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青春リンチ  作者: えくぼ えみ
一章 『クラスメイト』
1/21

episode - 1 『森川 千尋』

※誤字脱字をなるべく控えるように努めていますがもしありましたら、お詫び申し上げます。また今後の作品の展開によりましては運営から指示を受けた場合、R18へ移行する可能性があります。

作者からの挨拶等は、後書きにて…。

 





 うだるような、暑さだった。

 普段より眩しく感じる太陽は、その陽射しでじりじりと肌を焼きつける。

 鼓膜がきんきんとするくらい、うるさく蝉が鳴いていた。彼らの鳴き声は、人間で言うところの絶叫なのかもしれない。

 体は冷房の利いている部屋に、ベランダには足を出して、一度に夏と涼しさを感じ、ついでに隣人のベランダにぶら下げられいるだろう風鈴の音を聞いて風物詩も耳で楽しむ。


「……アイス、食べたいな」


 ふと漏れた独り言。体は、暑さでそれのように溶けてしまいそうだ。

 炎天下、冷房、風鈴、ときたら次は口の中を満たすものが欲しくなる。スイカでもいいけど、塩をかけて食べる我が家。

 それが、どうも『彼』の味覚には合わないらしい。

 うまく例えられないけど、ムシが食べるような、青臭さがあった。あれが、もしかしたら『オトナの味』というやつなのかもしれない。


 うだうだ考えると、それでまた体が火照りそうだ。とりあえず、今はソーダ味のアイスキャンディーを頬張りたい気分。


 そんなことをぼんやりと考えていると、


 ガチャ、と。


 玄関の方で、鍵が開いた音がした。


「?」


 誰か帰ってきたのかと、後ろを振り返る。

 母さんが帰ってきた、と、てっきり『彼』は思ったのだ。


 その両目に、保育園の先生みたいなピンク色のエプロンが見えるまでは――。


 視線をあげると、ツヤツヤしてサラサラしてイイ匂いがする黒い髪を一つにまとめたいつもの綺麗な『お姉さん』が立っていた。


 とっても、優しそうな笑顔を浮かべて。


「こんにちは、チヒロくん」


 ぶわ、と生温い風が吹く。風速が緩やかで、むしろこの暑さの中で暖房の温風でも当てられているようだった。


 ついさっきまでうるさかったはずの、蝉が、徐々に鳴き声を小さくしていく。


「お姉さんと、遊ぼっか」


 その言葉に、一拍置いて黙って頷いた時。


 蝉の鳴き声が、突然止まり、


 『彼』は、ああ、死んだんだ。シンプルに、そう理解した。




 ※※※



 ポコ、とへんてこな音と共に頭に何かが軽く当たった。


 眠気に完敗した瞼をゆっくり開けながら、机に伏せた体を起こせば、


「授業中に居眠りなんて、珍しいわね?森川君」


「うわっ!」


 丸めた教科書で軽く叩き起こした女教師を見た瞬間、森川千尋≪モリカワ チヒロ≫は驚きのあまり飛びあがってしまった。


 そしてそのまま道連れになる形で椅子ごと後ろへと倒れ、ガタンッ、とそこそこ大きな音を立てる。


 直後、教室はちょっとした笑い声があがった。


「そこまで驚くこと?」


 さすがのリアクションに女教師も、おかしそうに半笑いして言うと、千尋は床にぶつけた後頭部をさすりながら、


「ごめんなさい、ははは……」


 苦笑しつつ立ち上がってそう謝罪した。


「まあ、いいわ。おもしろいリアクションも見れたことだし、席に着きなさい。でも残りの授業は居眠り禁止よー」


「はーい」


 気まずそうに返事するが、クラスメイトはちらほらまだ堪え笑いをしているようだ。


 千尋は『はいはい、授業に集中ー』という女教師の呼びかけの中、椅子を戻し席に着いた。


 すると、


「……はい、これ」


 前の席にいる丸眼鏡をかけた女子に、先ほど椅子で転倒した衝撃で落ちたと見られるシャーペンを差し出された。


 千尋は、少し気恥ずかしそうに、


「ああ…、ありがとう」


 と言いながら、それを受け取る。


 彼女は、軽く会釈しまた黒板の方を向いた。


 落ちた衝撃で、さっき出したばかりのシャーペンの芯が、やはり折れている。


 もったいないことをした、とここで一つ溜息が漏れる。仕方なく芯を出すためカチカチとノック部分を押していると、誰かの視線を感じて右斜め前方を見た。


