「俺は違うぞ」「別にこっち側に来てもいいのよ」
白いウェディングドレスを纏った艿菜。
黒いタキシード姿でぎこちない動きで艿菜のベールをまくしあげ、顔を出させる仁科。
協会は借りているが、牧師はおらず江子田さんが躍動感も無く、書いてある文字を喋る。
いいところなのに、隣で爆睡しているウララーの横腹を肘でつつくと特に慌てる様子も無く、眠そうに赤色の目をこすりながら起きる。
タカラ君が起こしてくれればいいんだけど……集中しちゃってるし。
「誓いますか」
「「誓います」」
江子田さんは躍動感がなさすぎて、適当なのかと勘違いしてしまうほどだ。
「じゃあ、誓いのキスを」
じゃあ、って……。
ムードも何もないじゃない。
仁科と艿菜は、顔を見合わせて照れたようにしてキスをした。
「ほんっと!
ムードが無いわよ!」
結婚披露宴の中、黙々とご飯を食べる江子田さんに怒る。
しかし、私の方を見ることも無くご飯を眺める。
「貸し切りとかの……お金は払った」
「あーっ、もう!!
話にならないわ!」
私は江子田さんのそばを離れて先ほどまで集中して見ていたタカラ君のそばに近寄る。
「あ、レモナさん」
「げっ……」
ウララーの嫌そうな声を聞いて、私は後ろから首に腕を回して、締め上げた。
「いでででででででででで!」
「あーら。
げっ、はないんじゃない?」
「わかった!
わかったから」
あまり締めすぎて死んでもらっても困るため、腕を離した。
レモナさんとウララーさんがじゃれていると、にいつのまにかレモナさんの隣にニラさんが立っていた。
グラスを持っているところから、乾杯をしに来たのだろう。
普通はこちらが行くのに。
「三人とも来てくれてありがとなー。
ほい、乾杯」
「んー」
ウララーさんは、めんどくさそうに右手で乾杯をする。
「おめでとうございます」
「さんきゅ」
ニラさん達のの結婚式は凄く綺麗でこちらも嬉しくなってしまった。
レモナさんは、先に済ませたのか見ているだけだ。
「あ、そうそう。
ニラさん。
今日は結婚祝いみたいなの持ってきたんですよ」
「お!
まじか!」
「はい!
これ、ウララーさんが選んだんですよ」
僕は紙袋から花を取り出しニラさんの前に突きつける。
笑顔のままニラさんは受け取ると、首をかしげた。
「これなんて花だ?」
「えっと……す…スノー…」
「『スノードロップ』だ」
「そうです!」
野菜を口に含めながらウララーさんは言う。
ニラさんは、笑顔を消して驚いたような顔をする。
そして、ウララーさんを見る。
アイコンタクトかどうか知らないがお互い目があったまま動かなかった。
先に動いたのはニラさんだ。
「ありがとな」
今にも泣きそうな柔らかい笑みを浮かべる。
ウララーさんは少し目を見開いたが、すぐに顔をそらした。
何があるのか知らないけど、ニラさんは喜んでくれたようだ。
席に座ろうとすると、レモナさんに腕をいきなり引かれた。
そして、少し離れた誰もいない席に座らせられた。
「少し、二人だけにさせといたら?」
「?
どういう関係ですか!?」
「……タカラ君が想像している関係ではないと、はっきり言えるわね」
恐ろしい考えをレモナさんに否定されて助かった。
二人でしばらく話していると、ニラさんの会社の人達が近づいてきた。
誰だったか、名前は忘れてしまったけど。
赤い人が二人組で口喧嘩をしている人達を仲裁しながら、こちらに来た。
「えっと……」
「もう忘れたのかよ。
アヒャさんだよ」
「あ、ニラさん」
ウララーさんと話を終えたのか、ニコニコ顔で近づいてくる。
アヒャさんはニラさんの首に左腕を回してじゃれはじめる。
「んだよてめぇ!
俺より先に結婚しやがってよー!
