第二話 世界創生
赤っ恥を晒した広場から去った俺たちはしばらく走って、目についた喫茶店みたいなところへと駆け込み隅の席まで移動してようやく落ち着いていた。
一応お客さんらしき人の姿があり突然やってきた俺たちへと視線を向けてきたのだが、数秒こちらを見た程度で興味がなくなったのかそれぞれが軽い食事を食べたり談笑したりしてくつろぎ始めている。
それから辺りを見れば落ち着いた雰囲気のお店でお客さんも各々がリラックスした状態でくつろいでいて時たまお客さんのもとに店員さんが注文を取りに行く姿や食事を持っていく姿が見られる。
先ほど喫茶店みたいなところだと表現したが、どうやら喫茶店そのもののようである。
落ち着いた雰囲気であり、過度にうるさいわけでもなく静まり返っているわけでもないその空間は非常に居心地がいいと感じた。
さて、落ち着いたことだしいろいろ話を進めようかとヘーテルの方を見れば、彼女はちゃっかりと何か注文しようとメニュー表の一つを広げてあれやこれやと迷っていた。
何でゴタゴタの中ここに飛び込んできたのにあなたはそんなに落ち着いているんです?
「というか金無くね? よしんばあったとしてここで使うべきでは無いと思うのだが」
「確かに……でもお金はあるわね。それにここでそれを使うのも完全に無意味ってわけじゃないらしいわよ。ほら」
俺の言葉に彼女は一つ頷きつつも素早く初期状態を調べたようで、初期資金があることを告げてきた。
その言葉に俺もインベントリを開くように念じれば脳裏に3000Sという表記が浮かぶのを確認する。
ご丁寧に横に金貨の入った袋みたいなマークがあるし多分通貨であってるはず。
次いで彼女が見せてきたメニュー表にも『コーヒー100S』などと書かれているためほぼほぼ間違いない。
だが、この状況で問題なのは初期資金があることでもゲーム通貨の表記が『S』であることでもなく、メニュー表にある料理の下に書かれているものについてだろう。
「なるほど。食事効果か」
「ね? 決して無意味ではないでしょう? このサンドイッチなんかでも食べてから4時間の間HPが+5%ってそれなりの効果だと思うわ」
「%上昇だし、元になるステータスが高ければ高いほど効果も高くなるし、かなり有用だな。というか他のも皆%上昇か」
「状態異常耐性ってのもあるわね」
どうやら食事をすることで様々なバフがかかるようで、どんな効果があるのかヘーテルと一緒にメニューを見て、あれやこれやと楽しく騒ぐ。
もちろん周囲のお客さんに配慮して声量はやや抑えてである。
そうしていろいろとメニューを見て食事効果を確認した俺たちは一度向き合うと一つ頷く。
それから注文をするために店員さんを呼ぶ。
「「水」」
「……かしこまりました」
そして俺たちはまるで示し合わせていたかのように声を合わせて無料で提供されているなんの効果もないただの水を注文した。
客としては最悪な部類である。
%上昇のバフアイテムなど序盤で使っても雀の涙。
状態異常耐性も序盤でそんな厄介な敵が出てくるわけもないため必要がない。
よってここで初期資金を消費することなど論外である。
それが俺とヘーテルが導き出した答えであった。
ひたすらに効率プレイするわけでもないが、だからといって効率を度外視するわけでもない。
ここに来たのはとりあえず落ち着いて話し合うためであって金を浪費するためでは断じてないのだ。
「さて、思えばステータスなんかも事前に打ち合わせしておくべきだったわね」
「時間はあったしな。まあ、別に狩場で互いにどんなスタイルで動くのか確認するってのでも良かったと思うけど」
「結果はどちらでもなくこうしてスタートダッシュに失敗しているわけね」
「まあ、俺らには時間は有り余ってるし問題ないだろ。おかげでこうした喫茶店で食事することでバフを得られることも分かったし」
「そのバフを得られる食事すら無視しているけど」
注文を終え、店員が後にしてすぐ彼女が話を切り出した。
そしてとりあえず現状俺たちはスタートダッシュに失敗していることを改めて確認するが、まあ気にすることでもない。
