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invisible -she existed.she exists.-

 分かったわ。秦康成君。

 あなたの事は死んでから知ったけど、そのメッセージは覚えておく。

 でも、残念だけど私からどうこうは出来ないんだ。


 君は悪くないよ。

 でも、未練のある魂は現世に残るだなんて、誰がそんなデタラメ教えちゃったんだろう。

 これは死なないと分からないけど、死んだ人間はどんな想いを残そうが、現世に残る事は許されない。残酷なまでに平等にあの世へ送られる。


 だからね、康成君。君が見ている幽霊なんて存在も、結局全部幻なの。

 すずが創った幻と同じなの。

 なんでそんなものが見える人があなた以外にもいっぱいいるんだろうね。

 でもそれもきっと、ちゃんと証明される日が来ると思うよ。いろんな現象が解明されていってる世の中だから、きっと遠くない未来だと思う。


 あなた達と違って、私達死んだ側の人間は生きているあなた達を見る事が出来る。これは死んだ側の特権。

 でも現世に降りる事は出来ないから、上から見下ろして焦点を当ててるだけなんだけど。


 すず、由紀。

 本当に嬉しいよ。二人と友達になれて本当に良かった。私にとってもあなた達は大事な友達。でも、大事に想ってくれるが故にすずは苦しんじゃったんだよね……そう思うとすごく罪悪感。

 だから康成君には本当に感謝。

 この声は届かないけど、それでも言いたいから言うね。

 二人の心を救ってくれて本当にありがとう。


「痛い……痛い……」


 あーいらない雑音が混じってきた。


「殺してよ……もういい加減本当に殺してくれよ……」

「自分の事棚にあげて、ホントによくそんな事言えるよね」


 腕も足も粉々で何も出来ない哀れな少年。

 私の事を殺して、私の友達をいっぱい悲しませた罪人。


 私は、永遠にこいつを許さない。




***********************************




 私は最初死んだ事すら気付けなかった。

 気が付けばあの世ですと紹介され、何がなんだかまるで意味不明だった。


「江崎芙海さんですね。通り魔かー、かわいそうに。実感ないだろうけど、お姉さん。あなた死んじゃったんですよ」


 純白のスーツに、透き通った白髪をなびかせる美少年が容赦なく真実を突きつけた。

 

 死後の世界の真実。

 そこには天国と地獄という二つの世界がある訳ではない。

 死んだ人間は皆、天界という一つの世界に送られる。そして天界にいる人間は「天人」、「獄人」という二つに分類される。

 私のような罪のない、全うに生きていた人間は天人。

 現世で罪を重ねてきた者、つまり私を殺した少年のような人間は獄人とされる。

 獄人は天人に逆らえず、獄人は天人にいかなる危害を加える事も出来ない。天人は天界の絶対的超常的な力で守られる。

 そして獄人の扱いは天人が好きに決める事が出来る。処刑を自ら行うもよし、専門の処罰機関に叩き込むもよし。決まった取扱いなどない。何をしても許される。 獄人は奴隷以下の存在として天界に永住させられる。


「とりあえず元いた世界を覗いて見て下さいよ。そうすれば、この獄人をどうするべきか。お気持ちが固まりますよ」

 

 私はついこの間までいた世界を見下ろした。

 家族、友達。多くの人達が私の死を悲しんでいた。嬉しさと悲しさが入り混じった。私はこんなにも周りに恵まれていて、こんなにも周りを悲しませているのか。

 私の声は届かない。私の手も届かない。

 ただじっと、見下ろす事しか出来ない。

 たくさんいる人の中に、私はすずと由紀を見つける。その途端、私の心は思いっきり締め上げられた。二人の感情が一気に私の中に雪崩れ込んできた。

あまりの強い感情に私は思わず視線を逸らした。

 二人の心を支配していたのは、私が死んだ悲しみと、私を殺した犯人への憎しみだった。


 私はそれから二人をずっと見下ろしていた。

 私が死んだせいで、二人は苦しんでいる。

 彼女達が負った深い心の傷が癒える事を願う一方だった。

 

 しばらくして、由紀が少し元気を取り戻し始めた。そして徐々に本来の自分へと近づいていった。私はその姿にほっとした。しかし、問題はすずの方だった。

 すずは由紀に比べ、一向に良くなる兆しが見えなかった。塞ぎこみ、部屋に引きこもり、私を求め続けた。由紀の働きかけで外に出るようにはなったが、その心は深い悲しみに沈んだままだった。やがてその悲しみが歪み、いるはずのない私の姿をすずは見るようになった。

 

 見ていられなかった。

 すずは、素直で真っ直ぐで、誰に対しても駆け引きのない優しさを与えてくれた。

 そんな彼女の心が見るも無残なほどにぼろぼろになっている。

 あんなに苦しんでいるのに、私には何一つ出来る事がない。

 彼女の辛さをただ見ている事しか出来ない。

 

 誰のせいだ。

 誰があの子を悲しませた。

 

 私は、磔にされた少年に目を向ける。

 あんたが、あんたが私を殺さなければすずはこんな辛い目に合わずに済んだのに。

 そう思った途端、すずの憎しみと私の憎しみが同化した。

 はちきれんばかりに一瞬で殺意が膨張する。


「私がやってもいいんだよね?」


 いつの間にやら横にいた白髪の美少年に尋ねると、彼は笑顔で私に剣を差し出した。


「お好きに。あなたの気がお済になるまで」


 剣を手に取り、少年の前に立つ。

 これですずが救われるわけではない。でもせめて、あなたの悲しみを、辛さを、憎しみを和らげる事が出来るように、少しでも力になりかった。

 せめて私が出来る事。この少年が死んでしまって矛先を失ったあなたの復讐を、死んだ私ならこの手で直接下す事が出来る。

 少年は剣を見て怯えを見せる。ふるふると首を振る。両四肢を必死に動かすが十字架から逃れる事は出来ない。


「やめろよ、やめてくれよ!」


 助けを乞う少年の声は、私の耳には入ってこない。

 剣を掲げ、少年を睨みつける。


「私には、助けを乞う時間すら与えなかったくせに」


 剣が少年の心臓を貫いた。

 これが、少年を初めて殺した瞬間だった。




*************************************




「許して……許して……」


 聞き飽きた少年の命乞い。いい加減無駄だと気付いてほしいが、痛みや苦しみに彼が麻痺してしまっては罰の意味がなくなる。

 獄人は死ぬ事を許されない。心臓を貫かれても、首を撥ねられても、次の瞬間にはまた肉体を元に戻される。それが獄人に与えられた永遠の罪。


 私はこの少年を壊し続ける。

 もう、すず達が知ってる私ではないだろう。

 康成君のおかげで、すず達は救われた。

 こんな事を彼女達は望んでいないだろう。

 でも、目の前に私を殺した人間がいる。

 私の親友を壊しかけた人間がいる。

 そんな人間を私は許さない。

 こいつの罪が消える事を私は認めない。

 

 私はそうして、また少年を殺す。

 彼の罪が永遠である為に、私は彼をいつまでも殺し続ける。



                             彼女はいない(完)


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