ReBIRTH-Lost life,New life- 1
その景色を見てまず、雲の上みたいだと感じた。
どこまでもどこまでも真っ白な地面が広がっていたからだ。
けれども空というか上を見てみれば青空でも夜空でも無く大地やら宇宙やらが閉じ込められた泡のようなものが無数に浮いている以外はただただ白く、どこまでも広い不思議な空間だった。
一体何が起きたのだろうか……と少し考えたところで不意に何が起きたのかを思い出した。
俺は家に居た。
今日も今日とてVRゲームをプレイしようと準備をしていざ起動しようとしたのだ。
プレイしようとしていたゲームのタイトルはなんだったか。
不思議とそれを思い出すことはできなかった。
けれど、確かに何かゲームをプレイしようとしていたことは確かに覚えている。
そして。
そして……その行動は間違いだった。
その日だけはVRゲームをプレイしてはならなかったんだ。
外は大雨が降っていた。
遠くから雷の音も聞こえた。
だけど俺は大丈夫だろうと、軽く考えていた。
軽く考えていたから。
だから、いつものように寝っ転がってゲームを起動しようとしたその時に。
雷が落ちた。
近くにとかではなく俺の住む家に直撃したのだ。
そしてその雷が内包する電流がケーブルを通じて、後頭部に繋がれたVR端子から俺の体の中へと流れ込み俺は一瞬激しい熱を感じたかと思うと何も感じられなくなった。
そう。
それが最後の記憶だ。
そして気づけばこの不思議な空間に俺は存在していた。
ここがどこなのかは全くわからない。
けれど病院ではないだろう。
そして……俗にいう『この世』のどこでもない。
言ってみればここは『あの世』なのではないだろうか。
そしてそんな場所にいるということは……。
俺は、やはり死んでしまったということなのだろう。
「は、はは……ハハハ……どんなに金があったって……あっけねえもんだな……」
そう、納得してしまったからか、いろんな感情がごちゃまぜになって渦巻き、涙が流れ、不格好な笑みが浮かんできた。
小説ならここで神様が出てくる。
だったら本当に現れてくれないかなとバカみたいな考えが浮かぶ。
でも、死後の世界があるなら神様だって本当に居てもいいじゃないか。
いるなら姿を見せてくれよ。
説明してくれよ。
嘘だと言ってくれよ!
声には出さずけれども必死に叫んだ。
結果的にはそれが良かったのか。
目の前にソレは現れた。
「っ!」
ソレは神ではなかった。
ウィンドウだった。
VRゲームでよく見た空中に浮かぶあのウィンドウが現れたのだ。
『あなたは死にました』
そう表示されてるだけの小さいウィンドウが。
こんな状況で、神様は姿も現さずこんなもので……こんな説明だけで納得しろっていうのかよ……。
ふざけんなよ。
そんなので納得できるわけ……。
「納得できるにきまってんじゃーん」
だって、ゲームだし。
軽い口調で呟きつつ『あなたは死にました』と表示されているそのウィンドウをタップすれば、名前を入力する画面が現れる。
「んー……『オンタマ』でいいか」
なんとなく昨日食べた温泉卵が美味しかったことを思い出しての適当なネーミングだがまあいいだろう。
名前を入力し再びタップすると本題である能力の選択画面が現れた。
しかもただの能力ではない。
異世界転生モノの小説によくあるチートなやつだ。
だからこそこの選択は重要だ。
この選択で異世界での苦楽が決まると言っても過言ではないほど重要である。
ウィンドウに表示された能力リストの数は膨大だ。
しかも用意された能力だけでなく、希望の能力を入力することも可能。
ただし入力して決めた場合は意にそぐわないことがあるらしい。
さて、何にしようか悩むな。
本当に悩む。
まあ、選んでダメだったり、選んで楽しかったけど他の能力も試したいってなったらやり直せばいいんだが、悩みどころなのはやはり変わらないよな。
と、いうわけでどうも。
マッスルです。
じゃなかった、オンタマだ。
マッスルは最初に思いついたけどやめたほうだった。
さて、俺はVRゲームを起動しようとしたところで雷によって死んだ。
そういう設定で始まったこのゲームのタイトルは『ReBIRTH-Lost life,New life-』通称『転生』だ。
ジャンルとしては……RPGになるのかね。
冒頭のあれこれはこのゲームの演出だったわけだが、無駄にリアルだった。
