「教会ノ神様(後編)」
ゆさゆさと体を揺さぶられて俺は目を覚ました。
ゆっくりと、瞼を開けると目の前にはノーランドと同じ毛色をした白いワイシャツ姿の男性がいた。
はじめはノーランドかと、思ったが顔が違うことに驚いて少し男から離れた。
「あ、起きた。
放浪者だか、ホームレスだか知りませんけどどうやって教会の中に入ったんですかね?
鍵はかかっていたはずなんですけど」
男の後ろでノーランドと新しい神父らしき人物が話している。
俺は、男に目を戻した。
「いや……たまたま開いてたんだよ」
「ふぅん…」
物珍しそうな目で俺を見てから、鼻でかるく笑った。
「まぁ、いいでしょう。
純粋な〈人間〉がいるなんて珍しいこともあるものですね」
皮肉をこめたような言い方をすると、男は俺から離れてノーランドと新しい神父らしき人物を連れてくる。
新しい神父らしき人物は、ニコニコと優しそうな笑顔を浮かべていた。
「やぁやぁ、初めまして。
私は柳田庄司と言います。
あちらは、山崎君。
私の事は神父と呼んでくださってかまいませんよ」
白の毛色に、垂れた眉が印象的な神父だ。
山崎と呼ばれた男は、ぺこりと一礼をした。
「私はノーランドと申します。
こちらは…」
「あぁ、俺はフォックスだ」
俺の名前を聞くと、二人とも目を丸くして驚いた顔をした。
神父は、再びニコリと微笑むと実に嬉しそうな顔をした。
「いやいやいや、あの方と同じく名前なのですね。
私は、人間信仰をしているんですよ。
まぁ……このご時世、中々信仰者は増えませんけれど……。
山崎君ですら、嫌がるんですよ。
あっ……すいません。
〈人間〉のあなたに言うことではありませでしたね。
ただ、私は〈人間〉嫌いじゃないですよ」
一通り喋り終えると、自分の失言に気づいたのか気まずそうに謝ってきた。
やはり、人はすぐに感情が耳や尻尾に出てしまう。
人をつくったのは失敗かと思うがそれはそれで、面白いので良しとしよう。
「いや、別に……」
俺は特に表情を変えぬまま言う。
ノーランドの方に視線を向けると、子供に好かれる体質なのか、知らないが子供達に囲まれている。
その中にはフーも混じっていた。
「はいはい、離れて離れて。
ノーランドさんとやらが困ってるでしょ」
山崎は、子供達の輪の中に苦笑いのまま入って言うと、今度は子供達が山崎を囲む。
ノーランドは、そのすきに俺の隣まで逃げてきた。
「なんですか、あの子供達。
あそこまで来られると怖いですよ」
ため息をつくと、近くの長椅子に腰をかけた。
神父は、クッキーのようなものがはいった袋をガサガサと音を立ててかざす。
「お菓子食べますかー?」
神父の言葉に子供達は、わらわらと個々に何かを言いながら神父の元へと集まった。
フーは、神父のところには行かず俺らの方にてくてくと歩いてきた。
「なーなー。
モサモサ」
名前教えた意味あったのだろうか。
俺は視線をフーに向けた。
「あのなー。
雪がすごいんだぞー。
つもってるんだぞー」
「……そうか」
「フーねー。
一回だけ、おとうひゃんと雪遊びしたんだー」
何を言いたいのだろうか。
この子供は。
「モサモサは、雪好きかー?」
「嫌いだ。
寒いからな」
「大人は、みんなそう言うな。
つまんないのー」
フーは、口を尖らせて俺を睨む。
ジトりとした、視線があまりにもうざったいので俺はフーから視線をそらした。
「あぁ、そうだ、ならノーランドに頼むといいんじゃないか?
あいつは、雪国生まれらしいから」
「ほんとっ!?」
目をキラキラと輝かせて俺の手を引くと、ノーランドのそばに俺を連れて行く。
「おいっ!
タレ耳!
