表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

(つまり避けられなかった事なのさ)

水が垂れる音がする。

シャワーの所からか。

お互い妙に緊張してるのか静かで一言も発さない。

そりゃそうだ、一緒に湯船に浸かるのも久しぶりだし。

私は隣に座っている翔太(しょうた)の横顔を見る。

視線に気が付いたのか、恥ずかしそうにこちらを向いた。


「なんだよ……」


「んーん。

なんか、照れるね」


お互い浴槽の中で手を握る。

私は左手を翔太は右手を、絡ませるようにして手を繋いだ。


「それにしても、結婚まであっと言う間だったな」


「そうだよね。

付き合い始めたのが、一年前ぐらいだから結構早い方なのかな?」


「さぁ?

よくわからん」


翔太は、少しだけ笑った。

それに安心して、私も頬が緩む。

お湯は暖かいというよりぬるま湯なので、長く浸かることができる。


「なんかさー、気恥ずかしいね。

やっぱりコレだからかな?」


「コレ……?

あぁ、服の話。

艿菜(にな)が服着たまま入りたいっていうから」


「そうなんだけどさ。

照れる」


「今更何を……。

ま、ほら俺は飽きるほど艿菜の裸見てきたしな」


「あーあー!!

バカバカっ!

うるさいっ、やめろー」


翔太から顔をそらしてきっと赤くなっているだろう頬を見せないようにした。


「……むしろ…新鮮?」


「変態」


「変態変態大歓迎。

艿菜は変態と結婚してしまったんだ!

諦めろー!」


「きゃー!

襲われる!」


ふざけあって、ケラケラとお互い笑い合う。

はたから見たら、バカップルに見えるかもしれないけど、これが私の望んだ事なの。


「そうそう、ウララーとタカラからもらった花見たか?」


「花?」


一瞬なんのことか迷ったが、玄関に飾ったのを思い出した。


「あぁ、あれね。

いい選択したと思うわよ」


「俺もそう思った」


体が、ブルッと震えた。

やはりぬるま湯のせいか、体が冷えて寒くなってきた。

翔太は心配そうな顔をする。


「寒いか?

ほら、もうちょっと近づけよ。

こっちまだまだスペースあるしよ」


「ありがと」


二人が並んで入るには相当狭いはずの風呂だけれど、今はお互いの体温触れ合うぐらいでちょうどいい。


「翔太、あったかい」


「なんか照れるな…」


「ふふ、変な気持ちなった?」


「お前、それが狙いか」


翔太に軽く頭と頭をぶつけられる。

コチンと音がしたけれど、よほど優しくやってくれたのか痛みなど全然感じない。


「やっぱ、服より水着かな……」


「なんで?」


「シマシマが見える」


「シマシ……っなぁ!」


そこに目がいったのか……。

服は、濡れて体にくっつくし透けててブラの柄が見えてしまったようだ。

やっぱり、翔太は変態だ。


「もー、怒った」


「あ、ごめんごめん」


「ゆるさーん」


意地悪で言った私の言葉に翔太は本気で悩むように目を閉じてウンウンと唸りながら頭を揺らす。

そのたびに、緑のアホ毛がチロチロと動いてかわいい。


「あ、じゃあこれは?」


「どゔぇっ」


軽く、口に触れる程度のキスをすると翔太は頬を赤く染めた。

体の体温が上がっていくのがわかるが、決して暑くはないちょうどいいぐらいだ。


「バーカバーカ。

余計翔太の事、好きになったじゃん。バーカ」


「あはははっ。

バカップルみたいだな」


もうそれでいいよ。

心の中でそれを呟いてから、翔太に思いっきり寄り添った。








今日は、起こし蹴りもなく爽快に目覚める事が出来た。

足の短いテーブルの前にワイシャツ姿でウララーさんは座っていた。


「んー?

どうしたんですか?」


普段スーツなど、堅苦しい服はきないのに。

もしかして、昨日の格好のまま寝てしまってさきほど起きたのだろうか。


「とりあえず着替えろ」


「?

はーい」


着替え終わると、ウララーさんはすぐに立ち上がり顎で僕についてくるように言う。

よくわからないまま外に出ると、隣の隣の隣の部屋。

つまりニラさん達の部屋の前にパトカーと警察官、そしてアパートの住民達が玄関の前に集まっていた。

ウララーさんは近寄る事はなかった。

何があったのか、よくわからないまま僕は近くに居た弟者(おとじゃ)さんに尋ねる。


「何の騒ぎですか?」


胸騒ぎがする。


「これか……?

これはな……」


不安が体を襲う。


「仁科家の二人……つまり

翔太と艿菜が、自殺したんだ」


「ーーーーは?」


思いもよらない言葉にポカンと口を開けて、マヌケな声を出す。

弟者さんは少し考えるように腕を組んでからもう一度言った。


「風呂場で、二人で手首を切って」


自殺?

昨日結婚したばかりなのに?

周りを見ると、レモナさんが静かに泣いていた。

他の皆は、ただ苦痛そうに眉をよせて部屋の玄関を見ていたり、どこか違う場所を見て、無表情でいたり。

あまりにも、突然で僕には涙も現実感も無く、ただ弟者さんの言葉が頭の中をグルグルと回っていた。







ペタペタと、コンクリートの地面をシューズで踏みしめて近づいてきた。


(やっぱり……としか言いようが無

よね)


シーンが、相変わらずの無表情の中に少し悲しみを含めたような顔をしていた。


「そうだな。

やはり、俺の送った花は正解だったな」


(……『スノードロップ』だっけ?