 やっぱりだ、と言いたげにむすっと千尋は不機嫌になる。


 視線の先には、こちらを見てこっそりと親指を立ているクラスメイトの一人の男子。


 ニヤニヤと笑っているそいつに、千尋は『黒板見ろよ』と少しすねたように前方を指さす。


『わかったわかった』という感じで肩を軽く竦めて、そのクラスメイトは体勢を前に戻し授業に聞き耽るフリをした。


 千尋も、また頬杖をついて寝ていた間に記入していなかった黒板の文字をノートに書き写すために、シャーペンを走らせる。


 なぜか、深く、溜息をついて――。






「ほんと、早く終わんないかなー…この季節ー…」


 何もしたくなるような、暑さだ。殺人的なそれは、極端なまでに人のやる気を奪う。


 うーうーと唸る千尋は、黒板前にしか設置されていない扇風機に背を向けて涼んでいた。


「こんくらいの暑さで、なにヘバってんだよ~。夏はこれからだってのにさ」


 そう言ってだるそうにしている千尋の前で、暑さを物ともせずニカッと笑うのは、さっき椅子と共に倒れた千尋に向かってグッドサインをしたクラスメイト・高崎健吾だ。


 そんな高崎を見て、千尋は羨ましそうに少し笑った。


「健吾は、昔から夏が好きだな、ほんと。冬生まれなのに」


「冬生まれは、関係ねぇよ。冬生まれでも、冬は苦手だっつの。そん時はこたつが恋人だわ」


 高崎は、冬の寒さを思い出してなのか、首を横に振りながら辟易したように答える。

 そんな彼を見て、千尋は笑いながら、質問にした。


「夏は、何が恋人になるの」


「そりゃ、海だろ?アイスだろ?夏祭りだろ?あとカキ氷とか花火とか、夏に関連するもんは全部『彼女』みたいなもんだ」


「健吾、それは気が多すぎるよ」


 欲張りな高崎の答えに、千尋は一段と笑い声をあげた。


 すると、


「他のヤツも扇風機待ちだし、ちゃっちゃか昼飯食いに行こうぜ」


「ああ…、今日はどこで食べる?」


『もちろん、屋上だろ!』という高崎の言葉を聞きながら、千尋は扇風機の前から離れた。


 連日の猛暑、蝉の大きな鳴き声が至るところで聞こえた。きつい陽射しは、肌を溶かしてしまいそうだ。


 さすがに、この日中に屋上で昼食を食べれば、脳天から太陽熱を吸収し、たちまち熱中症だ。保健室行き待ったなしだろう。


 断念した千尋と高崎は、昼休みに開放されている図書室にいた。

 冷房も利いて涼しいが、この過ごしやすい中でも高崎は『サムイ…』と少し身震いはしていた。


 とんだ夏好きだな、と千尋は笑うしかない。


 高校に入学して、早二ヶ月が経とうとしていた六月下旬のある日。


 昼休みになれば、基本的に食堂や教室で昼食を取る学生が多いが、図書室や美術室や多目的室なども開放されてそこで昼食を済ませることも出来る。とは言っても、開放されるのは稀なことで、猛暑続きだったために熱中症で倒れる学生が多かったのだ。


 そのため、今回から気温が極端に高い時のみ冷房を利かせた部屋を用意するという処置が取られた。


 入学した時から、この高校は生徒に寛容な一面がある。もちろん最低限の校則を守らない生徒には注意や指導はするが、全体的に学校の雰囲気は三年間過ごすことを考えると十分に最適と言える。


 上級生も、人当たりが良く、部活等に関わらず何かと声をかけてくれる。たまに、不良のような生徒も見受けられたが、こちらから何かちょっかいをかけなければ、特に危害も加えられることもないし、見たところ他人には無関心で内輪で楽しんでいるだけといった感じだろうか。


 それに、だ。来月の月末からは、夏休みという学生ならではの楽しみがある。


 小中を共にした親友・高崎と、今年も夏休みの半分は遊び回ることが多そうだ。


 課題も休み内に終わらせられるといいけど、と少なからずの心配をしていると、


「最近、この辺物騒だなー…」


「ん?ああ…あのリンチ事件?」


 千尋の言ったそれに、高崎は口をもごもごとさせながらうんうんと頷く。


 二人が話題に出したのはこの近くで頻繁に起きている、通り魔事件のことだ。


 決まって時間は深夜、場所は繁華街より少し離れた人気のない路地や高架下などが多いらしい。襲われるのは、基本的に四、五人の少数でグループ行動をしている不良。最大で十人が一度に倒れているのが、発見されたこともあった。今のところ重傷人は多数いるが、死亡者は出ていない。


