エスケープ
残虐な描写があります。
苦手な方は即ブラウザバック。
ある日のこと。
俺のメールアドレスに一通のメールが届いた。
それは登録していると極稀にまだ発売していないゲームのテストプレイをさせてもらえるサービスを行っている運営からのものだった。
そういったサービスを行っているところから届いたメールなのだからそれは当然テストプレイする権利が与えられたことを告げるものであり、ゲームのDLコードが記載されていた。
一応嘘じゃないのかと送信元アドレスを一文字一文字確認し、ついでに運営に電凸もしたが間違いないらしい。
万が一テストプレイヤーに選ばれたらお得だしなと軽い気持ちで登録していたので本当に当選したことに俺はとても驚いた。
今は集中してプレイしているゲームもなくちょうどいい機会であったため俺はテストプレイの権利が与えられたゲームをプレイしようと思う。
タイトルは『エスケープ』。
実にシンプルなタイトルである。
注意書きとして痛覚制限がレベル3まで開放されていることと残酷描写が無修正であるということが書かれているのがやや不安だ。
痛覚制限がレベル3というと本気で殴られた時の痛みまではそのまま感じるレベルである。
それでいて残酷描写が無修正、そしてタイトル。
まさかホラーゲームだろうか。
不安にかられながらも俺はそれをVRドライブへとダウンロードし、起動した。
しばしの暗転の後、突然体全体が強く撃たれたような衝撃を感じて痛みに呻く。
どうやら盛大にころんだ状態のようで手のひらがヒリヒリと痛みを訴える。
その際に身体にくっついたのかネッチョリとした何かの感触がたまらなく気持ち悪く痛みに堪えながらも目を開ければ恐怖と苦痛に満ちた表情をした人間の死体がそこにあった。
「うあっ!?」
その死体から離れるように慌てて尻餅をつきながら飛び退く。
離れたことでその全貌が明らかになるとその死体は内蔵をぶちまけ四肢も潰れて赤黒く染まった肉が露出しているというあまりに凄惨な姿で目を見張る。
あまりの光景に慌てて立ち上がろうと地面に手をつこうとするがネットリとした地面に手が滑りなかなかうまく立ち上がれない。
何やら腰も抜けてしまっている気がする。
それでも何度か立とうとあがいていると右手が何かふにゃりと柔らかくほんのり温かいものに包まれた。
その感覚に俺は固まる。
何かに触れている感覚にあまりにも違和感がなくて酷い現実感を与えていて俺は触ったことも無いはずなのにそれが何の触感なのか分かってしまった。
同時にそんなの嘘だと思いたくて、これは現実じゃないのだと言い聞かせて視界を左上に固定する。
そして現れた『VR』の文字に少しだけ落ち着きを取り戻し、それでも尚何に右手を突っ込んでしまったのか確認しようと振り向くのを拒絶する自分が確かにそこにいた。
けれど確認しなければならない。
確認しなければ次の行動を決めることができないのだから。
意を決して右手の方へと視界を移して目に入ったのはやはりというべきか、人間の死体であった。
やはり苦渋に満ちた表情をしていてその身体には無数に切り傷が存在していた。
そして俺の右手はそんな無残な姿を晒す死体のお腹の傷から中へと突っ込んでいた。
「ああああああああああ!?」
叫び、慌てて右手を抜く。
その際に感じてしまう臓器の感触。
たしかにそこにあると感じさせる僅かな抵抗感。
抜いた後も尚右手に感じるネットリとした血の感触。
それら全ての感触がこの世界を現実と錯覚させて少しだけ取り戻した落ち着きを奪っていく。
「うっ……!? おえぇぇ……っ……!?」
なんとか落ち着こうとして深呼吸し、その際に感じた強烈な臭いにえづく。
その臭いとここまでに見た光景により腹の中の物をぶちまけた。
少しして、ひとまず移動しようとする。
未だ何の説明もなく何をしたらいいのかも分からなかったが、ふとこのクソッタレなゲームのタイトルが『エスケープ』だったことを思い出し逃げればいいのだと思い当たる。
「逃げなきゃ……こんな場所から……でも……どこに?」
しかしどこに逃げればいいのかが全くわからなかった。
今更ながら周囲を見わたす。
そして俺はそれを後悔した。
「ッ――――!?」
声も出ないとはこのことだろう。
周囲を見渡して目に入ったその光景は死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体――――。
広々とした大広間のようなこの場所を埋め尽くすように存在する陰惨極めた状態の死体たちだった。
それらの死体は仮想のものではなくて確かなモノとしてそこに存在しているようにしか思えなかった。
そんな無惨な死体に今、俺は囲まれていたのだ。
そんな光景に俺は言葉を失った。
しばらく思考を止めていたのは果たして数秒か、それとも数分か。
