「男と同居だなんて死んでも嫌だね」
カチリカチリと、時計の秒針がゆっくりと一秒ずつ進んでいく。
俺は、やることも無く時計を睨むように見つめる。
カチンっ。
針が十二時ピッタリを指したころ、俺は座ってた椅子から飛び降りた。
ドアを開けて外に出ようとした瞬間、インターホンが鳴る。
タイミングが良いのでドアを開けてみると、俺よりも少し若そうで、水色の毛色の男が笑ったような細い目でこちらを見る。
「あのっ」
「悪いけど、これから昼飯だから後でな」
男をその場において行き、俺はドアの鍵を閉めて、一○一のインターホンを押す。
「はいはい。
はやく、入っ……それ、誰?」
「ん?」
白い毛並みの女…沢野がポカンとした様子で俺の後ろを指差す。
何かと思い振り向くと、さっきの男が居た。
俺は追い払うように手を振るが、男は粘り強く俺のパーカーの裾を引っ張る。
「…なんだよ?」
大きなお腹の音がなる。
それは、俺では無く目の前の男からだ。
「お腹空いてるの?
いいよおいで。
作りすぎちゃったし、今日翔太いないしね」
沢野は、俺には見せないような純粋そうな笑顔で言う。
「……そんな一気に食べると、お腹壊すわよ?」
「ふいまへん(すいません)」
チャーハンを口の中に詰めながら喋るので、何を言ってるか正直わからない。
ゴクンと飲み込むと、笑ったような顔をもっと笑わせた。
「二日間何も食べてなくて。
ご馳走してもらってありがとうございます!」
「あらー。浦山と全然違っていい子じゃない!!」
「ババくせぇよ」
片手を頬に手を当てて喜んでいる沢野に俺はチャーハンを食べながら言った。
すると沢野は、そのままの体制で笑いながら眉間にシワを寄せた。
「誰が、あんたのぶんの食品出してあげてると思ってるの?」
それを言われると、何も言えなくて顔をそらす。
沢野は、勝ち誇ったような顔をした。
「ところで、コレ…誰?」
男に指を指す。
しかし、男は食べることに夢中で気にも留めない。
俺は食べ終わった皿を台所に持って行く前に一言言った。
「知らん」
「……じゃあ、なんで浦山に?」
「それも知らん」
皿を流し台に置いてからリビングに入り、座った。
男は満腹になったのか、お腹をさすって満足そうな笑顔を見せる。
「あ、そうです。
僕探偵さんに頼み事があるんですよ」
沢野の視線が痛い。
「えっと…探偵さんは……貴方ですよね?」
俺の事を指差す。
これがもし、客だったらあまり変な態度を取ると金がもらえないから、素直に頷く。
男は、それはまた満面の笑みを浮かべると俺にはススッと近づき目の前で正座をした。
「僕……僕を……
やとってください!!」
「……はぁ?」
今度は、笑みを消して真剣な顔だった。
あまりにも突然な事で思わず沢野を見る。
だが、沢野も沢野でポカンと男を見るだけだった。
「ちょ……ちょっと待て…頭が…ついていかな」
「実は僕は…」
……こいつ、話を遮りやがったな。
胸の内で怒りを浮かべながらも、あえて口には出さず話を聞くことにした。
「社会人になってから、仕事についてもすぐにやめさせられて…バイトも一週間も持たないんですよ…」
「……」
「だから、お願いです!!
ココなら…ココなら僕をやとってくれますよね!?」
もはや、絶句と言うべきなのだろうか。
それとも、言葉が出ないと言うのだろうか。
ツッコミどころは、限りなく多いけれどそれよりまず一つ聞きたいのが。
「……なんで、探偵なんだよ。
もしかして、なんか幻想抱いてんのか?」
俺の言葉に男は、頬を赤らめて恥ずかしそうに言う。
「実は…推理小説とか好きで…。
ま、まぁ、それ以外にもありますけどね!!」
「はぁ…。
あのなぁ……探偵だってそう面白くないぞ?
