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青春リンチ  作者: えくぼ えみ
二章 『花と栞と脅迫と』
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 大人しい子供だ、と周りの大人によく言われた。


 けれど、私は、その言葉の真意が大人達の表情から分かっていた。


 子供らしくない子供だ、と。


 私にも、喜んで笑ったり、悲しくて泣いたり、何気ない一言で拗ねたり、喜怒哀楽が備わっている。


 ただ集団生活の中で、それをうまく表せなかったのは自覚していた。


 ある日、小学一年生だった私は、帰り道で三人組の男子に囲まれた。


 黙ってばっかりの大人しいヤツ、そんなところに目をつけられたのかもしれない。


 だからか、強く突き飛ばされた。


 笑い声が聞こえて、それは徐々に遠ざかっていく。


 この場を立ち去ろうとしているのが、分かった。


 私にも、喜怒哀楽は、ある。


 でも、みんなの前では、大人しくなってしまうの。

 ただ、それだけなのに――。


 どうしたら認めてもらえるのだろう。


 擦りむいた膝から、滲み出る血を見た。


 幼稚園時代にも、確か……と思いを馳せていると、一定間隔だった鼓動が、どくどくと早まっていく。


 それと同時に、心の奥から何かがゆっくりと溢れ出した。


 もやもや、というより、もっと内にこもった熱を孕んだ感情——。


 ぞくりと、下腹部が、疼いた。



 その瞬間、『何か』が私の中で弾けた。



 なんだか、どうでも良くなった、血を見て。



 喜怒哀楽が人並に備わってそれをうまく発揮できない己、なんていう悩みすら小さくなって消え失せた。


 けれど、どうせどうでも良くなってしまったのなら、

 血が、見たいな。


 教科書とノートが詰まったランドセルを欲望と劣情に塗れた片手で持ち、立ち上がる。


 まるで羽が生えたかのように駆け出した足が、とても軽く感じた。


 下品に笑う男子三人組が、こちらに気づいた時には遅かった。

 


 だって、もう、私は、ランドセルを振りかぶっていたから――。



 無我夢中でランドセルを振り回し、バコッ!と何かに当たったような感触が手に伝わる。


 だが、案外慣れたことはしてみるものじゃない、とすぐに思った。


 小さな針が追い立てるように心を、ちくりと刺す。


 きっとこれが『罪悪感』というものなんだわ、と体とは別の、首の後ろの方にある意識でそう思った。



 けれど、それ以上に、どうしようもなく下腹部と脳内が、ずくずくして、悦んでしまった――。


 ランドセルが空回りする頃、我に返ると、そこには地面に蹲って泣きじゃくる男子だけがいた。


 何をしてたのか分からなかったけれど、鼻血を出してる男子や痛々しそうに頭を抱える男子を見て、清々しい気持ちに、はなれなかった。


「もっと……」


 なんて、上の空で呟く。


 あの感触が…悦びが…もっと、欲しい、と思ってしまった。





 ※※※




「だめじゃないか、杏子。クラスメイトの男の子たちを殴るなんて」


「ごめんなさい」


 数日後。


 私が殴った男子らの親から学校へと連絡が入ったのだろう。


 それを取り合ったのは両親ではなく、歳が五つ離れた兄だ。


 自室に呼び出されて、大目玉を食らっている。


 そんな話なんてどうでもいい、と頭の大半がそう言っているのかと思うほど、集中はしてない。


 うずうず、してきた。


 あの体の悦びを知ってからと言うもの、ここ最近ずっと熱に浮かされている。


 こもりにこもった劣情の熱は、もう押さえ込んでいるだけでも吐き気がする。


 はやく、はやく…、もうその感覚だけで、体が一杯になってる。


「何があったかは分からないけど、杏子からもきちんとその子たちに謝っておくんだよ。いいかい?」


「わかった……、わかったから……」


 もうだめだ、と思った。


 何かを我慢しているように震える私を兄は首を傾げて、不思議そうに見下ろしている。


 ぞくぞく、と背中に走る電流。



 そんなかわいいかおしてないで、


 わたしをみないで、そんなにみつめられたら——、



「おにいちゃん、『叩かせて』」


「え?」


 その瞬間、ぱちん!と私は兄の頬を、思いっきり平手打ちした。


 どて、と兄は呆気なく床へと倒れ込む。


 じんじん、と私の手の平が熱い。


 はぁ、はぁ、と言い表し難い高揚感で息が上がる。


「な、なにするんだよぉ」


 今にも泣きそうな震えた声で、兄は言った。


 もう、


「だめなの」


 抑えきれない、と心の内側から何かが飛び出す。



 もっと、もっと、もっと!という傲慢で冷酷な『欲求』。



 兄に馬乗りになって、とても小さい握り拳を振り下ろす。


 拒絶する兄の声は、遠くて。


 己の高鳴る心臓の音と荒い息遣いだけが、鼓膜を支配する。



 拳が『肉』に当たる度に、私の下腹部が、ただただ、疼いた――。






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