これはゲーム。
所詮ゲームなんだから全て作り物だと繰り返し念じてなんとか気を取り戻して必死の覚悟で再び周囲を見渡す。
そして一つだけ出口と思わしき扉を見つけ駆け出そうとしたその瞬間。
俺はバランスを保てなくなり顔面を地面に打ち付けるように転ぶ。
転倒による痛みはそれなりのものだったがそんなことよりもこんなところには居たくないと急いで立ち上がろうとして――
「えっ……?」
――立ち上がるための脚が無いことに気づいた。
同時に痛みが身体を駆け抜ける。
痛覚制限があるから本当に脚を失った程の痛みじゃない。
けれど本気で誰かに殴られた程度の痛みは人を動けなくするのに十分だった。
何よりも確かにそこに脚が存在しないという喪失感が俺に絶望を植えつけた。
そうして痛みに歪む視界にふと映ったのは頭に布製の袋を被り異常に筋肉質な身体を持つ人の姿。
その手には赤く染まる斧が握られていてそれを真上に掲げて今まさに振り下ろそうとしていた。
「やめっ……やめろよ! やめろぉぉぉぉ!!!」
これから何が起こるのかを俺は察し必死に叫ぶ。
もはやゲームなのだとは感じられずひたすらに現実と錯覚させれて恐怖のままに叫んだ。
だが、その叫びも虚しくその存在はその斧を俺の胸へと叩き下ろしたのだった。
その一撃はそれなりの痛みを与えたがすぐに何も感じられなくなった。
ああ、俺は死んだのか――
「――はっ!?」
視界が暗転し何も感じられなくなった状態で数十秒経ったところで突如身体の感覚が戻ったことで俺は一気に覚醒する。
すぐさま身体のほうを確かめるがどこにも傷はないし痛みもないことを確認してホッと一息。
それから一体どうしたのかと周囲を確認すればどうやらどこかの部屋の中らしい。
その様相はどこか病院を彷彿とさせる。
――部屋一面が血で赤黒く汚れていなければだが。
「もうホント最悪。このゲーム」
幸いにもやや長い暗転の間に幾分落ち着きを取り戻していたので発狂するようなことはない。
《探索し情報を集め脱出しなさい》
と、ここで初めてゲームの説明らしき情報が脳裏に流れ込んできた。
「それだけかよ……。っと、これ……か?」
あまりにも少なすぎるヒントだが、それが全てということなのだろう。
文句を零しつつも部屋の中に集めるべき情報が無いかと先程よりも注意深く探せば、丁度足元に紙が落ちていたのでそれを拾い上げる。
『また死んだまた死んだまた死んだまた死んだ!
何度も何度も何度も何度も殺されてそのたびにこの部屋に戻される!
もう嫌だ、もう死にたい。
くそっ……もうあんな思いをするのはゴメンだ。
逃げるたびに殺されて……いっそこのまま部屋に篭っているべきなのか……?』
「っ……もうホントやだ」
その紙に書かれていた内容に俺は思わず弱音を吐く。
多分殺されるとこの部屋で復活するのだろう。
そしてまた殺されるのだ。
逃げ切るその時まで。
けどこれがヒントであるならば……このまま動かずにいることが正解なのではないだろうか。
この紙の主は俺なのか、また別の何かなのかは分からないがわざわざ最後のそんなことを書くということは何かしらゲームとして意味があるはずだ。
そうだ。
大丈夫……これはゲームなんだ。
しっかりと順序どおりに進めればクリアできる。
それがゲームだ。
敵も所詮ゲームとして用意されただけの作り物。
だからもしもの時が来ても大丈夫。
もう発狂することなんて、ない。
そう言い聞かせて平静を保とうとしていたのだが、ふとコツン、コツンと響く足音が聞こえ身を固める。
その足音は部屋の扉の前まで来ると止まる。
扉につけられたすりガラスには人影が写っていた。
――あいつだ。
そのシルエットだけで俺はその人影がなんなのか察してしまった。
最初に俺を殺した斧を持った存在。
それが今部屋の扉の前で立ち止まっている。
先程まで平静を保っていたはずなのに酷く恐ろしく身体が震えだす。
怖い。
俺は今恐怖を感じているのだ。
そして怖いというのに全く身体が動かせない。
自分のものじゃないかのように重く感じられる。
けれどしっかりと身体の感覚があってそれが一層恐怖心を煽る。
……やはり紙に書かれていた情報はゲームを進めるためのヒントだったのだろう。
その存在は別に扉を開けてくることもなく立ち去っていった。
やがてその足音が聞こえなくなったところで俺は安堵して扉から視線を外して体ごと後ろへと振り向いた。
そうしたのは多分、逃避の現れだったのだろう。
恐怖の存在であるあいつがいた扉からすぐにでも逃げ出したいと感じた俺の深層意識がそうさせたのだ。
そうして扉に背を向けて息を一つ吐き、視線を上げると――
「ぅ……あ……あ……」
――ソレと目があってしまった。
ソレはまるで女のような姿をしていてボサボサの長い髪が影になって目元は見えなかったけれど確かに目が合ってしまったのだ。