浮気調査とか、犬を探せとかふざけんなって思う内容ばっかだぞ?」
…そもそも、仕事が最近ないけど。
沢野に助けを求めようと、横目で見ると涙目になっていた。
「うんうん…。大変だったんだね。
よし!浦山!やとってあげなさい!」
「ちょ…!?」
沢野の目は、断ったらどうなるかわかるよね?という目線だった。
これ以上飯作ってくれる奴いなくなったらそれこそ、大惨事だ。
「…はぁーー…。
いいさいいさ。勝手にしろよ」
「本当ですかっ!?」
「ただ一つ。注意事項だ。
仕事が入んない限り…タダ働きだからな?」
「!?
そ、それって、今と変わんないじゃないですか!!」
「てめぇがそれ、望んだんだろ」
それでも、仕事が決まって嬉しいのか男の頬は紅潮している。
「そういえば…君名前は?」
「あ、僕は宝木康介です。タカラと呼んでください」
「私は、沢野艿菜だよ。で、あっちの形相の悪い探偵は、浦山栄治。
よろしくね。タカラ君」
形相の悪いって……。
タカラは、何か考えるような仕草をした。
数秒間考えてから、口を開く。
「よろしくお願いします!
ウララーさん。姉さん!」
「はぁ?ウララー?姉さん?
誰だそれ?」
「あははっ。僕、人にあだ名つけるの得意なんですよ!」
声を出して実に楽しそうに笑う。
だめだ…こういうわけわかんない人種無理だ。
俺は、唖然としていたが沢野は気に入ったのか嬉しそうに笑う。
「あだ名つけるの上手だね!!
私も、浦山の事そう呼ぼっと!」
沢野とタカラは、意気投合したらしく、いろいろと話している。
俺はその会話についていけず、疎外感を感じた。
「……はぁ。ダメだこりゃ。
俺、帰るなー。飯サンキュー」
「あ、ちょ!
置いていかないでください!」
タカラが慌てて俺の後ろにつく。
一○一号室を出て、俺の家に入ろうとカギを開けるがタカラは、いつまで立っても俺の後ろにいる。
「…帰れよ」
振り向かないまま言うが、タカラの表情はなんとなくわかる。
笑ってんだろう。
「いやー。あははっ。お恥ずかしい事に家がないんです」
「そうか。じゃあ、ゴミ捨て場で寝てろ」
「ちょ!酷くないですか!?」
声を無視して、部屋に入ろうとすると、タカラも無理くり入ってくる。
「すーまーわーせーてーくーだーさーい!」
「うるせぇ、なんで俺がてめぇを住ませなきゃいけねぇんだよ!」
「どりゃあっ!」
「あっ!」
隙間からひょろりとタカラは、入ってきた。
「まぁ、いいじゃないですか。ね?」
「……嫌だね」
俺が断ると、タカラは床に座り込み俯いた。
そして、肩がふるふると震え始める。
「…うぅ…ひっく……いい…じゃあないですかぁ…」
「…っ」
俺は自分で言うのもあれだが、泣き落としに弱い。
「しゃ…しゃーねーな。
じゃあ、おにぎり三つ買ってきくてれたら住まわせてやらねぇこともないぜ」
タカラはくるりと表情を一変して、笑顔になった。
「わかりました!」
純粋なのか、アホなのか…タカラは金を握りしめて家から飛び出した。
俺は、家のカギとチェーンをするとひとつあくびをした。
本当にバカな奴。
自分になんの利益もねぇのに、家に住ませるかっての。
狭い部屋のカーテンを閉めて、時間を確認する。
時計は二十時になっていた。
時間が過ぎるのはあっという間だよ。
沢野の家で沢山食ってきたから、夕飯は食べることなく、さっさと布団に入った。
そして、電気を消して眠りについた。
タカラが帰って来る前に寝ないと絶対うるさくて、ストレス溜まるからな。