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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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イフ名物堪能記

「おや、一応、サンプルはあるのかや」

 本棚の脇に設置された小さな白い台に、薄い冊子が積まれていた。

 ケイ曰く、どうやらニワ文庫の抜粋らしい。

 読んでみたけど、うん、横文字でサッパリだ。

「……漫画の無料第一話みたいな小冊子だなぁ。せっかくだし記念にもらっておくか」

 1つ回収して、バッグにポケットに入れておく。

「うむ、訳して提出せよ。よい勉強になる」

「……先生とお前、どっちに提出すればいいんだ?」

「うむ、分からぬので両方に出せばよいのではないかのう」

 そしてケイも1冊手に取り、パラパラとめくった。

 閉じた。

 ……まさか、今ので全部、目を通したのかコイツ。

「ふーむ……やはり足りぬ部分は他者に頼らざるを得ぬようじゃの。主たる所は先程も語った通りじゃが、ラクストック村の住人、グレイツロープの元抵抗軍、宿屋の親父、イフで殺される前に卒業した魔導学院生徒、ラヴィットの有翼人、元オーガストラ軍で生き残った兵士等々……む、読めぬ名前が2つあるが、何語じゃこれ? ……とまれ、協力した人物だけで1つ、別冊が出来ておるのじゃの」

 言って、ケイは再び本棚に目を戻した。

 言われてみるとなるほど、分厚い書物の1番端っこに、ノート程度の薄さの本が見えていた。

「……ああ、この薄い目録っぽいのか」

「ニワ文庫、日記と言うたが、むしろガイドブックかもしれぬの」

 ニワ・カイチが見聞きした部分はもちろん、彼の主観で描かれているが、場面によってはユフ・フィッツロンやクルーガー親子、レパート視点の部分もあるらしい。

 そして地図有り、名物掲載有り、観光名所有りである。

「1500年前の世界の歩き方とか……」


 他、魔導学院で見た制服やオーディオ端末っぽいモノ、腕時計、駄菓子屋さんっぽいアイテム(ビー玉、メンコ等)も展示されていた。

 どうやらこちらが本物らしい。

 ……がまあ、この辺りについての説明は前にしたので充分だろう。

 他の時代の展示品も数多かったが、やはりその辺を全部見て回ると、とてもじゃないけれど時間が足りない。

「さて、それじゃ出ますか」

 順路を歩きながらの提案に、ケイは力強く頷いた。

「うむ、飯じゃ」

「……いや、まずは宿に戻るって言う選択肢は」

「ないの。どうせあそこには戻るのじゃ。一回コートを脱いで一休みして、もう一回コートを着て出かけるなど二度手間ではないか。第一、荷物もほとんどないのじゃぞ? 合理性じゃ合理性」

