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即興小説

途切れた記憶の先の空

作者: 西おき

 テーブルの上に一冊の古びたノートが置かれた。

 瑞々しく骨ばった手がその表紙をやさしく撫ぜる。

「こんな古いやつが残ってたんだなぁ」

 懐かしげに言ったのはノートの持ち主だ。やさしい顔立ちをした青年だった。

 椅子を引いて座るとテーブルの上のノートを青年はぱらりとめくる。

 現在青年が書く文字に比べるといささか乱雑でやんちゃな文字たちがノートをぎゅうぎゅうに埋めている。懐かしいそれは今より少しばかり子供の時代に書いた空想のつまったノートだった。

「うわぁ、へったくそだなぁ」

 文字を目で追いながら青年は苦笑する。

 当時せいいっぱい小説のつもりで書いていた文章は今見返すと、説明も描写もいろいろなものがとびとびで、それなのにやたら内容はぎゅうぎゅう盛り込んでいて、読み進めれば読み進めるだけ全身むずむずしてくるほど恥ずかしい。しかもノートの中身はすべて埋まっているのにしっかりと完結している話がない。数は今読み返しても驚くほど詰まっているのに。

「まさに妄想ノートだ」

 青年はくつくつと笑った。懐かしいようなやはり恥ずかしいようなふわふわした気分だった。

「これとかどんな話を書くつもりだったんだかなぁ」

 ノートの中ほどのページには、ひどいもので冒頭で続きの途切れているものまである。今後書く話のためのネタ帳と見ても想像のわかない一本だった。

 ノートを何度か見返して青年は静かに立ち上がった。

「さぁ、また書くかな」

 ふとおだやかに笑って青年は伸びをする。疲れるほど恥ずかしい気分を味わった気がするのだが、なぜだかとてもやる気に満ちている。

 懐かしい古びたノートを置き去りにして、青年はパソコン机の前に腰を落ち着けた。





 空を覆った厚い雲から真白な雪がほろほろと降ってくる。今年初めて降る雪はまたたく間にその数を増やして村を白く染めていく。

 ユリアは空を見上げた。今年も冬が来た。

 ユリアは何度もこの薄暗い冬の空がやってくるのを見ている。その度に、なぜだか深く焦らずにはいられない。

 自分はなにか大切なことをわすれているのではないか。

 なにかやるべきことがあったのではないのか。

 村の中で見慣れぬ旅人とすれ違うたび、友が村を出て行く度、その思いは湧き上がる。

 けれど結局は答えが見つからず、今日もこうして家の仕事を手伝っている。

 空からは真白な雪がほろほろと降ってくる。

 ユリアは白い息をはき、ひどくもの寂しい気持ちで家路を急いだ。





お題:小説の中の寒空 制限時間:1時間

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