「「流石だよな、俺ら」」
「あーー。仕事ねぇな」
「無いですね。仕事」
俺とタカラは片付いた床の上に寝そべっていた。
床が見えたなんて、何年ぶりだろうか。
ココに済んでから早四年。
久しぶりに床を見た。
「両隣の号室に挨拶行ったか?」
タカラは上半身だけ起き上がると、不快そうな顔をする。
「え、なんですかそれ」
「行ったほうがいいぞ」
「え、え、ウララーさんついて来てくれないんですか?」
「なんで、俺が行かなきゃならないんだよ……」
タカラが目を潤ませるが、俺はそれに屈せず睨み返した。
「うぅ……僕だって…」
「…く…だ、ダメだ。
俺だって会いたくない奴もいるんだから!」
「じゃ、じゃあ好きなものあげますから!!」
好きなものという言葉に俺の耳は反応した。
なんだかんだ説得され、俺は一○三号室…以前勘違いをされた部屋の前に居る。
「じゃ…じゃあ、押しますね」
「おう」
インターホンを鳴らす。
それにしても意外だ。
知らない人にバンバン話すくせに自称人見知りだなんて。
そんなのは人見知りに入らない。
そういえば、人見知りと言えば古田も人見知りだな。
まあ、なんとかなるだろ。
そんなことを考えているうちに、ドアが開いて、気まずそうに古田がドアの隙間からのぞく。
「あ、あの…」
……レモナも俺がこうやった時、こんな気持ちだったのだろうか。
すんげぇ、めんどくせぇ。
俺はレモナがそうしたように、ドアの隙間に手を入れてこじ開けた。
流石に耳を掴むほど俺は酷くない。
運良く、チェーンはかかっていなかったので古田より力のある俺が当然勝った。
ドアをこじ開けると、俺とタカラは古田の家に無理やり侵入する。
部屋はこぎれいで、男のくせに…と思う。
「おい、古田あいつの話聞け。
あと、酒だ、酒よこせ」
(……やれやれ、人の家に勝手に侵入してきて酒かい…。
たまには、僕の進めるお茶は…)
「酒だよ。酒」
(……昼間だよ。
一杯だけね)
古田から、酒をもらうとプルタブを開けて一口飲む。
酒と言っても、古田はビールや日本酒などを飲まないからサワーしか無いのだが。
「あの…初めまして。
隣に住むことになりました、宝木康介です。タカラでお願いします」
(あぁ。どうも…。僕は古田詞陰です)
ぺこりとお互いお辞儀をする。
タカラは古田の顔を見てまたあだ名を考えているのか、ずっと凝視している。
「お茶……はっ!!
シーンさんってどうですか!?」
(なんでも構わないけど。君、本当にあだ名つけるの好きだね。
沢野さんとか、新橋さんとか、浦山さんにもつけたんでしょ?)
「あははっ。
実は小さい頃から、これは趣味なんですよ。
あ、あとみんなあだ名で呼んで下さいね!」
(はいはい。
わかってるよ)
シーンは、そう言うと湯のみに口をつけた。
タカラも飲もうと口をつけたが、熱かったのか、顔を離して小さく舌を出している。
火傷したんだな…。
あっという間に、俺の手元にある缶の中身が無くなった。
「おい。シーン」
(無いよ)
「ケチ」
聞くまでもなく、即答されてしまった。
しょうがない、これから行く流石兄弟に酒を貰うか。
あいつらなら、飲むの好きだしいっぱいあるだろう。
「そろそろ、次行くぞ」
「一○五号室ですか?」
「あぁ。
シーン邪魔したな」
(次は自腹でお酒持ってきてね)
シーンの言葉を無視して、俺は部屋を出る。
外に出ると、雪が降っていた。
どうりで今日は寒いわけだ。
隣を見ると、子供のようにキラキラと目を輝かせていた。
「わー!雪ですね」
「…だな」
寒いのが苦手な俺は早歩きで一○五号室へ向かう。
タカラはゆっくりと歩いてくるので待っているのが辛くなり、先にインターホンを押す。
数秒もしない間に、一人の男が出てきた。
兄弟揃って同じ顔をしているから、一瞬だけ迷うが、今回のは青の毛色…つまり、兄の方が居た。
「ん?ウララー。どうした?」
「……そのあだ名…ここまで浸透してるんだな」
「まぁな。面白がって弟者も言ってるぞ」
「うぇ…」
二人で話していると、やっと俺の隣に来たタカラがお辞儀をした。
「どうも。隣に住むことになりました、宝木康介です。タカラって呼んで下さい」
「ん…?あぁ。初めまして。
俺は流石兄者だ」
「ま、寒いし家に入れろよ」
「いいぞ」
俺よりも格段に背の高い兄者の後ろについて、部屋に入ろうとするとタカラに後ろの襟を掴まれて、その場に止まった。
「……なんだよ」
「兄者さんって、本名ですか?」
「………違うんじゃないか?
