ラヴィットへ!
時刻は朝の五時……直前。
セットしておいたホテル据え付けのタイマーのスイッチを切り、僕は目覚めた。
「……ふああぁぁ……」
大きなアクビをして、ベッドから出る。
ベッドの反対側を見ると、ケイの両足が天井を向いていた。
どうやら、身体の半分はベッドの下のようだ。
……今日は、反対側に落ちてくれたから、僕もしがみつかれなかったらしい。
顔を洗ってスッキリし、着替えてからケイを起こす。
「……眠いのじゃ……」
目を擦りながら、そんな事を言う。
そんな事は、見れば分かる。
「半分眠ったままでも構わないけど、とりあえず着替えて歯を磨いてってここで脱ぐな!! 僕が出て行ってからにしろ!」
なんて、いつもの騒動の末、ホテルを出たのが五時半である。
まだ、外は暗い。
ハリストホテルの自動ドアを出た僕達を出迎えたのは、朝の寒波だった。
「おぉ……眠気も一気に覚める寒さじゃのう」
もっとも、白のポンチョコートは防寒装備としては優秀らしく、ケイもさしたるダメージを受けた様子はない。
せいぜい、顔が少し痛いぐらいだ。
まだ、寒さに耐えていられる内に、急いで駅に向かうとしよう。
という訳で、僕達は人気のほとんどないイフの街を歩き始めた。
「でも、電車の中でまた眠っちゃいそうだけどな」
「どうか、暖房はついていますように、なのじゃ」
「そいつは同感」
眠気は襲ってきても、やはり温かい方がいい。
駅に着いた。
ただ、グレイツロープから乗ってきたのとは違う会社の電車らしく、駅ビルは同じだが地下からのスタートになるようだった。
基本はケイの先導だが、下手をすると逆方向に進むので油断が出来ない。
「今日は弁当は買わぬのかや」
駅構内を歩きながら、ケイが尋ねてきた。
「乗り換えが2回あるだろ。弁当食べたら、そのまま寝ちゃいそうで怖い」
「ふむ、では妾の分だけか」
ケイの視線はボックス型の売店に向けられていた。
「薄情だな、おい!? そこは一緒に我慢してよ!?」
……何とか、無駄遣いはせずに済み、僕達は席に座った。
2人席が向き合う、ボックス席だ……が、始発駅でもあり、この時間だ。
席はガラガラである。
「しかしその気になれば、一本で行けるのにのう」
この列車で途中のコングラウデンという駅で路線を乗り換え、シティムに向かう事になっている。
そしてそのシティムから特急列車でラヴィットへ向かうという流れである。
「多少金銭に余裕があっても、節約出来るならそれに越したことはないだろ。時間もこっちの方が早いし、浮いた金でパンが1つ買えちゃうんだぞ」
「そうか」
「そうだ」
ケイは、窓の向こうに見えるボックス型の売店を指差した。
「では、そこでパンとジュースを買うのじゃ」
「ストップ」
ケイの食欲を何とか抑えながら、何とか列車は出発した。
「うむ、お陰で全然眠くならないのじゃ……腹の虫がうるさいのう……」
さすが空腹状態では、ロクに眠ることも出来ないらしい。
「どれだけいやしんぼうなんだ、お前の腹は……とにかくアナウンスは聞き逃さないでくれよ。僕も注意は払うけど、確実なのはそっちなんだから」
「分かっておる分かっておる」
外の風景から次第に建物が消え、田園風景が広がり始める。
空はいまだ月が見えているが、次第に白み始めていた。
そして到着したコングラウデン。
ここで乗り換えなのだが、やはり頼りはケイと案内の看板だ。
早足で構内を歩きながら、僕達は話す。
「しかし、移動だけで2時間半とは……随分と長旅じゃのう」
「よく憶えてないけど、確かこれ、本来の修学旅行じゃバスだったんじゃなかったっけ……」
当然、列車よりも長旅だ。
「考えただけで、ゾッとする話じゃの……」
さしたるトラブルもなく、無事に新たな列車の席に座ることが出来た。
次の目的地はシティムだ。
田園風景から、やがて再び建物が目立ち始め、古い建物と近代建築の入り乱れた景色へと移り始めた。
独特の風景を持つこの都市を、シティムという。
「お、シティムじゃシティム。旅の最終目的地じゃの」
「明日の舞台でもあるけど、今日は通過するだけなんだよなぁ」
ただ、乗り換えの必要があるため、また僕達は列車を下りる事になった。
……お金を浮かすためとは言え、やっぱりちょっと面倒臭い。
「ふぅむ……話には耳にしておるのじゃが、ここからでは本当に六芒星なのか分からぬの」
ケイはホームの窓から、シティムの街を見下ろした。
見晴らしはいいが、さすがに都市の全貌を見渡す、という訳にはいかなかった。
そしてそれとは別に、僕としても懸念材料があったりする。
「……そこも今から悩みどころなんだよなあ。六芒星それぞれの角に当たる部分に見所があるっていうんだけど、全部回ってたらとてもじゃないけど時間が足りない」
「今日の終わりに、その辺はきちんと詰めておかぬといかんの」
「だねぇ……あ、そろそろ急がないとヤバイぞ」
「さらば、シティム! また明日相まみえようぞ!」
僕達は、足早に特急列車を目指した。
それから列車に揺られること一時間。
ようやく、今日の目的地であるラヴィットに到着した。
正確には駅名はネモルドーム。
ラヴィットの中心となる街の駅である。
ここからさらに市営バスに乗り、イスト・スリベルという辺境へ向かう事になるのだが……うん、さすがに駅ビル構内を歩く僕も限界だった。
体力ではない、胃袋の問題だ。
そして僕以上に、それを訴えているのは言うまでもなくケイである。
「ううう、本気で腹が減ったのじゃ。ロクに運動もしておらぬのに、人間の身体とは不便に出来ておるのじゃあ……」
ケイは、比喩でも何でもなく、フラフラになっていた。
「頼むから、全身機械にする方法とか模索しないでくれよ……マジで実現されても困るから」
「されたくなければ、メシなのじゃ。とにかく手近な喫茶店でも……うむあれじゃの!」
ケイの目が輝いたかと思うと、ビルのとある店舗を捉えた。
「獲物を狙う猛禽の目だ!?」
なるほど、天井近くに吊された鉄製の看板には|豆茶のマーク。
喫茶店である。