何がリアルって脳裏に再生された記憶が本当に俺の部屋を再現したものだったからな。
ああ、もしかして本当に死んでしまったのではないかと思えるほどにその辺りの感覚はリアルに感じた。
でも大丈夫。
視線を左上に固定して30秒くらい待てば……出た。
視界の左上、ちょうどいまピントがあっている場所に『VR』の文字が浮かび上がる。
これは今いる場所が現実なのかVR世界なのか確認するためのVR技術の標準機能であり、これが浮かび上がるならそこはVR世界、浮かび上がらないなら現実だと区別できるようになっている。
同時に、この状態ならいつでもVR世界から離脱可能で、実際先ほど試したが問題なく現実に戻れた。
雷だって落ちてない。
ってなわけで話を戻してこのゲームについて。
このゲームはまあ、ざっくり言うと小説で一時期人気であった異世界チート転生モノを実際に体験できるゲームである。
VR技術が世に登場し、発展した今。
かつての創作はもはやただの幻想や夢物語では無くなったのだ。
さて、プレイヤーはここで好きな能力を選び異世界の地へ送られる。
選べる能力はたった一つ。
能力とは別にある程度の身体能力も得られるので魔法系の能力を選んだからといって動きづらいということはない。
また、身体能力が得られるからと言って肉体強化系の能力を選ぶ価値がないわけでもない。
超人的な肉体は魔法すらも打ち砕く。
ただ、選ぶ際には注意が必要であまり万能型は選ばないほうがいいらしい。
肉体や魔法などそれぞれが高いレベルで扱えてもそれらは特化型に比べると遥かに劣る。
うまく組み合わせたり、工夫しないかぎり万能型の攻撃は特化型に通じないなんてことが起こりうる。
まあそこは能力選択時のイメージによっても差が出るので一概に言えないがある程度の基準にはなるだろう。
ところで、そもそもチート転生体験ゲームでそんな特化型相手にするとかいう考慮はいるのかと思う方もいるだろう。
答えは是である。
なぜならこのチート転生体験ゲーム、単なるシングルRPGではなくMMORPGなのだ。
MMORPG……いや、VRMMORPGは過去にその手の小説が人気を博したこともあってかVRゲームの中でも最大の人気ジャンルであり、いくつものVRMMORPGが作られ運営されている。
このゲームもその内の一つってわけだ。
そんなわけでゲームをプレイし始めれば周りはチート能力持ちばかり。
となればあまり万能を意識して能力を落とすのも考え物だ。
さておき、今は俺自身の能力を決める時だ。
どんなのがいいだろうかと心のなかで呟きつつも実際は既にある程度の方向性は決めてある。
素早く動き、隠れ、潜み、耐え忍び、群衆に紛れ、情報を集め、撹乱し、不意をついて倒す。
そう、忍者だ。
いや、忍者じゃなくても当てはまりそうな条件ではあるが忍者なのだ。
ざっと能力検索しても「忍者」「NINJA」「忍」と、忍者系の能力はいくつか見つけることができたがこれらを選んでも俺の求める忍者だとは限らない。
そんなわけで能力入力画面を開き「忍者」と入力する。
能力選択にもある能力だが、わざわざ入力する意味はと言えばイメージ補完を期待してのことだ。
能力を入力して決める場合、その能力の具体的な効果はイメージによって決められる。
どんだけイメージがぼんやりしててもある程度最低限保証される能力というのは存在するが、実のところ上限というのは存在しない。
その能力をどれだけ向上させられるかはこのイメージ次第だ。
だからなるべく鮮明に俺は俺の求める「忍者」の姿を想像し、設定していく。
忍装束とかはいらない。
アレはあの時代では隠密に長けていたというだけの話だ。
いや、そもそも装備は能力じゃないから今考えることじゃない。
気配を完全に消す力。
周囲の音や呼吸から敵の位置を知る力。
肉体的能力としては速さは絶対に必要だ。それに持久力も。
かわりに力は最低限でいい。
くだらないかもしれないが早着替えもできたほうがいい。
そして忍術。これはやはり欠かせないだろう。
幸いゲームの舞台は魔法のあるファンタジー世界。
ならば魔法でソレを代用してやればいい。
ただ、普通に魔法を扱えるようにとなると能力に制限がかかるから使える魔法はかなり限定する。
壁歩き、水歩き、水中呼吸、条件付短距離転移……ぐらいか?
