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「のんでものまれるなっ」(僕が一番君に言いたい事だよ)

「ねぇ、市矢(いちや)さん」


「……」


「僕、市矢さんの事が好きなんだ。

今まで友達として過ごしてきたけど僕はーー」


「……ごめん。

僕、君の事は友達として好きだけれど恋愛感情は持てないよ」


「……そっ…か」







目を覚ました時、時間は五時半を指していた。

眠い目をこすり、布団にまるまる。

隣では、タカラが幸せそうに寝ている。

携帯を開いてメールをチェックする。

すると、江子田(えごた)からメールが来ていた。

開いて見ると簡潔に『葬儀のようい』と書いてあった。

俺は返信をせず、携帯をテーブルの上に乗せてから横で爆睡しているタカラを蹴って起こす。


「うぎゃっ!

………な…なんですか…」


「スーツに着替えろ」


「スー……!!」


いきなりの事だが、タカラは理解したようで、引きつったような顔になった。


「……誰ですか?」


「俺はわからないが……時期的におそらくレモナか、葉地野(はちの)だな」


タカラが息を飲むような気配がする。






葬儀を終えると、俺とタカラはシーンのそばに近寄る。

タカラは対して接点がなかったせいか、今度は泣きそうな顔をしていない。


「なんで、自殺なんて……?

葉地野さん」


誰に言うこともなく、タカラは呟く。

発見されたのは、今日の朝方四時二十二分、街の中の高いビルの下に頭からいろんな物を垂れ流し、血が辺り一面に飛び散っていた。

体の骨は肋骨を中心に幾つか折れていて、まさしく見るも無残な姿というわけだ。

落ちた時、頭から落ちたのでおそらく痛みは無かったのだろう。


(時期的にそうかな、と思っていたけど……)


「そうだな」


俺は腕を組んだまま、笑顔の遺影を眺めた。


「あの……」


「ん?」


声をかけて来たのは、俺よりも少し背の低い金色の髪の毛をした男がいた。

一目みてわかる。

こいつが、葉地野が好きだった〈人間〉とのハーフの男。

市矢とか言ったかな。


「葉地野……の同じアパートの人…ですか?」


「あぁ」


「あ、僕葉地野と友達の市矢です。

あの……いきなりなんですけど…葉地野が逝ってしまった理由って……。

聞いてたり…しますか?」


市矢は今にも泣きそうな顔で俺に言う。

確かにぱっと見女のように見えなくもない。

顔つきが女に近い。


「さぁ。

俺は何も聞いてないな」


シーンとタカラを見ても、二人とも首を小さく振る。

その様子を見て市矢は、また一段と泣き出しそうな顔をする。


「もしかしたら…僕のせいかもしれな……いんです。

僕が……葉地野を……あいつを否定したから…」


「大丈夫ですよ。

葉地野さんは、絶対に恨んだりしません。

だから、貴方は変なことを考えないで下さい」


思わず俺はタカラを見る。

住人が減ってしまったのだから、増えた方が何倍もいいと思うのだが、タカラの考えは違うのだろう。


(君もそろそろいなくなってもいい時期だろ?)


「俺は最後まで残るんだよ。

お前はどうなんだよ」


(僕かい?

僕は、とりあえず三十をこえるまではココに残るさ)


「ふぅん」


市矢は涙目のまま俺たちのそばを早足に去って行った。

あいつは、死んだ理由を知っていたのだろうか。


「おい、タカラ」


「はい?」


「住人は増やした方がいいぞ」


「……ダメですよ。

死んでもいい人なんていないんですから」


後半に行くにつれ声が小さくなる。

俺はタカラのその判断が正しいものだとは到底思えないが、何かあれば江子田が連れてくるだろう。






葬儀が終わったが、通夜は行わない。

元々、端っこで死ぬはずだったのだから葬式をしてもらえるだけいいと思うよ。

僕だって、通夜どころか葬式などあげて欲しくないからね。

窓の外では雨が本降りになっている。

これじゃ洗濯物が乾かないな、と呑気に考えながら僕と同じく外を眺めているタカラを横目で見る。


(君)


タカラはきょとんとした顔で自分を指差す。


「僕ですか?」


(当たり前だろう。

あそこで人の酒を飲んでいる奴なんな呼ばないさ)


顎でウララーの事を指す。

ウララーは、ちょっと前に人の家の冷蔵庫の中を漁ってビールや酒を根こそぎとったあげく、今は一人で飲んでいる。


(流石にここまで潔いと怒る気力すらも無くなるよね)


「あははは……」


タカラは僕の発言に苦笑いを浮かべる。

気をつかわせただろうか。


(君に聞きたい事があってね)


「なんですか?」


首をかしげる。

わざとらしい動作に聞く気が失せてしまうが、それがタカラの思わくなのかもしれない。


(君がこのアパートに来る前はどこに居たんだい?)


「ここに……来る前ですか…」


なんとなく項垂れたような口調で耳を垂らす。

横目でウララーを見ると、顔を少しだけ赤くしながらタカラを見ていた。


「……別に、孤児院にいただけですよ。

親に子供の頃捨てられたんで」


タカラは顔をそらして、外を眺めながら言う。

どちらにせよ、彼がここに来た理由がまだわからない。


(そうかい)


しかし、好奇心からだとしてもこれ以上聞くのはお互いによくない事だ。


「シーンさんは、なんで来たんですか?」


(僕かい?

僕は……)


一瞬で、過去の事が脳内に物凄いスピードで浮かび上がる。

冷や汗が浮かびかけたが、過去の事だと自分の中に片付けて僕はタカラの目を見た。


(なに、実に平凡な話さ。

子供の頃からいじめられっこでね。

よく、喋る事を封じられてたから、今では普通に喋るのは苦手でね)


僕は肩を竦める。

つい焦ってしまい、他の事まで喋ってしまった自分に呆れてしまう。


「そうだったんですか。

やっぱり、僕の辛さは軽い方なんですよね……」


顔をガックリと下にむけ、独り言のように呟く、僕が何か言おうとすると缶をテーブルに置く少し大きな音がする。


「それは、違うだろ」


「え?」


先ほどまで空気のようにひたすら酒を飲んでいたウララーだったが、飲むのをやめて、タカラを睨む。


「辛いとかそういうのは、数値では表せねぇよ」


「ちょ……それってどういう…」


タカラが質問をするが、ウララーは答える事なく、再び酒を飲み始めた。

僕に視線を送ってくる。


(君なら理解できることだろう)


「……」


窓の外を見ると、雨がだいぶ落ち着いているのがわかる。


「僕……待ってたんですよ。

母さんが迎えにくるからね、って言ったまま。

来ないって事は幼いながらなんとなくわかっていました。

……でも……でもっ。

僕は……僕は………………信じて……っいたんですよ…」


何かせんが外れたかのように、タカラの目からボロボロと涙が次々と溢れてくる。

僕とウララーは、特に何かを言うこともなくお互い違うところを眺めた。




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