結果的にはバフ効果を得られる食事について知れたのだから無駄でもなかった。
ログに残しているからこの辺りのシステムを早々に知れて、あるいは紹介できて都合がいいとすら言える。
「ま、スタートダッシュについては置いておいて、互いにいろいろとステータスとか把握しとこうぜ」
「そうね。とりあえずは互いのパートナーを確認しますか」
「おっけ、んじゃ喚ぶか」
反省もさておき、互いのステータスの確認をしようと提案する。
まずはこのゲームの目玉でもある『パートナー』について確認することとなった。
「顕現せよ、ミラージ!」
「来なさい、フラル!」
そして二人同時に喚び出しの呪文を用いて『パートナー』をこの場に召喚した。
尚、召喚の儀でオリジナル呪文を作らされたのと同じように、この喚び出しの呪文もオリジナルで設定させられたものである。
「顕現せよってあんた、ノリノリね」
「こいつの特性的にもしっくり来るんだよな」
なにせこいつ、ミラージは幻術を得意とし、自らも存在が曖昧なのだ。
そんな姿からどこからか召喚するというよりも、常にそばに居て呼びかけに応じて姿を現すほうがそれっぽいと思い、ちょっと格好つけた感じの喚び出しの呪文を作ったのである。
「で、肝心のパートナー……ミラージはなんというか表現に困るわね。いろいろとぼやけるし」
「簡単にいえば幻術とか幻惑が得意な奴だ、多分。詳しくは実戦で見ないとわからんが。ヘーテルのは分かりやすいな。火の精霊か」
「ええ、その通り。鍛冶のときにも役立ってくれるはずよ。……召喚したパートナーの詳しいステータスが見られないって言うのはなかなか面倒ね」
ミラージを見て曖昧な反応を示すヘーテルにミラージの能力を軽く説明する。
やっぱりミラージの姿は表現に困るようだ。
対して彼女の『パートナー』であるフラルは分かりやすい。
まるで炎そのものがそこに在るように彼女の肩に火の玉が乗っかっている。
実際は火の玉ではなく炎を身に纏ったトカゲみたいな存在だ。
熱そうだが、ヘーテルは平気な様子だし、俺も特に熱気を感じるなどということはない。
さて、俺もヘーテルも自らのパートナーの説明が随分と曖昧なのは、彼女が言うようにパートナーのステータスの詳細を見ることができないからだ。
もちろん完全に分からないってわけでもなく曖昧な感覚で何ができるのかは分かる。
だが具体的に何ができるのかはこれから実際に見て確かめるしかなさそうなのだ。
「んじゃ今度は俺ら自身の」
「お客様」
「へ?」
「あら?」
今度は自身のステータスについて話し合おうとしたところで横から話に割り込んでくる存在があった。
それは先ほど水を頼んだ店員さんだった。
笑顔なのだが、なぜだか今はその笑顔が怖い。
なにより、背後にいる2mぐらいの大きさのゴーレムみたいな存在が目につく。
戸惑う俺とヘーテルだったが、そんな俺達を無視したそのゴーレムに襟を掴まれて、空中にぶらさげられる。
そしてそのまま移動させられると店の外へ放り出されてしまった。
Why?
何が何やらわからず説明を求めようと店員さんの方へと顔を向ければそこには笑顔の仮面を被った憤怒の化身がそこにいた。
「お客様、店内での従魔の召喚はご遠慮願います」
「「あっはい」」
「また、今後水だけを頼み店内に居座ろうとするのもやめてください」
「「ご、ごもっとも」」
「迷い人のようですから今回は見逃して上げますが次、同じようなことをされた場合は……分かってますね?」
「「はい!」」
憤怒の化身、もとい店員さんは言い知れぬ威圧感を醸しながら、なにがいけなかったのかを説明してくれる。
俺もヘーテルもその雰囲気に飲まれ、言われた言葉に素直に頷くしかなかった。
特に最後の問いかけの時の店員さんの目はやばかった。
絶対に逆らってはいけないと一瞬で刷り込まれてしまったほどである。
が、それはさておき店員さんは極めて重要なことを言っていたと思う。
そのため恐れを殺して店内へと戻ろうとする店員さんに声をかけることにした。
「あの、迷い人ってなんです?」
「……あー。あなた方はまだ協会へ行っていないのですね?」
「ええ、まあ」
協会?
