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秦康成(3)

 自分の伝えた言葉が彼女にどれだけの衝撃を与えたか。その戸惑った表情を見れば一目瞭然だった。

 それはそうだろう。鈴本さんは芙海さんの存在を信じている。実際に自分の目で見ているのだから。だが、それが本当にそこに存在しているものなのかどうかは別だ。

 鈴本さんには芙海さんの姿が見えている。しかし由紀にはその姿は見えていない。だからこそ由紀は霊が見える俺を頼った。俺ならば、きっと芙海さんが見えるし芙海さんの言葉を代弁出来るはずだと。しかし相談を受けた段階でそれは難しい、というか無理な相談だった。

 何故なら俺にも、芙海さんが見えなかったからだ。


 霊が見える=死んだ人が見えると勘違いされる事もあるが、決してそういうわけではない。

 何らかの理由で現世に留まる霊体が見えるのであって、そうでないものは俺の目でも見る事は出来ない。

 鈴本高嶺を何度も見て確認したが、江崎芙海と思われる女性どころか、彼女の周りに霊といったものは一つも存在していなかった。

 それが意味する事。それは、いかに鈴本さんが芙海さんを大事に想っているかという答えでもあった。


「いないって……でも芙海は……!」

「大事な友達だったって聞いてる。酷い話だよね。同じ立場なら、そのショックに耐えれるかどうか、俺も自信ないよ」

「ねえ、どういう事なの? 芙海は? じゃあ私が見ている芙海は、芙海じゃないの?」

「いや、それは間違いなく芙海さんだよ。ただ、それはあくまで君が創り出した幻だ」

「まぼろし……」

「人間の脳って、自分の命を守るためにいろいろ頑張るもんなんだよ。芙海さんが死んだ時に受けた君のショックは想像を絶するものだった。由紀の力でなんとか立ち上がれるようになったけど、もうその時点で、心のどこかは著しく損傷してしまってたんだと思う。その傷を治す為に君の脳が判断した結論が、芙海さんを君の意識に蘇らせる事だったんだよ」

「……でも、見たんだよ。私、ちゃんと芙海の事見たんだよ!」


 鈴本さんの体は小刻みに震え、目元は大きく潤みだしていた。

 彼女の感情がちゃんと揺れている事をしっかり確認した俺は、落ち着いて話を続ける。


「うん。それが全て嘘だなんて言うつもりはもちろんないよ。でも、知っておいて欲しいんだ。俺に芙海さんが見えないっていうのはどういう事なのか」

「……」

「最初にも言ったけど、俺には霊が見える。でもだからって死んだ人全員が見えるわけじゃない。あくまで現世にいる霊が見えるってだけだ。その現世に彼女の姿がない。それはつまり、彼女の魂がちゃんと浄化されている事を意味するんだよ」


 現世に霊が残る理由。よく聞く話かもしれないが、それは魂に未練が残っているかどうかだ。何かしらやり切れない想いが残っている者、役割を残している者が、この世に留まり続けるのだ。

 理由もなく通り魔に殺される。状況を考えれば未練を残すには十分すぎる最後だ。だから由紀から話を聞いた時、芙海さんがこの世に残っていてもおかしくはないと思った。

 だがいくら目を凝らしても、その姿は確認出来なかった。残った念を感じ取る事はなかった。それはつまり、もう既にこの世を離れ、成仏を果たしているという事なのだ。それが分かった時、俺は安心した。彼女の魂は、ちゃんと救われている。


「あんなに残酷な死を迎えれば、成仏出来ない可能性の方が高い。でも彼女は、ここにはいない。ちゃんと天国に行けたんだよ。そしてきっと、辛い死を乗り越えて天に昇れたのは、君や、由紀の想いがあったからだよ」


 そう言うと、鈴本さんだけではなく、由紀もえっと驚いた顔見せる。


「君も由紀も、本当に芙海さんの事を大事に想ってる。そして君らだけじゃなく、芙海さんを亡くし残された人達の多くが、同じく彼女を想ってるんだ。そういうのってね、ちゃんと届くんだよ。死んでしまっているから分かりにくいけど。そういうもんなんだ。一方通行でもいい。彼女の事を忘れないでいてあげる事が大事なんだ。時折思い出してあげる。それが死者の心の安らぎになるんだ」

「忘れないよ……忘れるわけないよ……」


 鈴本さんの声はかすれて、俯いた目元からはしきりに涙が零れ落ちていた。

 これだけちゃんと泣けるなら、この子は大丈夫だ。俺はそう確信した。


「鈴本さん。君がどれだけ彼女の事を想っているかは十分分かった。でも、君は生きているって事もちゃんと忘れないでほしい。生きている君が無理に魂をすり減らしてはいけない。君は君で、ちゃんと生きていく事に意識を向けて欲しい。芙海さんはもう、君の気持で救われているから」

「芙海………芙海……」


 鈴本さんの泣き声が大きくなる。横を見ると、由紀も唇を震わせ涙を流していた。

 二人の涙は、悲痛なものではなかった。親友を想う暖かいものだった。

 俺は二人のその姿を見て、江崎芙海がどれほど慕われていたのかを感じ彼女を少し羨ましく思った。自分が死んだ時、こんな風に涙を流してくれる存在が、どれくらいいるだろうか。

 

 由紀が描いていたものとは大きく違った道を辿っただろう。

 由紀はきっと芙海の言葉を俺が伝えて、鈴本さんを助ける事が出来ればと思っていただろう。だが結果として、目的は果たせたんじゃないだろうか。

 ちゃんと鈴本さんが立ち直るのに、もう少し時間はかかるかもしれない。でもその時は、きっと芙海さんの存在が彼女を支えてくれるだろう。今までのように、想い出に引き摺り下ろされるのではなく、前に進む力として。


 ――その時は、宜しくお願いします。芙海さん。


 優しい涙が流れる教室で、俺は姿の見えぬ芙海さんに手を合わせた。


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