「本当のような嘘の話のような」
外には雪が積もって、底冷えする日だ。
俺はタカラに話した事で何か収穫を得ると思ったが何も得ることはなかった。
このアパートは、少しずれている。
このアパートは、他の人から必要とされない人物や自分の中に強い自殺願望のあるものだけがこのアパートに来て、死ぬ準備をする場所。
それをタカラに伝えると予想どうりの反応が返って来た。
なんで教えてくれなかったんですか。
なんてさ。
タカラの方を見ると、ぼうっと放心状態で窓の外を眺めていた。
「タカラ」
「……」
俺の呼びかけにも答えずただ、外を見ていた。
俺が一番知りたかった、タカラがここに来た経路を聞くとよくわからない回答がきた。
俺の探偵のチラシがたまたま体にひっついて、地図どうりに歩いてきたら、ここについた、ただそれだけ。
わけがわからない。
俺が知りたいのはそこじゃないんだ。
「あれ?
僕の事呼びましたか?」
何十秒か経ってからタカラが返事をする。
「なんでもねぇよ。
アホ」
タカラは、不思議そうな顔をすると再び机に頬杖をついて、窓の外を眺めた。
降っている雪を見ているのか、それとも何か別の事を考えてているのか。
僕は、先ほどまでの考えを振り切るようにウララーさんに話かける。
「ウララーさんは、なんでココに来たんですか?」
「俺か?
俺は……」
ウララーさんは、言葉に詰まり表情を変えたがそれも一瞬の事で何が起きたか理解する前に言葉を続けた。
「ただたんに、人が嫌いなだけさ」
ウララーさんらしい答えが返ってくる。
頬をポリポリと左手の人差し指でかくと僕の方に目を向けた。
「いいか、ここからは俺の独白だ。
聞きたくなければトイレにでも行って寝てろ」
「……聞きますよ。
ちゃんと」
そのあと、ウララーさんから予想もつかないような言葉がとびでる。
「あのな、俺は昔……といっても二十歳ぐらいのころはな、人助けが大好きで人が大好きだったんだよ」
思わず耳を疑った。
あのウララーさんが、人助けが好きだったなんて。
どこからどうみてもエゴイズムの塊でしかないのに。
「だから、昔は探偵が凄く楽しかった。
人助けで、金が貰えて依頼主も満足してくれるからな。
まぁ、なんていうか……ほら少年漫画の主人公のような人物だったんだよ。
だから、人に裏切られてもしょうがないって思ってた」
ウララーさんは、照れ臭そうに過去の話を始める。
僕は、ウララーさんの話に集中する。
正直、ウララーさんが少年漫画の主人公のような少年だとは思いもしなかった。
というか、考えられない。
「でもな、探偵ってドロドロした仕事でさ。
俺の望んでたもんじゃあなかったし、いろいろ騙された」
ウララーさんの表情は、どこか自嘲気味で、どこか物悲しそうだった。
その後、少し大きく息を吸うといつもの不機嫌そうな顔に戻った。
「嘘だ」
「……へ?」
「嘘だよ、バーカ。
んなわけねぇだろ。
俺は今も昔も大っ嫌いだよ」
そういうと、ケラケラと笑う。
ウララーさんに腹が立つと同時にこうやって声を出して笑う姿は初めて見たなと頭の片隅で考える。
「もうっ!
なんですかそれっっ!」
「はははっいや、なんか面白くなっちまってな」
「……はぁ……」
呆れたけれど、感謝しなければならない。
きっとこれがウララーさん流の励まし方なんだろう。
「……ありがとうございます」
「俺なんかしたか?」
まだ少し笑い顔のままウララーさんはとぼける。
僕の勘違いだったとしても、現に少しだけ励まされたんだから。
「今日のお昼僕が作りますよ。
何がいいですか?」
お礼に、と思いそう言うとウララーさんはまた口をへの字にした。
「何言ってるんだ?
材料ねぇぞ」
「はい?」
「思い出してみろよ。
今までこの部屋で飯を食った経験あるか?」
あまり良いとは言えない頭をフル回転させるが、今までの夕食や昼食は確かにこの部屋で食べた覚えが無い。
だいたい、ニラさんの家だったか、レモナさんの家か葉地野さんの家か流石さん達の家だった気がする……。
「え、じゃあ……」
「シーンの家にでも行こうぜ。
そこで三人分作ればいいだろ」
シーンさん……すいません。
心の中で詫びて、僕達は雪が積もった寒い外へ出た。