まさか君が花言葉なんていう、ロマンチックな物を知ってるとはね)


ニラと艿菜の遺体はすでに運び終えていて、あとは葬式をするだけになってしまった。

家主のいなくなった部屋は生活感を残したまま、さみしそうにしている。


(……確か…花言葉は)


「“あなたの死を望みます”だ」


シーンは、静かに目をつむった。

警察の奴らで、おそらく三人ぐらいが涙ぐみながらも、仕事をテキパキとこなしている。

ニラの仲の良かった奴らなのだろうか。


(……でも、ココはそれが目的だからね。

仕方が無いよ)


「……本来なら、警察をわざわざ連れて来なくても良かったんだが……」


(君が呼んだのかい?)


驚きの眼差しを俺に向ける。

俺は腕を組んだまま、部屋の方向を睨むようにして見ていた。


(珍しいこともあるものだね)


「世話になったからな」


俺はいつか聞かされるなんでのために考えていた。

おそらく、タカラは家に帰ったら泣きながらなんでと言うのだろう。

俺は、何て言えばいいのか。


(……君の性格が丸くなったのは、わかったよ。

それは、彼が来たからなのか、それとも君が改心したかどうか)


思考を中断させられた、シーンの顔を見る。

そして俺は自嘲気味に笑うと、言葉を吐き捨てた。


「何が悲しくて改心しなきゃいけねぇんだよ」


少し考えたような顔をシーンはしたが、やがて諦めたのかため息をついた。


(そこは……変わらないんだね)


そして、俺のそばから離れると自分の部屋に入っていった。

しばらく、ニラ達の部屋を見ていたが、何か他の事が起きる様子もないので俺は部屋に戻った。







なんなんだよ。

俺はつくづく神に嫌われてんだな。

事情聴取を終えると俺は、パトカーに背中を預けた。

みんな離れていく。

ニラは自殺しやがるし。

姉貴は行方不明だし。

ロリコンバカはどっかに逃亡しやがったし。

元お嬢様はたまに連絡くれるけど、ロリコンバカについていくし。

本当、嫌になるわ。


「おい、アヒャ」


「……ヒャ?」


ネーノさんとフーンさんが俺のそばに立っていた。

あのアパートから離れて今は警察署前にいる。

いくらなんでも住民の前じゃ泣けない。

警察署の前で泣くのもあれだが。


「ほれ」


少し腫れぼったい目をしたフーンさんが俺に缶コーヒーを渡す。

缶コーヒーを受け取ると、二人の顔を見比べた。

二人とも、泣いたような後がついている。

おそらく俺もだろうが。


「……サンキューです」


「タイミング……悪いんじゃネーノ?」


「本当。

あの脱獄犯も捕まえなきゃいけない時に限って……」


二人は、悔しそうな声で呟く。

もしかしたら、俺を元気づけようとしてるのかもしれない。


「アヒャはさ、ニラとペアだったから……余計…だよな」


フーンさんが、しどろもどろに言う。

慰める言葉が見つからないのだろうか。

俺は目をつぶり、目頭が熱くなってきたのをこらえると、震えそうな声を抑えて二人に言う。


「泣きはらしたお二人に言われたくないっすよ」


無理やりに、笑顔を作って。

頬が引きつっている気がする。

無理やりでも、二人は俺につられるように苦笑いをした。


「まぁ……。

遺書を残してくれなかったのが、唯一の救いだったな」


フーンさんは地面を向いたまま誰に言うわけでもなく呟いた。

会話をする気にもなれない、というのがおそらくみんなの考えだろう。

しかし、腐っても俺たちは警察だ。

ニラの自殺なんて、紙一枚にも報道されない。

こんな小さな事でウジウジしていると、仕事に支障が出てしまう。


「切り替え……無理ですよ」


鼻の奥がつぅんとなり、目頭が熱くなる。







テーブルに思いっきり両手を付いてタカラは、眉をひそめた。


「どういう事なんですか。

仕方がないって!」


俺とシーンは、目を合わせた。

タカラ一人を向かい側にして、俺とシーンが隣同士に座っている。


「ニラさん達が死ぬのが、仕方がないって……」


大丈夫。

最初から、分かっていたんだ。

普段ならば、ただ吐き捨てて終わりだったのに、なぜかこいつに説明しようとすると言葉が出なくなる。

喉の奥がキュっと閉められて、苦しい。


(……。

言葉が悪かったね。

彼らは、自殺という道を選んだんだ。

僕らには、これ以上何も出来ないし、例え過去に戻ったとしても何も変えられない。

彼らの意思はそうとうな物だったと思うよ)


シーンは、言葉を慎重に選んだつもりなのだろうか。

しどろもどろに話す。

タカラの目からボロボロと涙がこぼれていく。

「……っでも…」


「別に、俺らだってニラたちがいなくなって嬉しいわけじゃない。

むしろ辛いさ。

だけどな……」


「だけどなんなんですかっ!!」


「っ……だけど…」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