でも、そっちの方が呼びやすいだろ?」
「ふーん…」
体を捻り、タカラの手から逃れると俺は部屋に入った。
暖房がついているのか、部屋の空気はモワモワと熱気がこもっているが、外から来た俺らにとってはちょうど良い暖かさだ。
「おぉ。ウララー。どうした?」
「てめぇら、似たような反応してくるよな」
緑の毛色で、兄より身長の高い弟者の方が話しかけてきた。
「あ、初めまして。僕は宝木康介です。タカラって呼んで下さい」
「ん、おう。俺は流石弟者だ。
お前も探偵やるのか?」
「そうです!」
弟者とタカラで話が盛り上がっている中、台所に居る兄者に俺は話かけた。
「兄者ー。酒ー」
「まじかよ。
どうせなら、今日夕飯も食べてくか?」
「お!?いいのか?」
「どうせまた、沢野の家に転がるんだろ?」
図星なため、目を軽くそらした。
兄者は、一升瓶を持って来て俺の前に差し出した。
「みんなで、飲もうぜ」
兄者が楽しみにしているように、笑う。
みんなそれぞれ、コップを持つとそこに酒を入れる。
酒を飲んで何十分すぎた頃には、兄者が出来上がって居た。
「タカラー。お前ーもっとのめよー」
「えぇ!?僕お酒苦手なんですよ」
兄者は、ゴロゴロとカーペットの上で転がっている。
弟者の方といえば、すでに夕飯の準備に取り掛かっている。
兄者の事はタカラに任せて、俺は台所やに居る弟者のところに行く。
「なぁ、弟者」
「……お前、酒強いな」
「いつもの事だろ。
……そうじゃなくてよ」
フライパンで野菜を炒めているとこらから、野菜炒めだろうか。
胡椒の匂いがする。
「なんだよ…」
「あいつ……なんだと思う?」
「さぁな」
「ここの場所を知ってる奴は、ほとんどいないし、このアパートに住んでる奴の紹介が無いとこれねぇじゃねぇか。
そもそも、このアパート自体の法則が違うじゃねぇか」
皿を四枚だすと、そこに炒めた野菜を盛り付ける。
俺はそんな様子を眺めながら弟者の返答を待つ。
「……そうだな。
でも、ココに来れたんなら俺らと変わらないんじゃないか」
「……」
弟者の回答に腑に落ちないまま、俺は腕を上げる組み、考える。
「おい。ウララー。
これ、運んでくれ。兄者寝てるか?」
「あぁ。了解。兄者起きてるけど寝かせた方がいいと思うぞ」
皿を両手に一枚づつもって、運ぶと先ほどまで飲んでいた二人はカーペットに横になり、死んでいた。
「……」
テーブルにとりあえず、皿を置いてから辺りを見回すとなんとなく、こうなった理由が、推測された。
おそらく、酔った兄者がタカラに無理やり飲ませたのだろう。
酒がこぼれている。
「おーい。
弟者ーこいつら、死んでる」
「じゃあ、とどめでもさしておけ」
いや、死んでるんだって。
一升瓶の中身を見ても、酒は入っていない。
ためしに、ひっくり返してみるが一滴もこぼれない。
あいつら、全部のみやがったな…。
ストーブを消して、空気入れ替えのため、窓を開けると冷たい空気がブワッと入ってきた。
雪はまだまだ止みそうにもない。