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ナノックスな彼氏(彰浩視点)

彰浩あきひろ

真奈まな

「誕生日プレゼントは何が欲しい?」


 俺が欲しいとか言ってくれるのも良いな。まず無いと思うけど。

 オーソドックスに指輪って答えられたら、ジュエリーショップにエスコートしてもいい。平日バイトして稼いだ蓄えが俺にはある。


「ナノックス一年分」


 愛しい彼女の抑揚のない声に、自分の耳を疑った。


「ナノックスって、液体洗剤の」 

「うん、あれ」


 俺の聞き間違いではなかった。

 冗談言うような彼女でもないことは彼氏の俺が知ってるし、俺以外の誰かが真奈の事を知ってるとか言われちゃ、別の意味でキレるけど。


「真奈、もっと女の子らしいのは欲しくないのか。ネックレスや指輪とか?」

「それよりナノックスが良いな。けっこう高いし……あ、別に一年分じゃなくても良いんだよ。お得パックに入ってるのでも……」


 彼女の誕生日が安すぎて泣けてくる。

 当の本人よりも落ち込む俺は間違っているのか。


「分かった。真奈がそれで良いなら」

「ほ、んとに? ほんとに買ってくれるの?」


 ガタリと席を立ち、向かいに座る俺のとこまでやってくる。ぎゅっと手を握られて、胸元に押し付けてくる仕草が天使のように可愛らしい。恋は盲目と言ったもんだ、いつもより真奈が可愛く見えて憤死しそう。


 カタブツで貞淑を絵に描いた昭和くさい真奈が、ホステスもびっくりな所作を身に付け――って、俺は一度も遊びになんて行ったことは無いからな。真奈以外の女からモーションかけられてもお断りする。


「あ、あぁ。ナノックスだな。良いよ――……「ありがとう、彰浩くん!」」


 控えめな彼女が抱きついてくれた。

 こんなに喜んでくれるなら、一緒にスーパー行ってあれこれ選ぶのも楽しいかなって思えるんだ。新婚みたいで楽しいじゃないか。



***


「二百七十四円……」

「高いよね。でもこのスーパーが良心的で、一番安いんだよ!」


 昭和くさい(レトロな)真奈と休日デートだ。

 上は白色のブラウスに下は茶色のプリーツスカートと、さらりと着こなす真奈に何かのフィルターでも掛っているのか。可愛いと思わせる魅力が溢れでんばかりだ。俺にだけ分かれば良しである。抱きしめたい自分の衝動を抑えるのに深呼吸を四回ほどしたら、真奈が「彰浩くん大丈夫?」って聞いてくれた。

 

「一年分は多すぎてカートには乗らないな。ネットで注文するか」

「彰浩くん、一年分じゃなくても良いから。気持ちだけで充分だよ」


 三十個乗せようとしたら真奈に止められた。

 

「でも真奈は欲しかったんだろ?」

「良いの、十個もあったら三か月くらいは持つから」


 こんな会話が新婚ぽくて、内心で超喜んでいたのは彼女に内緒だ。


『朝の九時からタイムサービスを始めます。タマゴ九十九円~~』


 周囲の空気がざわついて、客らの足音が騒がしくなった。

 なにこの異質感。これから何が始まるってんだ。


「タマゴ欲しい! お願い、彰浩くん~~!」

「あ、え?」


 手を強引に掴まれ、俺と真奈は生鮮コーナーにすっ飛んで行く。

 通路はよく冷えて涼しく、豚や牛肉などが陳列されている。その隣で台車に乗せられた卵があり、前には人の列がずらりと並び見るのを眺め、俺と真奈は口を引き攣らせた。

 すぐに意識を取り戻した真奈が勇み歩きし、共に並ばされてお一人さま一パックを戦利品としてゲットできた。

 下のかごの中にナノックスを移していたので、上のかごの中へタマゴを乗せる。二人で列を出て顔を見合わせると真奈の顔に汗が滲みでていた。

 

「終わったな、一苦労だったぜ……」

「まだよ、彰浩くん」


 真奈の人差し指が、一定の方向へと向けられる。そこには、買い物を終えたらしい買い物客らが、タマゴで並んでいた比にならないくらい並んでいた。

 ここのスーパーはよほど安いのか、レジ前に来ると主婦の嵐でもみくちゃにされて大変だった。あからさまに邪魔と声に出して言われないものの、カートで尻や背中を押されるのには辞意した。俺が目を光らせていたから、彼女に不快なダメージを与えてないと思われる……いててと、まだ止まない痛みに顔を顰めた。


 俺の尻が押されて痛い。

 おのれ。いつまでも押されっぱなしの俺と思うなよ。


 文句の一つでも言おうと思い後ろを振り返ったら、貫禄ある主婦の姿にビビった。頭がパンチパーマに豹柄のTシャツ、アニマル柄のズボン。くちゃくちゃとガムを噛むおばちゃんに戦意喪失した。

 頭だけ見れば阿弥陀如来じゃないか。俺より格上と思わしめるおばちゃんに一瞬、ふらりと気が遠くなったが意地で姿勢を立て直す。これも将来の予行練習と思えば、辛さなど微塵にも感じないはず。何事も真奈と、俺のためである。


