこそ迷い人を隔離するために用意したとも言えるんじゃない?」
「お、その理由はなんかそれっぽいな。でも貸し工房のイメージが一気に悪くなった」
「まあ、私は生産できれはなんでもいいわ。その点『転生』のあの能力は便利だったわね。いつでもどこでも生産できたもの」
バッサリだな。
「あれはもう錬金術だろ。昔の漫画のやつみたいな」
「それで言うならお父様スタイルね」
「思えばあの時、真剣に生産しようとするヘーテルを見た時にはもう惚れてたんだよな」
「っ! 不意打ちはやめてくれる? ってかあんた、結構惚れっぽいのね。ちょっと心配よ?」
ポロッと零した言葉にヘーテルが意外にも照れた様子を見せるが、誤魔化すようにそんなことを言ってくる。
「今更目移りするとでも? んなわけねーだろ。 いやー、それにしてもあの時のヘーテルはマジでよかった。無理のあるキャラ作りとか本性とか、それを見られて慌てふためく姿とか最高だった」
「……それ以上はやめなさいよ?」
「アイ、マム!」
からかっているとちょっと目が据わってきたのでわざとらしくビシっと構えて敬礼する。
「全く突然惚れたのなんだの言うなんて……」
「不満か?」
「いえ、嬉しいけども私にも心の準備ってのがあるのよ」
やたらオープンなのに恥じらうときは恥じらう。
どのラインからそうなるのか未だに分からない。
それにしても心の準備ね。
まあ確かに突然、あの時お前に惚れたんだ―なんて言われても驚くだろう。
でもなあ。
「世の中には突然人のことをまだ付き合ってもないはずなのに彼氏だって他人に紹介する例もあるからな。これくらいかわいいもんだろ」
「……さ、さてそろそろ工房が見えてきたわね」
「……そーですねー」
かつての出来事を脳裏に浮かべつつ言った言葉にヘーテルは素知らぬ顔で周囲を見渡し、丁度その時見えてきた貸し工房の看板を見つけ露骨に話を逸らす。
どうやら俺の言葉はスルーされるみたいだ。
ま、これ以上はやめておこう。
後で拗ねられて困るのは俺なのだ。
そんなわけで俺たちは少し足を早め、貸し工房へと入っていったのだった。




