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青春リンチ  作者: えくぼ えみ
二章 『花と栞と脅迫と』
12/21

episode - 11 『白昼夢と保健室』

 




「千尋くん、遊びましょうか」



 その人は、いつもいつも朗らかな笑顔を浮かべていた。

 だけれど、その言葉はいつもいつも有無を言わせないような圧があって――、自然と頷いてしまう。


「それじゃあ…、『入って』」


 そう言うと、その人は整った顔立ちで少し申し訳なさそうな微笑を浮かべて、長いスカートの裾を腿より少し下まで持ち上げた。


 しばらく間をあけて、僕は、膝立ちになって持ち上がっている布地をのれんのようにくぐる。


 ふさ…、とすぐさま持ち上げたスカートは僕の腰あたりまで下がった。


「せんせ…、あつい、よ」


 ぎこちなく言葉が紡がれる。陽の光が遮断されたにも関わらず、熱気は僕と共に暗い空間の中で同居していた。


「そうね、先生も『熱い』。でも……」


「でも…?」


「すごく、嬉しい」



 その妙に色づいた声色が、僕の背中に、一筋の嫌な汗を流させた――。




 ※※※



 かっ、と目の奥が熱くなった。


 それと同時に見慣れない白い天井が広がっている。

 心臓が、今にも飛び出してしまうくらい鼓動しているのが分かった。


 しかしこの高鳴り方は、どうも、嫌悪しか抱かない。


「夢…、か」


 ふー、と千尋はそんな心臓を落ち着かせるように、息を吐きながら、腕を額に被せる。


「涙、零れてる」


「うわっ!?」


 不意に自身以外の指が右頬を突いた。


 千尋は反射的に体と被さっていたタオルケットを手に持ち左側へと退避させる。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない」


 そして、ゆっくりと視線を声の方へと見やる。

 見慣れた女子制服の、赤いリボンと半袖の白シャツ。艶やかな黒髪と、ハーフアップ纏めた髪を留める襟元と同様の細長い赤いリボンが、窓から入り込んだそよ風で靡いている――。


「し、十六女か……」


 あんな夢を見てしまったから、だろうか。

 千尋は、見知れた顔を見て、ここが『現実』であると認識したことで安堵したように名を呼んだ。


 十六女は、相も変わらずどこか氷のような冷たさとどこか哀愁も感じられる儚さを含んだ瞳で彼を見下げている。


 そして我に返ったように千尋は冷静さを取り戻して、周りを少し一瞥し、


「……それで、ここは保健室か」


 自室のものとは比較にならない程の上質さを感じられる柔らかいベッドマットに手をついて起き上がる。


 十六女は、静かにベッドの足元の方に移動してそこへ腰を下ろした。


「僕は、なんでこんなところに……」


「泡を吹いて失神したからよ」


 独り言のように呟いた千尋の問いかけに、十六女は淡々と答えた。


 しかし、千尋は、その言葉に豆鉄砲食らった鳩のように目を丸くする。


「失神…?」


 驚きを隠せない彼の顔を見て、十六女は怪訝な表情で、


「覚えていないの?ほら、屋上で――」


 その瞬間、千尋の脳内で火花が散るように映像が濁流のように押し寄せ、流れ込んできた。


 真上に登った陽射しのきつい太陽、殴られた鳩尾、背中に伝わるコンクリートの熱、そして、股座の暗闇――。


 と、同時に猛烈な吐き気に襲われ、思わず顔を伏せ口元に手を宛てがう。


(そうだ…、僕は、十六女の『あの中』に……)


