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「嫌なアパートなんじゃネーノ?」

ニラが死んだアパートの管理人の江子田(えごた)という人物が死んだらしい。


「死因は刃物だな。

寝起きで顔を洗おうとした時背後から、ざくりと……ってところだな」


フーンさんがため息をつきながら言う。

それもそうだ、このアパートで警察が出たのは二回目なのだから。


「おい、フーン。

こればっかりは事情聴取をした方がいいと思うんじゃネーノ?」


「そうだな。

アヒャ悪いが一○四号室まで行ってくれ」


「あぁ、いいぞ」


二人を背にして俺は一○二号室に向かった。

インターホンを押すと、明らかに嫌そうな顔で緑の毛色のにやけ顔が出てくる。


「……またあなたですか。

もう事情聴取はめんどくさいんですけど」


「以前しましたっけ?」


大きなため息をつかれる。

んな事を言われてもこちらとら、何十人もしてるから記憶にあるわけが無い。


「ほら、十年前のお嬢様誘拐事件+連続殺人事件の事で」


「あぁ、あれか」


ふと、あのロリコン野郎を思い出す。

そういえば最近連絡をとっていないな。

どこかで、野垂れ死してないといいのだが。


「……さん。……じ…ん。

刑事さん。刑事さん!」


「あ、あぁ。

ボーッとしてました」


「全く、さっさと終わらせて下さい」


腕を組んでため息をつく。

昔はため息をつくと幸せが逃げると言う事をよく言っていたが、今になって思うとマイナス的だからだろう。

……自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。

少しの考えでさえ、ボギャブラリーが少ないためまとめられない。

しかし、歳をとるとどうもため息が多くなってしまう。


「はぁ……。

戻りてぇ……」


「何言ってるんですか」


「あ」


不信感むき出しの目で俺を見てくる。

ついつい、考えが口に出てしまったようだ。


「いや、申し訳ない。

変な事を言いました」


「……。

どこに戻りたいのか、どの世代に戻りたいのかしりませんが、バカな事は考えちゃダメですよ」


「……そこまでバカじゃありませんて」







夕方の空に吐いた息が白く登っていく。

履き慣れているシューズだけれど、もともと走るのが苦手だから、走り方がいまいちうまくいかない。


「ハァっ……ハァっ」


ずっと走り続けているからか、汗が垂れてきて、マフラーやコートが邪魔になる。

右手にはすでにはずしたマフラーを握っている。

さすがにコートまでは無理だ。

疲れて重くなった足を無理やり運んでようやく目的地に辿り着いた。


「ハァっ……ハッ…つ……いた」


その場で深呼吸をすると暑くなった喉に冷たい空気が入ってきて、むせ返りそうになる。

しばらくその場に立ち止まっているとだんだんと体が冷えてきた。


「……よしっ」


赤いマフラーを首に巻くと、病院に足を踏み入れた。





空が茜色に染まった頃だった。

ふいにインターホンが鳴った。

玄関に向かい、ドアを開けると俺と同じくらいの背丈の男と腕を組んでワンピースのくせに仁王立ちをしている若そうな女。

どちらも見知らぬ人だ。


「探偵であってるか?」


「あぁ。客か。

入っていいぞ」


「おじゃましまーっす!」


「散らかってるが気にしないでくれ」


女の顔があからさまに不機嫌になっている。

部屋に着くと、タカラが布団の上でゴロゴロと横になっていた。


「客だ」


「へっ!?

ちょっ!ちょっと待って下さい!」


慌てた口調で部屋の整理を始めたため、俺らは入ることができず廊下で待っていることになった。


「と、いうわけで待っててくれ」


「あぁ、大丈夫だ」


俺に聞こえないと思っているのか、後ろにいる二人がコソコソと話し始める。


「あのさ……ココ本当に大丈夫?」


「さぁ?

俺に言われてもなぁ」


「やっぱさ、たまたまあったチラシを見て来るのはまずかったんじゃない?」


ココ廊下だから。

狭いから。

聞こえてるから。

とは言えず、俺はなるべくそちらに気を向かないように気をつけた。


「おまたせしました。

もう大丈夫ですよ」


部屋に入ると物がほとんど整理されていて、珍しく床が見える。

こいつもできるもんだな、と思いながら二人を座らせ、俺とタカラは向かい側に座った。


「あ、僕タカラって言います。

でこっちはウラ」


「俺は浦山(うらやま)だ」


「なんで遮るんですか」


「そのあだ名で呼ばれたかねぇからだ」


不服そうに、タカラは口を尖らせる。


「あ、私は神島椎華(かみじましぃか)

でこっちが」


「俺は茂倮野賢一(もらのけんいち)だ」


ぺこりと二人がお辞儀をする。

二人とも聞いた事のある名前だ。

どこで聞いた事があるんだ?


「かみじま……神島……。

あっ!!」


隣にいるタカラが大きな声で叫ぶ。


「も…もももももしかして!!

あ、あの神島家の長女さんの方ですかっ!?

あれ?でも、今誘拐されてて……いるはずないですし…」


「そーそー。

で、こっちが誘拐犯と殺人犯」


神島は笑顔でモラノを指す。

モラノはさほど興味がないかのように、あくびをした。


「さつじっ!?

……まじですか?」


「まじだよ」


愛想笑いを浮かべることも無く、たんたんと答える。


「なんだか、タカラ君って面白いね」


「そうですかね?」


この二人は波長があうのか、話が終わりそうにもない。

仕方がなく、モラノに依頼の内容を聞く。


「で、依頼の内容はなんですか?」


「あぁ」





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