遊ぶぞ!!」
「へ?」
ノーランドのにやけ顔がフーの言葉によって軽く歪んだ。
フーは、空いている方の左手でノーランドの手をとり、外へ飛び出した。
外は真っ白の雪に染まり、空は灰色で低い。
温まっていた体が一気に冷えて、鳥肌が立つ。
南国だとか、雪国とか関係はあるかもしれないが、俺は人のように体毛で覆われているわけじゃないから、余計寒い。
「「おぉっ!!」」
二人が声を揃えて、はしゃぎ回る。
フーはともかく、ノーランドは良い歳にもなってはしゃぎ回る姿はさすがに気持ち悪い。
「寒いでしょう?」
顔の真横にマフラーと、黒色のコートを渡される。
誰が、と思い斜め後ろを見ると緑の毛色の山崎だった。
「あぁ、さんきゅ」
受け取ると、体に羽織る。
対して温まらないが、コートのポッケの中にカイロが入っていたのだけが救いだ。
「〈人間〉は、無駄に体感温度が低いんですね。
不便な体です」
「その変わり、そっちは夏が辛いだろ」
「まぁでも、この地域は夏は対して暑くないですよ」
教会の中で話した時とは違って、トゲの無い話し方だ。
元々、〈人間〉を良くは思っていないわけではないのだろうか。
「彼は元気ですね。
見た感じ二十代後半だと思われるのですが」
「確か、二十九だ」
「なかなか、いってますねぇ」
呆れた口調で山崎は言う。
山崎は、見たところ三十代後半のようだ。
マフラーに俺は顔をうずめた。
顔が寒くなったからだ。
「なんでさ、孤児院なんてやってるんだ?
お前、そういうの向いてないって言われるだろ」
俺が山崎と話したかぎりで、山崎は物事を客観的に、そして恐ろしいほど冷静的に考える。
おそらく、主観的に考える事はあまりないのだろう。
山崎は、天才的な考えを持っている。
「……理由ですか?
そうですね……。
神父様に誘われたのでなんとなく、始めてるだけですよ。
どれだけ、質問しても面白い話なんてありませんよ」
そう言うと、踵を返して教会に入って行ってしまった。
山崎が入った、教会のドアを俺はじっと見つめていた。
騒ぎ疲れたのか二人がにこやかに、俺のそばまで歩いてくる。
「モサモサっ!
帰るぞ」
「寒かった」
「いやー…。
すいません。少しハメを外してしまいました」
まるで子供のように笑顔のまま謝る。
俺は、ノーランドに返事をせず暖かい教会に入った。
教会に入ると、とても暖かく体の芯から少しずつ温めていくようだ。
神父が俺とノーランドにロングタオルを渡した後、フーをタオルで拭いた。
俺らは、受け取ったタオルで頭や体を拭く。
「ノーランド、そろそろ」
「そうですね」
拭き終わると、俺は神父と向かいあった。
俺よりも少し背の小さい神父は、顔を上に少しだけあげる形になる。
「世話になったな。
俺らは、ココを出る」
「そうですか。
ところで……ノーランドさんは、どこかの教会の神父ですか?」
「へ?」
「あ、いや……間違いならいいのですが、修道服をきていらっしゃるものですから」
「あぁ……これですか」
ノーランドは、苦笑い気味に神父に答える。
「元神父ですよ」
「そうでしたか。
では、お二方お気をつけて」
教会から外に出ると、やはり寒い。
正直、教会にこもっていたかったがそれはそれでめんどくさい。
しばらく歩いていると、後ろから走ってくる音が聞こえる。
振り向くと、フーがいた。
「お前らまで……フーを置いてくのか?」
その声は涙を堪えたような声だった。
「あぁ。
お前には、神父とか山崎とか友達とかたくさんいるだろ」
「っでも」
「またいつか、あの教会に行きますよ」
ノーランドは、軽くかがんでフーの頭を撫でる。
フーの目からはボロボロと涙がこぼれて、制御が効かないようだ。
「それまで、待ってて下さい。
その時は、一緒にどこか行きましょう」
「……う…ん」
「ほら、神父達が心配しますよ。
お帰りなさい」
「絶対だよ!!
約束やぶったら、フー怒るから!」
そう叫ぶと、走って戻っていった。
俺は、近場で叫ばれたので耳が痛くなった。
「お前がそんな事言うなんて、珍しいな」
「ははは…。
私だって、人の端くれでしたから」
立ち上がると、いつもの笑顔に戻った。
そして、眠たそうにあくびを一つすると耳をパタパタと動かす。
鼻の頭に何か、冷たい物が当たったので空を見上げてみると、再び雪が降り始めていた。