あとは迷彩能力か。
これは光の通り道を誤魔化すとかなんてのよりは……任意の迷彩柄を装備などに付加する魔法のほうがイイか。
若干不便ではあるがそのほうがそれっぽい。
って、なるほど。
確かにこれはイメージを明確にするのが難しい。
どうしてもあれもこれもと考えてしまう。
速さ、持久力、隠密能力、気配察知能力、そしていくつかの忍術。
それだけを求める。
足りない分は道具で補えばいい。
だからとにかくそれだけをより高いレベルでイメージしていく。
概ねイメージは固まったので、イメージ補完を開始した。
忍者……忍者……。
しっかりとイメージを固めるように能力の形を思い浮かべる。
既に体感では1分くらいこんな感じだ。
っていうか長い。
補完作業の完了はまだか?
イメージを保持し続けるのもきついぞ!
速く終わってくれ。
速く、速く、速く……………速く!
『能力選択が完了しました。プレイヤー、オンタマ様にユニークスキル「スピードマスター」が付与されました』
それからさらにある程度の時間念じていたところでようやく終わった。
体感では20分くらい念じていた気がするが……時間を確認してみれば2分ぐらいしか経っていなかった。
俺の体内時計もあてにならないな。
「……ん?」
って、あれ。
今スピードマスターとか言わなかった?
得た能力を確認すれば、間違いなくスピードマスターの文字があった。
いや、まて。
そういう名称になっただけで俺の考えた忍者プレイに必要な能力を兼ねているのかもしれない。
まあ、名前が変わってる時点でそんなものは無いだろうと半ば思いつつも能力の詳しい説明を見てみると……。
〈スピードマスター〉
速さを極めし者の能力。とにかく速い。その強いイメージから作られたこの能力で得られる速さに反応できるものはいないだろう。そのスピードの世界であらゆる事象は速さを極めし者を害することはない。
うん。
速いだけだ。
後半の説明は多分、スピードを活かして突進した場合でも自身の肉体が爆発四散するようなことは無いってことだろう。
でも能力としてはやはり速いだけだろう。
忍術のかけらもありゃしない。
希望通りの能力になるとは限らないとはいってもこのレベルですか。
多分速く能力完成しろと念じてたのが悪かったんだろうけどここまでとは。
いや……思い出してみれば補完が完了するまで無駄に長かった時間、速く速くと念じるだけで忍者のイメージすっかりスッポ抜けてたな。
でも、もともと入力していた「忍者」というスキルですらなくなるほど俺は速くと念じていたのか?