「ごめんね、彰浩くん」

「な、なんてことない。気にするなよ」


 俺のチャリにはナノックス十個。

 真奈のママチャリにはタマゴが二パック分。割れないように静かに歩いて、二人デートはやっと始まったかに見えた。


「彰浩くん、今日私の家にこない?」

「えっ! えぇっ!」


 学生でチャリ通だけど、真奈のために将来は車の免許取ろう……そんなことを心の中で算段しているときに、唐突に言われた。清い付き合いを飛び越えるビッグチャンス到来か。俺は心の中でガッツポーズした。

 

「嫌なら良いの「いいい、行くよ! 行きたい!」」


 デート前に念入りにシャワー浴びてて良かったと、心の中で神に賛辞を送った。あれもポケットに忍ばせてるし……俺はいつでもオッケーだよと、真奈にテレパシーぽい熱視線を送る。気付いてくれただろうか。



***


「ここが我が家。どうぞ、彰浩くん」

「……」


 台風が来たら吹っ飛びそうなイメージのトタン板てあるよな。あんな感じの壁と、軽そうな屋根が見える。以前は、友人らとそんな家で冗談ぽく話してた記憶があるが、真奈の家がこんな感じだと知っていれば、面白おかしく話すことなんてしなかった。

 

「お邪魔します……うおっ」

「お隣の子どもが走り回ってるのね。ここは薄い壁だから、けっこう聴こえちゃうかも。ゆっくり座ってて。麦茶出すから」

「あ、ありがとう」


 真奈とシタいときに、あはんな声が筒抜けてしまうじゃないか。モロバレなんてシャレにならないぞ。ということで、真奈の家では襲えないし、襲われない。実に無念。


「彰浩君、どうぞ」

「ありがとう――っ?」


 可愛いピンク色のエプロン姿にぐっとくる。

 昭和ぽいイメージの彼女のこと、割烹着姿でくるもんだと思いきや普通のだった。でも真奈なら何でも構わない。ふりふりエプロンでこの威力なんだから、裸エプロンで迫られた日には鼻血ブシャーだ。理性はものの数秒で崩れるだろう。


「はい、ティッシュ」

「え、どうしたんだ、いきなり」

「鼻から血が出てるよ? 拭かないと」


 ちょいちょいと鼻から流れてくる液体を拭ってくれる彼女に、嬉しさ反面、悲しさ反面。俺の脳内で裸エプロン状態な真奈が、あんなことやこんなことをしてくれることを想像しただけでこのザマだ。どれだけエロに耐性が無いのかと自分が不甲斐なさすぎる。


「ふごごっ」


 まだ血は止まらないのか。真奈は熱心にティッシュで拭っている。


「ただいまーーっ」

「あ、おばあちゃんとおじいちゃんが帰って来た」

「えっ!」


 素早く鼻血を拭き取り、真奈に鏡を見せてもらって確認する。茶色混じりの髪の毛と服装を整え、イケメンと称されるいつもの俺に戻ったと同時に扉が開く。散歩していたらしい、真奈の祖父と祖母が帰ってきたので挨拶した。


「今どきの若者には珍しいね。礼儀正しいじゃないか。昔のわしそっくりで!」

「まぁ、おじいさん。ほら、近くでわらび餅買ってきたの。真奈と彰浩くんもお食べなさい」

「ありがとう、おばあちゃん。彰浩君も食べよ」

「ありがとうございます」


 ちゃぶ台に乗っけられたわらび餅にきなこをまぶす。

 フォークで一緒に食べて口にすると、お互いの口周りが汚れてぷっと笑った。

 



****


「お邪魔しました」 

「おやまぁ、もう帰るのかい。ゆっくりしてけば良いのに」


 そろそろ夕飯の時刻だ。

 俺はまだいいが、真奈とおばあちゃん、おじいちゃんに迷惑をかけるわけにはいかない。好印象は持ってもらえたんだ。またおいでと言われて大きく頷くとチャリに跨る。真奈が待ってと言いながら近づいてくるから反応を待った。ほっぺに柔らかい感触が不意に起こる。顔に熱が集中して、真奈の顔を正視できない。


 おばあちゃんとおじいちゃんはいつの間にか家に戻っていた。だから、今は二人きりの世界。真奈に甘い台詞をたっぷり紡げる。


「また、いっしょに買い物しようね」

「あぁ。いつでも言ってくれ。真奈と一緒ならどこでも行くよ。ナノックスでも洗剤でも買いに行くよ」


 おや、今度は真奈が赤面している。

 俺は真奈の頬に手をやって撫でると、手を添えられた。


「……きたいの」

「ん?」

「次は柔軟剤が欲しいの! だから、その……」


 あぁ、洗剤とくればセットだよな。

 しっかりと頷き、次の週末デートに組み込んだ。

 結婚したら一緒に洗濯干しするんだ。未来の大人な俺達は買い物だってお手のものになってる。予行練習最高だなとこれからの明日にわくわくした。





前編後編くらいで纏められたら良いのですが

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