 気持ち、早足になっているケイである。

 うん、気のせいじゃない。僕の足もペース上がってるし。

「うーむ……そう言われると反論し辛い」

「第一、じゃ。この辺りの旨いモノなど、ロクに調べてもおらぬ」

「それならむしろ、部屋で調べてからでいいんじゃないか? PC借りられるんだろ?」

「そうするとの、時間的に店が閉まってしまうのじゃ」

 なるほど。

「……難しい所だなぁ」

 受付を抜けた僕達は、自動ドアの前に立った。

 バーン、と大きく開く訳じゃないんだけど、何故かケイは大きく両手を開いた。

「という訳で、こうなったらもうそこそこ栄えている所に行って、飛び込みで飯を食うのじゃ」

「お前本当に元引き籠もりか!? 大雑把すぎるだろ!?」

「見知らぬ土地でその地の飯を食うのは旅の醍醐味なのじゃ!」

「まったくその通りだけど、この辺の土地勘すらないんだぞ、僕ら」

 暖房の効いた館内とは異なり、やはりこの時期夜の外は冷える。

 ぶるりと震えながら、僕は博物館の建物を振り返った。

「……ま、駅の方に行けば、何かあるか」

 駅ビルは見えないけど、確かあっちがビルの方角のはずだ。

「うむ。ちなみにその地の食べ物かと思ったら、実は全然違う土地の名産とかガッカリするのもまた醍醐味じゃ」

「嫌な醍醐味だな、おい!?」

 ……しかも割とありがちで切ない。

「ドルトンボルみたいに、目についたモノ全部旨そうなら、迷う事なんてまるでないんだろうけどねぇ……」

 何て事をボヤキながら、僕達は駅を目指す事になった。


 時刻は20時半。

 仕事帰りの人達で、駅ビルは大混雑と言うほどではないけれど、人の気は多い。

「さて、駅ビルに着いたけど」

「よし、あっちに行くのじゃ」

 躊躇いもせず、ケイはある方向を指差した。

「え、何で」

 案内の板とかに、記されているのだろうか。

「向こうから、赤ら顔で酔った感じの労働者がチラホラと見えるのじゃ。すなわち飯はあっちにある」

「……なあ、お前本当に引き籠もりだったの? その観察眼、絶対おかしいと思うんだけど」

 確信に満ちた足取りで食事を目指すケイの後を、僕は付いていく。

「ちなみにビルの上の方にレストラン街もあるようじゃが、妾達の財政的にそっちは厳しいの」

「それはその通りですけどね」

 実際、ああいう場所の飯は高いです。


 そして入ったのは、RPGにある酒場みたいな料理店だった。

 床は板張り、やや薄暗い店内をジョッキを持ったウェイトレスが動き回っている。

 喧噪の中、僕達は2人席に案内された。

 そして注文すると、何かもうビックリするほどのスピードで、料理が出て来た。

「……何か、1日に2回目も鍋食う羽目になるとか」

「あっちは1人用の鍋じゃったが、こっちは複数人用じゃ。微妙に種類が違うのじゃ」

「ま、いいけどさ。これ食い切れるんだろうな」

 猪鍋、海老と鮭のオイルパスタ、柿の葉寿司、漬け物盛り合わせ。

 ……2人分としては、充分すぎる量だ。

「むぅ、麦酒を注文しそこねたの」

「ぅおい!?」

「うむ、ま、水で充分かの」

 と、コップの水を飲み始めるケイ。

 ちなみに1席に1つ、ピッチャーがあるのでおかわりは自由である。

「……ホッ」

「というか、あんな苦いモノ、好みではないのじゃ」

 ぷは、とコップから口を離し、ケイが言う。

「飲んだことあるんじゃん!?」

「子供の頃の話じゃ。お主だって正月に酒の一口二口、経験はあろう」

「ま、否定はしないけどね」

 お祝いでそういうのに口をつけることは、そりゃ誰にだってある。

「ともあれ、乾杯じゃ。3日目も無事に終わり残り2日」

 言って、ケイはコップを掲げる。

「じゃ、旅の無事を祈って乾杯……って今、飲んでたよね水!?」

「うむ、気にするでない」

 2つのコップを硬い音を立てて、打ち合った。


 そして食事が始まったのだが。

「ちょっと待つのじゃ。そっちの皿の方が量が多いのじゃ」

「じゃあ、こっちね」

 パスタを持った取り皿の1つを、ケイに譲る。

「……いや、いやいやいや、しかし海老の数はこっちかや? む、いっそ量りがあれば……」

 ケイは、本気で悩み始める。

「そんな神経質になるほど差は無いだろ。冷めたらまずくなるぞ」

 面倒なので、僕は自分の持っている方のパスタを食べ始めた。

「ってあー! 躊躇なく食べ始めおった!」

「そっちを選んだのはお前だろ。大体、1人1皿じゃ多いからって半分こにしたんじゃん。お、鍋も煮えてきた」

 陶器製の鍋の中からは、味噌の香ばしい匂いが漂ってきていた。

 それを、木製スプーンで掻き混ぜていく。

「ししにく! ししにく!」

 チンチンと器をフォークで鳴らすケイである。

「ええい、落ち着け行儀が悪い」

 スプーンで猪鍋を器にとりわけ、ケイに渡す。

「掬えぬ! やはり鍋には箸じゃ! フォークではいまいちじゃ!」

 そう言いながらも、猪鍋とパスタを交互に食べ始める。

「テンション高くなるのは分かるけどさ、うん……個室ってあればなぁ」

 漬け物を小さなフォークで啄みながらの、僕の感想であった。

 ま、周りもすんごい騒がしいから、別にいいか。

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