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西江由紀(2)

「鈴本高嶺って子、知り合いだよね?」


 スタジオ終わり、バンドメンバーと解散後私は康成に声を掛けた。


「鈴本?」

「ほら、青っぽい眼鏡かけてる」

「ああ。授業でたまに一緒になるよ」

「最近喋った?」

「いや、あんまり。なんか元気なさそうでさ」

「そっか……」

「あの子、なんかあったの?」

「うん……」


 私は康成にすずの事情を説明した。康成は神妙な顔で話を聞いていたが、全てを聞き終えると、「なるほどね」と一言残した。何故自分にその話をしたのか、どうやらその意味を分かっているようだった。


「で、俺は彼女に何を伝えればいい?」

「出来るなら芙海の言葉を」

「んー……だよな」

「難しそう?」

「なんともって感じだけど、必要なんだろ?」


 そう。必要。彼の霊感が必要なのだ。

 残念ながら、今のすずに私の声は届きそうにない。彼女の世界は芙海だけになってしまっている。

 それなら芙海に助けてもらうしかない。芙海の言葉であれば、すずにも届くはずだ。だが私には芙海の姿は見えないし、声も聞こえない。そして思考は自然と康成へと辿り着いた。


「見えちまうんだよ。なんでか」


 ある時、康成はそう言った。

 その発言の少し前、彼は肝試しに誘われていた。乗り気な皆の中で彼だけは本気で嫌そうな顔をしてその誘いを断っていた。それに対してぶちぶち言う周りの言葉を受けても彼は意見を曲げなかった。私も怖いものは苦手だったので丁重にお断りすると、残念そうに彼らは部室を後にした。そして康成と私だけが部屋に残った。


「意外」

「何が?」

「怖がり、ってわけじゃないでしょ?」

「いや、怖いもんだぜ。実際」


 そして件の発言だ。そういった人種に会ったのは初めてだったが、嘘くさいとは思わなかった。彼はそんな冗談を言うタイプではないからだ。だからその時は、本当にそういう人っているんだなという程度にしか思わなかった。


「内緒な。ばれると余計に誘われかねない」

「まあオファーは増えるだろうね」


 彼には彼なりの苦労がある。だから私も康成の事について口外はしないようにしてきた。というより、する機会もなかった。霊絡みで私自身や周りで困っているような事も相談するような事もなかったから。秦康成という同じサークルの同期が霊が見えるからといって関係性が変わる訳でもない。

 しかし、その霊が見える人間が今必要だった。康成が私にだけその事実を教えてくれたのも今思えば何かしらの導きだったのではと思えた。

 康成は了承してくれた。僅かにしかめた表情から、霊に自ら関わる事にやはり乗り気ではないのだなという事が窺えた。それでも彼は私の頼みを聞き入れてくれた。私は彼に心から感謝した。



 断られたらどうしようとも思ったが、そうはならなかった。

 授業終わりの教室。すずは教室の最後尾に静かに座っていた。康成を紹介してから、私はすずの前の席に座り康成は私の左の席に、それぞれ腰を下ろした。この後にこの教室を使った授業は何もない。だからと言ってすぐに鍵を閉められるわけでもないので、この静かな空間を私たちは自由に使う事が出来た。

 私は改めてすずの顔を見てぞっとした。血色は悪く、美白とは程遠い不健康な白い肌。以前にも増して生気が失われているように私には見えた。芙海の元に、彼女はより近付いている。


「授業、一緒だよね」


 か細い声がすずの口から外へ運ばれる。でもそれは風が吹けば掻き消えてしまうほどにあまりに弱く薄い声だった。

 声を掛けられた事に少し驚いた様子を見せた康成だったが、すぐに表情をやんわりとした笑顔へと切り替えた。


「覚えてくれてたみたいで、良かったよ」


 すずは無表情のまま言葉を続けた。


「死んだ人が、見えるの?」

「ああ……まあいわゆる、霊ってのが」

「霊?」

「うん」

「そう」

 

 そこで彼女の言葉は一旦途切れた。

 少し俯き、何かを考えているような様子を私達は黙って見守った。

 廊下や遠くで聞こえる喧噪の中、三人の中にしばしの沈黙が流れた。

 

「芙海の事、見えるの?」


 水滴がぽつりと落ちるように、すずの声が空気に波紋を広げる。


「私には芙海が見える。死んでしまった、彼女が見えるの」

「うん」

「何も言わないけど、そばに居てくれるの。優しい子だったから」


 すずが微かに微笑んだ。そこに彼女の幸せが見えて私は心が苦しくなった。

幸せである事。普通であれば、そこに水を差す必要などない。満たされた心を素直に祝福出来れば、私にとってもそれは幸せだ。でも、これは幸せなんかじゃない。


 芙海は親友だ。死んだ今だってその気持ちは私だって同じだ。大事な大事な友達だ。

 でも、悲しいけど、彼女はもうこの世にいない。

 思い出を大事にする事と、思い出を引きずる事はまるで違う。


「彼女は。芙海さんは。君に何か言いたいことがあるのかな?」


 康成はすずに優しく問いかける。

 すずは、困ったように眉を曲げ、首を横に振った。


「分からないよ……何も言わないもの。でも、別にいいの。芙海の優しい瞳が私を包んでくれてる。それで、十分なの」


 すずの心は、芙海で止まっている。芙海が死んだ時と、何も変わっていない。今目の前にいるすずの姿を見て、私はやはりそれを認めざるを得なかった。芙海という部位を、新鮮さを保つように固めた強固な氷がすずの心を覆っている。

 私は康成の方を見る。彼の視線はしっかりとすずを見据えていた。

 

「本当に、それでいいと思ってる?」

「……え?」

「彼女の本当のメッセージが何かも知らず、ただそこにいてくれるからそれでいいって。それは、本心なのかな」

「……」

「理由は分かんないけど、俺も死んだ人が見える。死んだ人の声が聞こえる。怖い思いする方が多いからさ、正直困った力なんだけどね」

「……」

「でも、それがちょっと今回は役に立つかもしれない。君に本当の事を伝えてあげれそうだからね」


 康成の声は柔らかかった。

 その先に待つ言葉が、すずを救えるのかどうか。

 私は少し不安だった。

 でも、康成を信じるしかない。


「鈴本さん」

「……はい」

「率直に言うよ。芙海さんは君の言う通り、何も言ってない」

「え? だって、さっき本当のメッセージがどうって……」

「だから、何もないんだよ。何もメッセージなんてないんだよ。だって」


康成が伝えた真実は、私が期待していたものとは大きく違っていた。


「芙海さんは、そこにはいないから」


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