 とてつもない嫌悪感と憤り、悲しみが千尋の中で渦巻いた。


 が、その中でも合点が行った。


 なぜあんな夢を見たのか、と――。


「大丈夫?」


 ふ、と千尋の顔の左側に伸びた、白く細い手。


 被って、見えたのだ。

 その手が、あの遊びへと(いざな)う手に――。


 だから、

 咄嗟に叩くように払った。


 ぱしっ、と甲高く乾いた音で、意識がはっとする。


 千尋が面を持ち上げると、十六女が珍しく目を見開けていた。


「………、」


「…………、」



 突然の出来事に十六女の手は伸びきったまま、硬直している。

 そして、時が止まったかのような静寂が、千尋と彼女を重々しげに包んでいた。


 一拍の間があき、


 ベッドを囲うカーテンの向こう側から、こちらへと向かってくる足音が聞こえた。


「森川君、起きてますかー?」


 そう呼び掛けながら、シャッ、とカーテンが勢いよく開かれた。


 反射的に千尋はそこへ視線をやり、十六女は素早く硬直したままの手を引く。


来原(くるはら)先生、」


 十六女は、先程の妙な空気感を悟られないかのように、すぐさまそこにいた人物の名前を呼んだ。


 項まで伸びた黒髪、センターで分けた前髪を両耳にかけて、ぱりっとしたスーツパンツとワイシャツの上から白衣を纏った保険医――、来原真左(くるはらまさ)


 やや細めに整えられた眉ときりっとした目つきだが二重瞼で、彫りの深さもあり、一見、外国人にも見えるような端麗な容姿の男だ。


「おぉ、十六女さん。ずっと森川君のこと、看てくれてたんだ?」


「……森川くんを運んできたのは、私ですから」


 十六女は立ち上がり、無愛想に答えた。

 来原は、にっ、と笑って、


「十六女さん、眼鏡ない方が可愛いよ」


「……、」


 全くもって会話に関係のない世辞を突然言われ、それに気づいたのか定かではないが、十六女は、特に何を言い返すでもなく無言のまま、スカートのポケットから丸眼鏡を取り、掛けた。


 来原は愛想のない女生徒に嫌な顔をせず、後ろにいる千尋の方を見て、


「それで。森川君、体調はどう?」


「あ…はい、大丈夫です」


「そっかそっか、熱中症で倒れたって十六女さんから聞いてさ」


 来原の言葉に、千尋はほんの一瞬驚いたが、すぐに諦めがついた。


 相変わらず、澄ましたような表情で、教師まで丸め込む嫌な策士だ。最早言ったもの勝ちのような状況に千尋は、気持ちを切り替えるように少し息をつく。


「迷惑かけたみたいで、ごめんなさい」


 困った笑い顔を自然を装って作った。


 心にしまってあった『モノ』を無理やりこじ開けられた、と大声で叫んでやりたかったが――。


(完全な下僕だな……、僕は)


 こちらだけ向けている視線からの威圧が、それを言わせようとしない。


 来原は得意げに、お構いなく!、と言うと、


「こんな暑さだから、迷惑だとか思ってない。でも、十分気をつけてくれな。まだ退院して間もないんだし」


「あはは…、ありがとうございます」


 入院していた原因もその眼前で無表情に腰を落ち着かせている女生徒のせいだ、と口に出てしまいそうだが、千尋の声は勝手に感謝の意を示す。


 来原は、優しげな笑みを浮かべて、


「どうする?しばらく寝ていくか?」


「……平気です、教室に戻ります。十六女と一緒に」


 間が空いたのは、少しの迷いだった。


 それは、最後の言葉を言おうか言わまいかというものだった。


 しかし。


 結局ついてくるのだから、と先手を打つように答えた。今までのことを鑑みるに仕返しにも程遠いような千尋の小さい反抗心。


 無駄ではなかったようだ。十六女の表情を少し驚かせてやることが出来たのだから。


 だが、その反抗心は思いもよらず、


「そっか。仲良いんだな、二人共」


 来原の茶化したような何気ない言葉で、自らの心を、グサリ、と突き刺す結果となった――。





 .

めっちゃ久しぶりの投稿で、誤字脱字ありましたら、申し訳ないです!なるべくこちらで確認して改稿していきます…!

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