緑の髪の案内人
「ま、値段も2人分より安いみたいだし、僕は反対しない」
財布に優しいのなら、2人乗りでの多少の気恥ずかしさなど我慢する僕である。
一方、まだ主人と話をしていたケイは、何だか驚いていた。
「む、何じゃと?」
「何か問題があるのか?」
「オプションで、ガイドが付くそうじゃ」
「却下。そんなお金はない。僕としては、お前の通訳で充分だ」
僕は、農場主の提案を一蹴した。
「むぅ、お主、フラグを立ててきたの?」
「立ててない。単に、財布の都合だ」
財布に厳しいお話には、乗らない僕でもあるのだ。
「タダらしいぞよ?」
なんだそうかよかった。
なんて思うほど、僕も甘ちゃんではない。むしろ警戒心を抱いてしまう。
「タダほど高いモノはないって言葉、知ってる? 大体、そんな都合のいい話があるか」
「大学……妾達の国で言う所の、特級塾じゃの。そこの歴史科生徒で、研修中らしいのじゃ。この、ラクチョ屋も、大学から補助金が出るからって雇っているという話だそうじゃの」
「つまり、勉強がてら同行させてくれって話? それでタダ?」
「そういう事じゃ」
ならば、一応筋は通るのか。
このラクチョ屋も(建物の具合から)老舗のようだし、それを加味すればあやしい話ではない。
「……まあ、そういう話なら、有りかな」
とにかく、その案内人を連れて来る、と農場主の親父さんがいい、すぐに建物から戻ってきた。
後ろに付いてきたのは、十九か二十歳ぐらいの清楚な感じの女性だった。
「女性か」
「美人さんじゃのう」
長い髪は珍しい、透き通るような緑色で目も同色だ。
頭には鍔のない紺の帽子、同色のブレザーっぽい制服に胸元までの短いローブという組み合わせだ。
そしてその胸元には、名前と所属の書かれた名札が留められている。
これだけ色が鮮やかだと、見失う事はなさそうだ。
「はじめまして、ソアラです。どうぞ、よろしくお願いします」
ペコリ、とその女性、ソアラさんがお辞儀をする。
「しかも、太照語だ」
「友人に習いました。ちゃんと通じて何よりです」
「大丈夫じゃ。妾が保証する」
うむ、と意味もなくケイが胸を張る。
「僕も勘定に入れろ、こら。ああいや、ともかく……その、タダって話ですけど」
「はい。私、あやしいモノではありません」
「…………」
どうしよう、こういうフラグを立てられると、僕もどうしていいか分からない。
「そこで、目を逸らされると困るのですが。でも、店主さんのお話は本当ですよ。ほら、これ大学の証明書です」
胸元から出した手帳は、どうやら大学の生徒手帳のようだ。
開いたページには本人の写真と共に、蒸語が羅列されている。
ケイもそれを覗き込み、納得したようだった。
「ふむ、間違いなく本物じゃのう。よいのではないか、ススムよ」
「じゃあ、ま、そういう事なら」
幸運な事に案内人を雇う事が出来、僕達は大峡谷に向けて出発する事になった。
ラクチョの乗心地は、思ったより悪くなかった。
送迎車のように静か、とはいかないけれど、多少の荒れ地を走る自転車と同程度だろうか。
ただ、
「あ、ああああ、あまり揺らすでないぞ」
手綱を握る僕と、ラクチョの首後ろの間に座るケイはびびりまくっていた。
「何だよ、怖いのか?」
「違うのじゃ。単にあまり揺らされると気持ち悪くなるのじゃ」
ここで吐かれると、僕と乗ってるラクチョが大迷惑である。
「……色気ないなあ」
「妾にそれを期待するか!?」
「ごめん、自覚あったんだ」
同じ年齢の子と、1つの乗り物で行動を共にする……と書くと何だか甘酸っぱい展開もありそうだが、困った事に絶望的にこれがない。
そんな僕らを、ラクチョのペースを少し落として並んできたソアラさんが、微笑ましく眺めていた。
「仲がよろしいですねぇ……このペースですと、大峡谷まで大体二十分といった所でしょうか」
「りょ、了解……長いのか短いのか、微妙な距離だけど、カーブとかの技術を要さないのは御の字かな」
一応、初めての乗り物なので、僕も緊張している。
もっとも、実際ほとんど技術を要さないし、ラクチョ自身賢いみたいなので、手綱さえ握っていればよほどのヘマさえしなければ、振り落とされる心配もないようなのだけれど。
ただ、少し落ち着いて周りを見てみると、道と言えばおそらくラクチョ達が僕達と同じように通ったのか少し道路っぽくなった所以外、完全な荒野しかない。
これはこれで、壮大だ。
道に迷ったら大変な事になりそうだけど、どこを走ってもいい、という環境は素晴らしい。というかすごい。
「バイクとかが趣味の人なら、たまらないんだろうなあ、こういうの」
そして、二十分強のラクチョでの旅が終わり、僕達は目的地に到着した。
「ご到着です」
ラクチョを下りた僕達の眼前には、巨大な峡谷が広がっていた。
地面の岩と岩が何千年だか何万年だか知らないけれど、元々は繋がっていたそれが時間を掛けて自然分離したような景観。
遠くには岩山が連なり、有翼人の群れが……大体十数人、彼方へと飛んでいく。
「どうでしょうか、ご感想は」
「ぜっけーじゃ……」
ケイは、どこか呆けたように呟く。
それで僕は気付いた。
割と、僕らは崖っぷちにいる。下からは微かに風が吹いてきているが、覗き見る勇気は僕にはなかった。
「あ、あんまり縁にいって、落ちるなよ?」
念の為、ケイのポンチョコートの端をつまんでおく。
「さすがにそれはないと思いますが」
「甘いです。貴方はコイツの事を分かってません。放っておくと生まれたての赤子よりも危険に鈍感な奴なんですよ?」
おまけに柵がない。
うっかりすると、本当に足を滑らせてしまいそうだ。
「……風景見とるだけで、えらい言われようじゃのう」
「出来れば僕も、落ち着いて見たいんだけどね……! 崖に柵もないとか!」
「景観重視なんですよ」
「なるほどー……」
確かにここで柵があっても、無粋と言えば無粋かもしれない。
ただ、太照だとそれは承知で絶対、柵+注意の看板は設置されているだろう、これ。こういうのもお国柄というのだろうか。
「それで、相馬さんの感想は如何ですか?」
「うーん……見事だけど……」
ただ、有翼人の里の割には……。
「有翼人の数が、ちょっと少ないかなと」
僕の考えていた事を、そのままソアラさんは読み取るように答えた。
「っ!? こ、心が読めるんですか!?」
「占いのアルバイトなら経験はありますけどね」