確かに体感では20分ぐらい念じていた気がしていたが……。
まあ、諦めてこの能力でやっていくかね。
ただ……諦めるとしてもそもそもこの誰も反応できないというのは本当なのか。
最後に、だろうって付いているのが不安を煽る。
他のプレイヤーだってチート能力持ちばかりだし普通に反応されたりするかもしれない。
そうだった場合俺はただ少しばかり速いだけのクソ雑魚プレイヤーへと成り下がるわけだ。
まあ、そういう状況に陥るのはこのゲームでは珍しくもないようだが。
ひとまずステータスを確認しよう。
もしかしたらステータスの方に何か変化があるかもしれないし。
そんなわけでステータスを開く。
オンタマ
ユニークスキル:スピードマスター
※衣服系以外の防具着用不可
※重さ2以上の武器装備不可
「おや、スキルだけか」
現れたステータスにあるであろう能力値が表記されていないのを見て思わずつぶやく。
レベルすらない。
でもって下の注記は地味に辛いな。
スピードの犠牲になったとでもいうのか。
んで、重さ2以上の武器がダメって重さ1がどれぐらいのものなのかにもよるけどひょっとして短刀すら装備できないんじゃないか?
もしそうだとするとますます忍者プレイから遠のくな。
「まあ、一応決まったものは仕方ない。再設定もできるけどここは想定外の能力でプレイするのもまた一興か」
ってことでこのままプレイ開始と行こう。
このままキャラクリエイトを完了し、チュートリアルへと移る。
このゲーム、チュートリアルはスキップ不可能で、何度キャラを作りなおしても絶対に行う必要がある。
その内容はいたってシンプル。
チュートリアルエリアに出てくる敵を倒す。ただそれだけのチュートリアルだ。
さて、チュートリアルエリアへと無事飛ばされたわけだがそこは幾何学模様の描かれた床に水に混ぜた油のような色彩を放つドーム型の不思議な空に囲われていた。
ドーム型の空といったように、どうもその空は障壁であり、ある程度の広さを確保しつつもこのエリア一体を完全に隔離しているようだった。
自身の初期装備は多少頑丈そうではあるがこれといった防御力など望めない只の服に外套。
腰には包丁よりは少し長い程度のダガーが吊るされていたのでそれを手に取り、握り具合などを確かめつつもう一度周囲を確認する。
ところで話は変わるが、このゲームは先も言ったようにMMOである。
そして、チート転生を題材にしてソレをオンラインゲームとして運営しているためにMMOとは思えぬほどにバランスは崩壊しているのだが、だとしてもこのゲームはMMOとして運営されており、それ故にある程度のバランス調整が必要であった。
では何を持って調整するか。
その答えがなんとなしに後ろを振り向いた俺の目の前に今存在していた。
【次元を狭間を守りしモノ】真竜・クルセリオス Lv700
目の前に現れた情報ウィンドウにはそう書かれており、そのウィンドウの向こう側にピントを合わせれば金色に輝く巨大な一対の目がこちらを睨みつけていて、更に全体を見るようにしてみればその姿はビルよりも遥かに大きい巨体を持つドラゴンであった。
古来より数多くの物語でドラゴンは登場し、多くの物語で最強であったりあらゆる生命の頂点であったり災いの象徴であったりと、とにかく強大な者として描かれてきた。
また、ドラゴンの中で更に格が分けられたかと思えば、格が上のドラゴンはますます強大な者として物語に君臨することになった。
さらにその格についていえば、頭に「真」のつけられるドラゴンというのは大体においてドラゴンの中でも上位の力を持っている存在として描かれてきた。
このゲームでもその辺りの原則が変わりないのだとすれば、目の前のドラゴンの格は相当上位のものであるはずで、その力は驚くほどに強大であると予想される。
それは間違ってもチュートリアルで現れていいような敵ではないし、そもそもドラゴンでなくともLv700とかいう相手が出てくるのはおかしい。
ってかプレイヤーにはレベル無いのにモンスターにはあるのか。
それはともかくこんなのが現れるとしても最初の死にイベントとしてというのが相場であろう。
だが、続いて現れた情報ウィンドウにそれはあっさりと否定される。
チュートリアル
次元の狭間の守り手を倒せ。
これを倒せぬものに世界を渡る資格は無い。