 報道番組によっては複数犯による傷害事件ともされているし、不良グループ同士の喧嘩とも見解されている。


「でも、正直この通り魔、カッコイイと思った」


「……健吾がそんなこと言うの、珍しいね」


「いや…まあ、集団なのか、単独なのかは分かんねぇけどさ。このボコボコにされた不良も、中には結構重犯罪者もいたらしいし…そう考えたら、こいつが正義のヒーロー!みたいに見えてもおかしくはねぇかなって」


 高崎は、ピシっとまるで戦隊もののヒーローのように決めポーズをしながら、そう言った。


 その言葉は、確かに一理ある。狙われた被害者の中には単なる不良だけではなく、実は覚せい剤の売人や傷害罪、暴行罪の常習犯や中には婦女に対しての強姦犯などもいたのだ。


 そのせいか、単独犯で犯罪者を滅多打ちにする正義のダークヒーロー的な扱いをしている報道もあった。


 そんな奴らを、言ってしまえば蹴散らしたのだから、その通り魔をヒーロー扱いするのは当然といえば当然だろう。


 しかし、


「だからって、良い人が狙われない保障なんてないと思うよ。もしかしたら、明日は僕たちが狙われるかもしれないし」


「そうだよな、そう言われると返す言葉がねぇよ。尚のことなら、千尋みてぇな細っこいチビとかは真っ先に狙われるだろうしなー」


「チビってなんだ、これでも一七〇cmちょっとはあるよ」


 小馬鹿にしたような高崎の言い分に、むすっとした顔で千尋が言い返す。


『それに』と続けて、


「まだ成長期だよ、これから伸びることもあるし。健吾は一八〇近くあるから、平均感覚が変なだけ」


「最悪身長のことを除いてもだ、気づいてないかもしれねぇけど。お前、かなり女子力高いぞ」


「は?なんだよそれ」


「この前の料理実習でホンモノの女子を凌駕するような包丁さばきしてたって、お前と同じ班の女子から聞いたぞ」


「料理できる男とか、そこら中にいるだろ。第一、僕のその女子力?とそれに何の関係が……」


「ああもう!分っかんねぇかな!?じゃあ今うちのクラスで女子共が『森川君ってウィッグとか被せたら女の子に見えなくない?』とか言ってんだよ」


 高崎のその言い分に、ますます頭の上でハテナが浮かぶ。

 最終的に、千尋は小首を傾げて、


「えっと……、それとさっきの通り魔に狙われる意味が分からないんだけど……」


「要するに、だ。お前は女に見えないこともないから通り魔に襲われないように気をつけろよってことだよ」


「……なんか、キモいよ健吾。ホモみたいだ」


「あのなぁ!俺は掘らねぇぞ!?女を貫く方だからな!?」


 高崎の怒っているような必死の即答が、ツボに見事にはまってしまったのか千尋は腹を抱えて笑い、『冗談だよ』と言って彼を宥めた。


 その後、図書室の委員に叱られたのは言うまでもないだろう。


 少し騒がしい図書室での、昼休み。

 その後、千尋と高崎はひそひそと小声になって、残りの時間を夏休みの予定を立てるため費やした――。


 