冒険者ギルドとかの類だろうか。
とりあえず頷いておく。
「ええっと……簡単にいえばこの世界とは別の世界からやってきた人々のことですよ。才に恵まれ、この世界の常識に恐ろしく疎いので判別は容易です。なによりその左手の紋章が迷い人である何よりの証拠となりますね」
「へえ、そういう設定なんだ」
「設定? 何いってるんです? まあ、ともかくあなた方の世界とこちらの世界では勝手が違うんです。例えこの世界に来たのが事故だろうとなんだろうとこちらの世界のルールには従ってもらわないと、問答無用て牢獄送りにされちゃいますから気をつけてくださいね」
「言われてみれば当然……ね。郷に入っては郷に従えってことよね」
「なるほどな……その辺り気をつけないとな」
「ほんとにお願いしますね? では、私はこれで。次はちゃんとお客様として迎えられたらこちらとしても嬉しいのでよろしくお願いします」
すると簡単にではあるがわかりやすく迷い人について教えてくれた。
思わずそういう設定かと納得したら、その言葉に反応され首を傾げられてしまったのは少し驚いた。
そうして軽い説明を終えると店員さんは威圧感のない、普通の笑顔で挨拶をして店内へと戻っていった。
俺たちを店外へ放り出した時のあの雰囲気が嘘のようである。
ともあれ、店員さんの説明によりプレイヤーは迷い人と呼ばれる異世界人であること、その見分け方、このゲームの世界独自のルールがあることが分かった。
まあ、独自のルールと言ってもわりと似通ったところはあるようだ。
喫茶店で従魔召喚はダメなんてのも考えてみればおかしいことではない。
そうそう、パートナーのことを従魔と呼ぶってことも今回分かったことの一つだ。
で、その従魔も力を持った存在でありそんな存在を突然店内で呼び出したのなら不安に感じる人だってでてくるだろう。
今回のはそういう理由もあって店を追い出されたようだしな。
そうなると、今回得たこれらの事柄からある意味一番大切なことが見えてくる。
「生きてるな」
「そうね……さっきの話も納得できるものだったし、会話の受け答えも違和感なかった。彼らはちゃんと考えていたと思うわ」
俺のつぶやきに、ヘーテルも同じことを感じていたようで少し考えながらそんなことを言う。
改めてそういう視点から周囲のNPCを観察すれば……なるほど。
一見彼らはゲームを盛り上げる背景のように見えるが、認識を改めて見てみれば彼ら一人一人がそれぞれの考えで行動しているのがよく分かる。
腹が減ったから何か食べられるものを買いに行く人。
買い物を終えて家に帰ろうとして買い忘れに気づき慌てて店へと戻っていく人。
それぞれの行動に意味があり考えがあり意思がある。
どうやら、このゲームは世界創生型のVRMMOだったようだ。
世界創生型というのは文字通り一つの世界を作り上げ、その世界に実際に迷い込んだかのような体験ができるタイプのゲームでその実態はゲームよりもシミュレーションに近い。
その世界は仮想ではあるが確かに存在し、生きているのである。
世界が生きているからプレイヤーの行動にかかわらず状況が動くこともしばしば発生したりする。
このタイプのゲームはVRゲーム溢れる昨今においても未だ数は少ないのだからここに来てこのゲームのポテンシャルは計り知れないものになった。
それにしても運営はなぜ、この情報を前情報として流さなかったのだろうか。
世界創生型のVRMMOなんて情報があればそれはもう多くの人が興味を抱き、購入していただろうに。
まあ、そんな情報は無くてもかなりの人がこのゲームを買ったとは思うけど。
なんにせよ早々に世界創生型であると気づけたのはよかったな。
通常のゲーム的思考でプレイしてとんでもない状況に陥るところだった。
ここは一つの確固たる世界。
俺たちはこの世界に存在し生きる一つの存在だと認識を強く改める。
そして認識を改めると同時に俺は自身の内側にある力を感じ取る。
それはヘーテルも同じようで神妙な顔で胸に手を当てて自身の内側に意識を向けている様子が目に映る。
「ヘーテルも感じたのか?」
「ってことはあんたも?」
念のため口に出してみればやはり彼女も力を感じ取っていたようだ。
内側から感じるこの力はいわゆる魔力と呼ばれるもの。
現実には存在せずVR技術によって齎された魔法の原動力だ。
世界創生型のゲームは数は少ないが無いわけじゃない。
そしてそのタイプのゲームをプレイする際に絶対に守るべきルールというものが存在している。
それはその世界がたしかに生きているのだと認めること。
そうしなければ、その世界に馴染めないからだ。
世界に馴染めなければ、得たはずの能力も十全に扱えないからだ。
故にこうして魔力を感じられるようになったということは世界に馴染んだということ。
世界に馴染んでようやく俺たちはスタート地点に立つことができたのである。
《プレイヤーの内100人が世界の真実に気づき、目覚めました》
《一定数のプレイヤーの目覚めにより、全プレイヤーに世界の真実が伝えられます》
《この世界は生きています。確かな一つの世界としてここに存在しています》
《それを確かに胸に刻み、この世界を生きてください》
そして認識を改め魔力を感じて少ししてそんなアナウンスが脳裏に響いた。
このアナウンスによりこのゲームが世界創生型であると多くのプレイヤーが認識することだろう。
そうでなければ困るというものだ。
この手のタイプだと誰かが酷いバカをやらかすとプレイヤー全員に迷惑が降りかかるからな。
こうしてサモンパートナーオンラインは本当の始まりを迎えたのであった。




