大峡谷?
そして『パンダ豆茶店』なる喫茶店に入って注文を取ることしばし。
ちょいと、予想外の展開を僕達は迎えていた。
「……のう、ススムや」
「……僕も、お前に尋ねたいことがある」
テーブルを挟み、僕達は真面目な表情で見つめ合った。
「否、妾に責任はないのじゃ。というか選んだのはお主であろうが」
「うん。でも注文したのは君だよね。それとも、僕の知らない何らかの手段で注文増やしてないよな」
どうやら、どちらも譲る気はないようだ。
「そんな面倒臭い事をするぐらいなら、駄々こねた方が手っ取り早いわ。というかこれは何の冗談じゃ? いや、大変嬉しい話ではあるのじゃが」
「ね、値段間違えてないよなぁ? 一応ちょっと高めだけどワンコインの筈……」
上に溶けたバターの乗ったこんがりと焼かれたトースト、ホットの豆茶、ケチャップの添えられたプレーンオムレツ……まあ、この辺りはよしとしよう。
加えて単品のサラダ、コーンのスープ、ポテトフライ(フライドポテトではない)にパスタにも1つサラダ、甘くないプディング。
改めたくなるのも、無理はないと思う。
「念の為、聞いてみてくれ。何かの間違いじゃないかって」
「う、うむ」
ケイが、ウェイトレスに声を掛ける。
二、三のやり取りの後、ウェイトレスが慌ててカウンターに向かう。
「や、やっぱり間違いだったのか!?」
「……いや、そうではないのじゃ」
すぐに、ウェイトレスは戻ってきた。
手に、フルーツ盛り合わせの入った小鉢を2つ持って。
「…………」
どうやら、デザートを忘れていたらしい。
こうして、今日の朝食が揃った。
「ラヴィット素晴らしいのじゃ」
「まったく、同感」
僕とケイは、真剣な顔を見合わせた。
「では」
「うん」
手を合わせる。
「いただきます」
「いただきますなのじゃ!」
……まさか、朝食で体力を使う事になるとは思わなかった。
ワンコインだが、味は素晴らしいモノだった。
僕の一推しは豆茶。おかわり自由である。ケイはプレーンオムレツ……何気にチーズが混ぜられているのが、気に入ったようだ。
実に充実した食事であり、空腹を我慢した甲斐があったというモノである。
さすがにここまでされては、僕もケイも、チップを忘れるなどという迂闊はしない。
なお、店の話では、ここだけが特別なのではなく、ラヴィットの朝食は大体皆、こんな具合なのだという(もちろん全部が全部という訳ではないが、ほとんどという意味で)。
ただ、満足した朝食にも、問題があり。
「……今日は、この辺で休みにせぬか?」
店を出て駅ビル連絡通路、大変満ち足りた表情でケイは膨らんだ腹を押さえつつ、そんな事を言った。
気持ちは分からないでもない。
多分、僕も同じ表情をしている……が、ここは譲れない。
「しない。というか移動しただけだし、その移動すら途中じゃないか……とはいえ、バスで酔わないかとなると、若干不安かなあ」
ケイも想像したのだろう、若干表情が曇った。
「うむぅ……出て来たモノは至高ではあったが、旅の途中という事を考えるとのう」
「ま、今更変更も出来ないし、行くぞ」
足の鈍いケイの腕を引っ張り、僕達はバス停を目指した。
「ううううう~~~~~らじゃったぁ……」
そしてやたら旧式のバスに揺られること一時間。
建物が消え、人や車が消え……僕達はイスト・スリベル駅前に到着した。
時計を確かめると、午前九時半……出発時刻を考えると、随分な長旅だった。
「ふぅ……」
排気音を鳴らしながらバスが去り、一息つく。
なお、ケイはベンチに横たわっている。
「危ない……所だったのじゃ……」
「ああ、かなり揺れたねぇ……吐くなよ。吐くなら駅のトイレにしろよ」
僕は、後ろにある教会にも似た駅を指差した。
列車を使うという手もあったのだが、何度か乗り継ぎをする必要があったし、ケイ曰く、太照と違って時刻が守られるとは限らない、という話だったのでバスにしたのだ。
が、ちょっと選択を誤ったかも知れない。
と、グッタリするケイを見て、思う僕であった。
「……しばらく大人しくすれば、大丈夫なのじゃぁ……」
ちなみに、正面は荒野。
うん、もう荒野と呼ぶしかない、だだっ広い荒れ地が広がっている。拳銃持った無法者が現れてもおかしくない世界だ。
遠くには、岩が剥き出しになったゴツゴツとした小山が点在している。
かろうじて文明社会を保っているのは、この駅周辺だけではないだろうか。それにしたって、古い石造りの建物が点在する、ちょっとした年代物の村だ。
……なお、後で調べた話によれば、ここは文化保護指定によってそういう風に保たれている、という事であった。
「……しばらくってのは、どれぐらいだ?」
「何がじゃ」
「どれぐらい、大人しくすれば大丈夫だ? いや、責めてるんじゃない。心配もしちゃいるけど……」
「……何だか、嫌な予感がするのじゃ」
「一応、目的地には着いたけどさ、ホラよく見ろ。考えろ。これが大峡谷に見えるか?」
僕は、荒野を指差した。
ケイもヨタヨタと起き上がり、僕の指の先が指す風景を見る。
「……一応亀裂らしきモノは地面に見えるが、すんごい荒野に見えるのじゃ」
「だろう」
「じゃの」
僕達が目指すのは、有翼人の多くいる、そしてかつてユフ一行の1人、龍のルパートがいたという大峡谷である。
峡谷、というのは谷がなければ、峡谷ではない。
そしてここは、平地である。
「…………」
「…………」
「まさか」
「そのまさか。さらに東に移動する。昨日と同じだ」
村にある移動手段を使用する羽目になりそうだ。
なお、バスのダイヤは例によって例の如くである。
「レ、レンタサイクルなら、まだ何とかなるのじゃ」
「ありゃ基本的に、ほとんど僕がペダル漕いでたからねぇ。だけど、自転車じゃないみたいなんだな、これが」
僕が指差した先は、木の柵に覆われた農場だった。
蒸語の読めない僕でも、こう、絵ぐらいは見れば分かる。
首の長い鳥、ただし飛ぶのではなく走るタイプのそれの後ろに人が乗っている。その鳥が何羽か群れになり、荒野を走るという絵。……うん、どうやら家族連れをイメージしているようだ。
そして、その鳥――ラクチョというらしい――が、何羽か農場に放し飼いにされていた。
「鳥ーーー!?」
ケイが仰天する。
うん、つまり、これがここの移動手段という事らしい。
農場でラクチョに干し草を与えている太ったオッサンが、僕達に気付き、サムズアップをかましてくれた。
向こうも客だと、分かってくれたようだ。
「あ、ああ、あれに乗るのかや!?」
バス酔いもどこへやら、ケイは僕とラクチョ達を交互に見た。