「教会ノ神様(前編)」
雪が降り始めてから一、二時間が経過した。
さすがに、それぐらい時間も経つと積もるわけで。
その一、二時間ずっと外に出ていたら寒いわけで。
しかも、時計塔の屋上で鉄の柵に捕まってるのも余計に寒いわけで。
俺は多少の憤りを抑えながら、隣で半分内側に折れた耳をパタパタと動かして雪を楽しんふふでいるノーランドを睨む。
視線に気づいたのか、ノーランドは苦笑いを浮かべた。
「寒いですか?」
「南国生まれを舐めるなよ」
「いやぁ……。
すいません。私は雪国生まれでして……。
ついつい」
「寒い」
言葉を遮り俺は自分の欲求をノーランドに、短く、的確に伝えた。
ノーランドは、額に左手の人差し指を当てて考える仕草をする。
「あぁ、なら、この間の神父がいた教会行きますか」
「開いてるか?」
「……。
フォックス様なら開けられるはずでしたよね」
おぉ……。
ノーランドは、眉をひそめて怒りをあらわにする。
いや、怒ってはいないのだろうが。
「とりあえず、行こうぜ。
寒くて死ぬ」
「……」
「今、どうせ死なないだろ、って思っただろ」
「思ってないですよ」
ノーランドは、喋りながら柵を、飛び降りた。
喋りながら飛び降りたら、舌噛むぞ。
と思いながら俺も何の迷いも無く飛び降りた。
教会の中は、妙に静かだった。
しかし、人がいない静けさでは無く人がいる気配はする。
「人……いますねぇ」
「いるなぁ」
誰もいない様子だが、誰か人がいるということは、新しい神父でも入ったのだろうか。
「夜中ですから、皆さん寝てるのでしょうか?」
「さぁな」
俺は両手を肩の位置まであげて肩をすくめた。
タバコを吸おうとして、スーツのポッケに手を入れて出そうとすると、手がかじかんでいたからか、落としてしまった。
くそ……何もかもノーランドのせいだ。
タバコを拾おうと、しゃがむと教会の礼拝堂の奥からコツコツと誰かが歩いてくる音がする。
俺とノーランドは一言も発することなく、足音の方向をみていた。
礼拝堂の中にはいくつか部屋があるようで、その一番奥の部屋から寝巻きを着ている一人の子供がウサギのぬいぐるみを抱えながら眠たそうに歩いて来た。
「んー……?
だぁれ?」
茶色いフサフサした毛並み、眠たそうにしているが、つり上がった目。
どこかで、見たような顔。
「フォックス様……?
何をそんなに目を細めてるんですか?」
「おぉっと……」
ノーランドに言われて初めて、自分が子供を凝視していることに気がついた。
「あぁ、思いだしたぞ。
あの子供、神父の娘だ」
「ほぉ。
なら、ここは孤児院か何かですかね?」
「さぁ?
それか、誰かが引き取ってるか」
神父の娘は、特に警戒する様子も無くしゃがんだままの俺の前に立った。
「おじさん誰ー?」
俺はノーランドを見て、助けを求めた。
が、ノーランドは苦笑いをするだけで助けてくれる様子がない。
「はぁ……俺か?
俺はフォックスだ」
「フ?
フーと似てる!
フーは、フーだぞっ!
覚えとけよっ」
寝起きながらも、生き生きと喋る。
フーは近づいてくると、俺の髪の毛をワシワシと触る。
「すごいぞー!
おじさん、頭に毛だまりあるぞっ」
名前教えた意味……。
フーは茶色い髪の毛から手を離してからノーランドに飛びついて、茶色いロングコートを引っ張る。
「なんだこれー?
古いぞー?」
「こらこら、離しなさい」
「よく、壊れないなー」
「ふぅ……困りましたね」
ノーランドは、フーのワンピースの後ろの襟を掴むと引き剥がした。
「とりあえず、寝なさい。
もう、夜中の三時ですよ」
「むぅ……。
朝会える?」
フーの質問にノーランドは、俺を見る。
おそらく、俺の解答次第なのだろう。
「暇だしな」
「よしっ!
じゃあ、フーは寝ますです!」
敬礼のポーズを取ると走って部屋に戻って行った。
「えぇ……。
朝もあの子供に会うんですか……」
あからさまに嫌そうな顔をする。
しかし、俺に逆らえない事ぐらいノーランドも分かっているはずなので、対して抗議してこない。
ため息をつきながら、礼拝堂に並んでいる長椅子に腰をかけた。
「やれやれ……。
暇ですし、仮眠でもとってますよ」
「ん?
あぁ、俺もそうするよ」
俺は、ノーランドの向かい側にあるベンチの上に横になりステンドグラスの窓を眺めながら目を閉じた。