秦康成(2)
自分が見ている世界は、皆が見ている世界とは少し違う。それに気付いたのは小学校の頃だった。
物心ついた時からホラー映画、テレビの怪奇特集が好きでよく見ていた。
だから実際に宙に浮いている半透明の人間を目にした時、俺は死ぬほどびっくりした。
――何であの人は宙に浮いているんだ?
不可解な疑問を俺はすぐさま親にぶつけた。当然、そんなわけないだろうと一蹴された。
周りに聞いてもそんなの本当にいるわけがないと馬鹿にされた。
――気のせいだったのか?
だが実際に見えた。実際に俺は見た。その記憶は鮮烈に自分の中に残り続けた。
それだけであれば、幼少時の不思議な記憶程度で収まったのだがそれでは終わらなかった。
俺はその後も当たり前のようにこの世のものとは思えないものを見続けた。
霊感、というやつなのか。
決して喜ばしい感覚ではない。禍々しい者達が当たり前に見えてしまう感覚というのはなかなか慣れるものではない。どうやら俺は見えてしまう人間らしい。でもそれをいちいち周りに言った所でどうにもならないし、それどころか人格を疑われる可能性すらある。そんなリスクをわざわざ自分から負う必要などない。だからあえて自分からその感覚を人前に晒す事はしなかった。
大学生になってもその方針は変えなかった。日常的に霊は見えたが、特別日常生活に支障が出るような事はなかった。基本的に素知らぬ振りをしていれば問題ないが、見えていると気付かれると厄介事を招きかねない。我関せずを貫くのが一番なのだ。
しかし、季節が夏になるとそうもいかなかった。やれ怖い話だ、肝試しだと霊を刺激するようなイベントをしたがるのだ。出来れば参加したくなかったが、怖がりだのチキンだのと言われてしまっては男として黙ってはいられず、一度だけ参加してしまった事があった。
結果は予想通り最悪だった。そこには霊という霊が溢れており、しかも各々が大なり小なりの憎悪、悪意、怨念を抱えているのが感じ取れた。なんとか関わらないようにその場を凌いだつもりだったが何体か連れ帰ってきたのか、それからしばらくの間家では苦しげな女の声が聞こえたり、血まみれの手が天井からぶら下がっていたりとよからぬ事が続いた。それ以来、肝試しだけは何と言われようが行かないようになった。
霊感というものに憧れを持つ人もいるかもしれないが、隣の芝生は青いというか。メリットなんてなく、デメリットだらけの能力だ。捨てられるのであれば捨て去りたいと思うのだが、捨て方も分からないので死ぬまでこの力と歩んでいくしかないのだろう。困ったものだ。
「おはよう」
朝の講義。教室に入り学友に声を掛けながら教室の中を進む。
席に着き教材を机の上に準備しながら、隣の席に目を向ける。
「おはよう」
「……おはよ」
元気のない返事。こちらも見ずに事務的に返された覇気のない声。
――少し前まではちゃんと顔を見て挨拶を返してくれたのにな。
ミドルの黒髪に、藍色のフレームの眼鏡をいつも掛けている。とてつもない美人という訳ではないがシャープな顔立ちは綺麗系と言えるだろう。
鈴本高嶺。
事情を知れば仕方がない。
親友を殺された痛み。
そう簡単に傷が癒えれば苦労はしないだろう。
俺は彼女の顔をもう一度見る。
――由紀。お前が期待しているような事は、できそうにないよ。