ったくよー、俺の友達も結婚しやがるし」
「え、友達居たんですか」
「ニラ、バカにするなよ」
アヒャさんは、右脚を回してニラさんの腹部を軽く蹴る。
ニラさんは、軽く呻き声をあげてタキシード姿のまま崩れ落ちた。
「おーい、大丈夫かー」
「アヒャが蹴りすぎなんじゃネーノ?」
見知らぬ二人が呆れたように言う。
レモナさんと、僕は完全に置いてけぼりだ。
「うーん……ついてけないですね」
「そうねぇ」
「お、ねぇちゃんねぇちゃん」
ニラさんに飽きたのかアヒャさんが、にやにや顔でレモナさんに話しかける。
「なぁに?」
「お前、男がっ」
喋り終わる前に物凄い速さでレモナさんの蹴りがアヒャさんのみぞおちにはいる。
アヒャさんは、ニラさんの隣に崩れ落ちると手をパタパタと動かせて痛みに耐えている。
「初対面でそれは失礼よ。
だから、彼女が出来ないのよ」
レモナさんはアヒャさんの目の前に仁王立ちをする。
アヒャさんは、多少の冷や汗をかきながら、上を向いた。
「あっ、水玉っ」
また、いけない発言をしたためレモナさんに頭を踏まれる。
ヒールで無かったのが唯一の救いなのだろうか。
そして、レモナさんは離れると僕の後ろに隠れた。
「タカラ君!
あいつ、変態よっ」
「え……僕に来るんですか?」
アヒャさんは、上半身だけを起こし体を両腕で支えていたが辛いのか腕がプルプル震えている。
それとも、頭を潰された後遺症か。
「お前よぉ……ありありだな」
「よくわかったわね。
お金が貯まったら性別適合手術をするつもりなのよ。
てか、あんたそういう言葉わかんならそっち系にいったら?」
レモナさんは、完全にアヒャさんを嫌ってるのか僕の後ろで怒ったような口調で吐き捨てる。
「いや、そういう趣味はねぇ。
友達にロリコンはいたがな」
よいしょ、と頭をかきながらアヒャさんは立ち上がる。
ニラさんもいつのまにか立ち上がっていてホコリをはらっていた。
「うまくいけば、ネコになれるかもね」
「それだけは、死んでも嫌だね。
てか、俺男好きじゃねぇし」
ネコだとか、なんだとか僕の耳に聞きなれない言葉が入る。
「あのー……ネコとか、ありなんとかって……」
「あぁ、それか?
ありありっつーのはな、要するに胸もあって、アッチもある奴の事だよ」
「……はぁ」
「で、ネコっつーのはまぁ……ほら……、犯られるほうだ」
聞かなければよかった。
今更ながら後悔に押し寄せられる。
僕は、この場所から逃げるようにウララーさんの元へ走った。
「ウララーさーん、助けて下さい!!」
「抱きつくな、キモい、死ね」
「酷いっ」
ウララーさんに引き剥がされると、僕は目頭をこすった。
「いやぁ、浦山君は両方いけそうだな」
「ていうか、私ウララーだったら両方いけるわよ」
変態の二人が僕の後ろから声を出す。
変なところで気があったのか、どうなのか二人は仲が良くなったようだ。
仲良きことは悲しきかな……。
さっきのレモナさんじゃ、ないけどウララーさんの後ろに隠れた。
「薄い本書いてやろうか」
「お前ら酔ってるのか」
「なんなら、今日私の部屋くる?」
「死ね」
そうやってあしらえるウララーさんが羨ましいです……。
時計を見るとすでに夜の九時ほどになっていた。
結婚式が始まってから、五時間も経過してたのか。
披露宴では、アパートの住民全員がいるが、僕らのところに近づく様子はない。
「そろそろお開きにするけど……今日から明日の朝まで二人きりにさせてくれよ?」
ニラさんが、苦笑いをしながら僕らに言う。
「大丈夫だ。
みんなわかってるだろ」
「ニラ……お前……。
脱魔法使いか?」
「まるで、僕が卒業してないみたいな言い方やめてください」
「してるのか!?」
アヒャさんは、かなりのショックを受けているようだ。
とりあえずのところ、二人の結婚は良い方向で終わったのだろう。
明日から二人は夫婦なのか。
そう言う風に考えるとなんだから楽しみになってしまう。
また明日、二人をからかおう。
楽しそうにみんなで会話をしているニラさんと、別の所で他の人と話している姉さんを僕は交互に見つめた。