 ※※※



「んじゃ、また明後日。花火大会のことは、そっちに任せたからな」


「ああ、そのことは決まったらまたメールにでも送っておくよ。健吾も、三連休楽しんで」


「おう、じゃあな」


 日中ほどの暑さは去った。代わりに、むしむしとした熱気を帯びた少し涼しい風が吹く。


 熟れたオレンジのような太陽がゆっくりと沈んでいく夕暮れ。


 千尋は、スマートフォンをいじりながら帰路に着く健吾の背中を見送った。


 明日から三日間の、短いようで長い三連休。


 土、日、そして運よく月曜日にこの高校の創立記念日が当たり、祝日となった。創立何十周年を迎えることになるのか、本校の生徒でありながら千尋はそれを知らなかった。


 どうせ、こういうものはこの高校を卒業する三年生になる時にふと思い返すことなんだろう。その時までは、きっと些末なことでしかない。


 そう、些末なことだ。今日のことだって。


「……んー……」


 ガードレールを挟んだ道路には車も走っていない。千尋以外、人っ子一人いない歩道。


 千尋は、どこか足元の覚束ない足取りで、聞こえないくらいの小さな唸り声をあげた。

 眉間に軽くシワを寄せて、視線は少し俯き、表情は苦悶しているように見える。


 彼の脳裏には、昼間の出来事があった。教師に起こされるまで、見ていた『何か』の夢だ。


 目覚めた瞬間に、シャボン玉ように弾けて消えた夢。


 覚えていることと言えば、そう、今日のような猛暑の日のことだ。


 そのことを思い出そうとすると背中や首筋の毛穴から、ぶわっと嫌な脂汗が滲み出てくる。


 内容は、不明瞭。


 だが。


 妙にリアルで、生々しさだけが残る、気味の悪い夢だ。


「気分転換に、何か借りていこうかな」


 千尋は、頭を軽く左右に振って無理に思い出すことやめ、しっかりとした足取りで目的地を自宅からある場所へと変更した。


 住宅地を少し歩くと、比較的人通りの多い大通りに出る。先ほどとは変わって、ひきりなしに車も走っていた。


 昼間、話していたリンチ事件があったせいなのか、近頃は集団で登下校をする学生が多く見られた。それぞれの学校で口酸っぱく言われているようだが、学生側からしてみれば大して怖がっている様子もない。

 普段どおり、いつものメンバーで帰路に着き談笑する、といった具合だ。

 しかし通りすがる他校の女子グループの会話を耳で拾ってしまえば、


「あのリンチ事件さ……」


 という話。やはり、他の学生の間でも話題にはなるようだ。


 犯人は依然として目撃されておらず、被害にあった不良学生や成人からの発言も皆バラバラであったり、襲撃されたことが余程トラウマになったのか一切口を開かない者もいた。


 そんな調子なので当然捜査する警察は性別すら分からない、容疑者の目星もつかないお手上げ状態らしい。


 更に被害にあった者たちも犯罪者である場合が多かったため、警察はその余罪を追求したりなどで通り魔探しの人手が回らないとも言っている。


 警察側は、もしかしたらこの状況を利用して芋づる式に大勢の者を逮捕する考えなのでは、と千尋は邪推してしまう。


 しかし、千尋以外にもきっとそう考えている者はいないはずがない。


 それを公に報道関係者が指摘しないのは、やはりその通り魔がヒーローとして黙認しているからだろうか。


(嫌だな、今の『この』感じ……)


 犯罪は、許されるものではない。例え『犯罪者を狙った犯罪』であっても、だ。


 今、この瞬間をもってしても、その通り魔は世間様に持て囃され鼻高々にしているだろう。


 千尋は、そう思うと苦虫を噛み潰したかのような表情になってしまう。同時に、犯罪者を正当化しているようなこの世の中に関しての胸糞悪さもオプションでついてきて。


 そんな気分の悪くなるようなことが頭を巡っている内に、千尋はレンタルDVD店に到着していた。


 店内に入れば、冷蔵庫のようにキンキンに冷えている。さすがに利きすぎているせいなのか、思わず腕をさすってしまう。


 土日の休日を前に、家で過ごそうとしているのだろう家族連れやカップル、独り身のものまでちらほらといた。


「お、もう貸し出ししてるんだ……」


 つい二、三ヶ月前に公開されていたアニメーション映画がすでにDVDとブルーレイでレンタル開始されている。

 映画館で見よう見ようと思っていたが、勉強や新しい友達の交流などで時間がなく結局観に行けずにいた。


 この際だ、借りてしまおう。とこの作品の他のケースがカラになっていることも踏まえて、千尋は中身のDVDが入った透明のアクリルケースだけを取り出し、レジへと向かう――。






.


こんにちは、こんばんは。初めまして、「青春リンチ」を執筆しております、えくぼ えみ、です。


最後まで読んでいただいた方には、この場を借りて感謝を!ありがとうございました!

中には、私めの挨拶を先に見にいらしてくださった方もいると思います。

ぜひとも、とまでは言いませんが、お暇つぶしの相手に私めの小説のお相手をしてくだされば幸いです。


※これより先は2018/5/27 改稿しております!


作品は連載として書ける時になるべく執筆したいと思います。暇は持て余していますが、気乗りしない時が多々ありまして…なかなか筆が進まない所存です。




挨拶もこのあたりで、お仕舞いに――。

これからお読みになられる方はいってらっしゃいませ!

読み終えられた方はお疲れ様でした!


それでは、一章-Bパートで、またお会いしましょう。



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