その姿は確かに不気味だが、それでも根暗な女と言っただけの普通の人間に見えた。
だが、その見た目以上にソレから感じる気配が圧倒的に悍ましく、こうして目を合わせていると恐怖で身体が震えだしてくる。
だけど俺は咄嗟のことにすぐに逃げるということも思い浮かばずじっと目を合わせたままその場に固まっていた。
そして10秒程目を合わせているとソレの口元が大きくさけ、ニタァと笑みを浮かべた。
続けざまに口が動く。
声はなかったがソレが何を言ったのか直感的に理解してしまった。
『オ イ シ ソ ウ』
ソレは俺をじっと見て美味しそう、そういったのだ。
「逃げなきゃっ!?」
そこでようやく逃げようとしたのだが左手首を強く握られて逃げられなくなった。
しかも万力のように締め上げられてかなりの痛みが感じられる。
それから無理やり目を合わせられるように身体が引っ張られ、再びソレと目を合わす。
『ド ウ シ テ ニ ゲ ル』
「くそっ……離せっ……離せよ!!」
必死に掴まれた手を振り払おうと暴れるが見た目からは想像できない程の力で握られていてびくともしない。
それどころか俺の腕を握るその力は増すばかりで遂には――
「がぁ!?」
――握りつぶされるように骨を折られたのだった。
既に痛みは最大限であったため変化はない。
だが、確かに腕が握りつぶされたのだという感覚が痛みとは別に流れてきてそれが俺の恐怖心を煽っていく。
その恐怖心が痛みを上回り一層激しく暴れるがやはり逃げられることはなく、俺はバランスを崩して転んでしまう。
『イ タ ダ キ マ ス』
「うあ……あああ……あああああああああああああああ!?」
ソレがそう言うと、口を開き、指の先を口の中に含む。
そしてゆっくり味わうかのように口が閉じられ、同時に指先が徐々に押しつぶされていく。
押しつぶされ骨が粉々に砕かれて尚、ソレは口を閉じることを止めず今度はそのまま食い千切られた。
指先の感覚が痛みだけ残して消える。
同時に感じる喪失感は俺を恐怖に突き落とした。
そしてそれは終わりではない。
それは始まりであった。
次は左手首までを口に含み、食い千切る。
ソレは握る場所を肘のあたりに変えて再び腕を口に含み、食い千切る。
そうだ、蹴り飛ばそうと思いついて実行しようとすれば脚に激しい痛みを感じ、見ればソレの下半身が蜘蛛のようになっていてその脚が両足を貫いていた。
「ぅあああああああああああああああああああああ――!?」
そしてそのまま食われ、最後は生きたまま腹を開かれて内蔵を食われ始めたところで全ての感覚が失われ視界が暗転した。
「まじ無理……全く進んでないけどこれ以上プレイしてられない……怖すぎだろ……もう絶対ホラーゲームはやらんぞ……」
そうして俺はもう耐えられないとすぐさまゲームを終了し現実へと戻りげんなりとしていた。
さすが新作VRゲームなだけあって感覚の再現度が完璧だ。
もはや現実のなんら変わらないものだった。
つまり、最悪だったってことだ。
どれだけゲームだと念じてもそれを呆気無く壊して現実と錯覚させる最低最悪のホラーゲームだった。
そんな最悪のゲームをプレイした俺はその後しばらく何もする気が起きずひたすら動物の映像を眺めて心を落ち着かせたのであった。
テストプレイ権を提供するサービスを利用する際、プレイした感想を投稿することが規約で決められている。
以下は狂気のホラーゲーム「エスケープ」について投稿されたヒュージ氏の感想である。
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これはホラーゲームではない。
純然たる恐怖だ。
恐怖だけがここにある。
初期の地点からまともに動くことすらできていないがもうプレイは投げた。
俺はもう二度とホラーゲームをプレイしない。
そう誓わせてくれた最低最悪の呪いのゲームである。
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この感想に付いたコメント
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ビビリ乙wwww
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俺なら余裕でクリアできるな
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いい歳してがホラーゲームでしかもほとんどプレイもせずに断念とかwwwww
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などなど、ヒュージ氏を馬鹿にするようなコメントが多く寄せられた。




