鈴本高嶺(1)
目を覚まし、身支度を整え、扉を開け、人込みに埋もれ、単位の為の授業を聞き流し、家に帰り、食事をとり、風呂に体を沈ませ、ベッドの上で目を閉じる。
虚空を漂うような生活。人間のフリをしたニンゲンの生活。
私は果たして生きているのだろうか。
時折そんな思いが頭を過る。ただただこの肉体を維持する為だけに必要なエネルギーを補給し、無意味にそのエネルギーを消費し続ける日々。これならば機械の方がよほど有益に生活を全うしている。必要なエネルギーを必要な物の為に注ぎ続ける。私なんかよりよっぽど存在価値がある。
――じゃあなんで、私はまだ生きているのだろう。
「おはよう、高嶺」
学友達に掛けられる朝の挨拶。
よくもこんな自分に声を掛けられるなと私は感心を覚える。
「……おはよ」
相手の顔も見ず、ただ向けられたから返すだけの無味な挨拶。相手もそれ以上は声を掛けてこない。少し前まではその次に、大丈夫? 元気? といった具合に様子を窺う言葉が続いたが、その言葉にも私が気のない返事しか返さない事に諦めが生じたのだろう。最近ではそういったやり取りは全くなくなっていた。
それでもこうやって声を掛けてくれる事に感謝するべきなのだろう。心では分かっているつもりだった。だが、それを相手に伝えるだけの気力は、私の中にはなかった。
一日が終わろうとしている。
部屋の真ん中に鎮座し、カップラーメンを啜る。ただ食欲を満たす為だけの簡素な食事。
ずずっと麺が口の中に吸い込まれる音以外に部屋は沈黙を守っている。
私と共にこの部屋自体も私の毒気に晒され、ゆっくりと生気を失っているように感じた。
ふと、目の前のテレビを見つめる。電源はついていない。活気ある音像は今の私には不快でしかない。
そこに、彼女はいた。
「ねえ、芙海」
私は彼女に呼びかける。
目の前に置いてあるテレビは音も映像も映さない代わりに、ぼーっと座る私の姿を映し出している。その隣に、彼女が座っていた。
「芙海。私って、生きてるのかな?」
視線を隣にいる芙海の方へと向ける。
しかし、テレビに映っていたはずの彼女の姿はどこにもなかった。
いつもそうだ。
でも、私はそれでも嬉しかった。
芙海が傍にいてくれている事に。