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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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後方支援

 ケイは別の絵を指差した。

 父親であるハドゥン・クルーガーの亡骸を抱え、崩れ落ちるケーナ・クルーガー。

 その前に、棍を持った魔法使いが立っている。


 父を失い呆然とするケーナ・クルーガー、否、二代目狼頭将軍クルーガー。

 その背後に敵兵の凶刃が迫る。

 それを防いだのは、遠間から放たれた魔法使いの銃弾であった。船から船を跳び渡り、狼頭将軍の元に辿り着くと彼は問うた。

「ここで死ぬのか。父の遺志を継ぐのか」

「もちろん父の遺志を継ぐ」

 即座に答え、ケーナ・クルーガーは立ち上がった。

 以降、獅子奮迅の勢いでこの戦を支えた。


「狼なのに獅子……」

 どっちなんだ。

 なんて突っ込んでいると、ケイの肘が僕の脇腹を突いてきた。

「あくまで、お主に分かりやすいように訳しただけじゃぞ。狼奮迅では訳が分からぬ」

「……無双ゲーで脳内再生したら、敵側が気の毒になってきた」

「千切っては投げ、千切っては投げじゃの」

 しかも、いわゆる異能発動したら、敵兵達は止まって見える中を次々と斬り伏せる訳だ。時間が戻ると同時にバタバタと倒れていく自軍の兵の姿とか、多分オーガストラ軍にとっては悪夢みたいな存在だったと思う。

 おまけに、元は自軍の幹部が寝返った訳だし。まあ、あくまで洗脳しての幹部だったんだけど。

「あのバイクはもう、駄目になったのかな」

 銀輪鉄騎の由来となった二輪車だ。

 初代クルーガーとの戦いの後、どうなったのだろう。

「……この後、出た様子もないし、おそらくはハドゥンとの戦いで相討ちになったのであろう。考えてみれば、ある意味2対1の戦であったの」

「とにかくこれで、ひとまずクルーガー家のエピソードはひとまず終了か」

「じゃの。次は、いいとこ無かったユフ・フィッツロンじゃ」

 確かに、川に剣を落としちゃうとか、ドジっ子かましてる訳だけど。

「酷評だなぁ」

「実際、今回は精彩を欠いておる風じゃったからの」

 ケイの視線に釣られ、僕もその絵を見た。

 川岸の敵軍大将に向かって跳躍するユフ・フィッツロン。その手にはもう、青い光を宿した霊剣キリフセルが握られている。

 その真下、川の中には魔法使い(ニワ・カイチ)が沈んでいた。


 一方、川に霊剣キリフセルを落としてしまったユフ・フィッツロン。

 ニワ・カイチが次に助けたのは彼女であった。流れる剣近くの船に跳び移った魔法使いは、躊躇いなく速い流れの川に飛び込み、霊剣を拾った。

 霊剣を受け取った勇者は魔法使いに感謝の意を示すと、そのまま敵の将軍を討ちに向かった。

 そして、再び霊剣を得たユフ・フィッツロンは、数多の敵を次々と討ち倒し、大将を討ち倒した。こうして、マホト川の戦いの決着はついたのだった。


「またずいぶんと、説明があっさりしてるな」

「まあ、詳細に語っていては、ページ数というか石文の容量が足りないからではないかの。この時点でもういっぱいいっぱいじゃ」

「確かに……」

 ケイの示した絵の下の石文は、文章が最後までビッシリと刻まれていた。これ以上、書くのは困難だ。

 それとは別に、気になったことをケイに聞いてみた。

「そういえば、ニワ・カイチは川で溺れなかったのかな。服着てたろ? いや、そもそもあの時代で泳ぎとか、心得があったのかどうか」

「異世界の住人じゃ。向こうで心得があってもおかしくない。普通に泳げたのではないかのう」

「ま、絵を見る限り、生きてはいたみたいだね」

 川の中のニワ・カイチは霊剣をユフ・フィッツロンに投げた直後を描いたのだろう。彼女に向かって手を伸ばした状態だが、溺れているようには見えない。

「でなければ、以後の話にこの魔法使いは登場せぬわ」

「そりゃもっともだ。それはともかく話は戻るけどさ、この石板の説明のせいでパッとしないってのもあるんじゃないか? 一応、この戦の大将を討ったんだから、大金星じゃないか」

 説明が短いが故に、主人公が地味であるという点には、ケイも賛意を示した。

 が。

「じゃが、この戦の主役は明らかに、ユフ王ではないからのう」

「ま、そりゃそうだ。しょうがない」

 最後の絵画では、周囲の敵兵達を押しのけ、ユフ・フィッツロンが大将を討つシーンだった。

 ただ、その背後で小さく、戦う二つの人影が描かれている。

 皇妃を護る玄牛魔神ハイドラと、棍を振りかざすニワ・カイチだ。

「……最後まで、裏方に徹したってトコかね、これは」

「うむ」


 長い話を終え、僕達は次のコーナーに移動した。

 棚にはズラリと、分厚い書物が並べられている。

 古く色褪せた背表紙で、ザッと30冊近くはあるだろうか。

「こりゃまた壮観な……」

「うむ、実際にこれを開いて読む事が出来ぬのは残念じゃの。もっとも、中身自体は写されて、現代の文庫でも読む事が出来るようじゃがの」

 これらの書物の名前はニワ文庫。

 ユフ・フィッツロンの伝説を細かく書き記した書物であり、主な執筆者はその名の通り、ニワ・カイチであるという。

「それにしても名前がまた、まんまだな」

「変に捻っても、由来が分からぬであろ。ちなみに中身は主に日記……をさらに後世の吟遊詩人が編纂したモノじゃの」

 ケイが言うには、ニワ・カイチの視点だけでは、足りない部分があるという。

 そりゃそうだ。

 ラクストック村やヒルマウント、グレイツロープの旅の時点では、ニワ・カイチはまだユフ一行に参加していない。

 その辺りは、ユフ王やハドゥン・クルーガー他、養父のセキエン氏、プリニース等の記録を頼りに補完されているのだという。

 書にはまた、旅の地図や当時の情勢なども記されている。足りない部分等は、後の吟遊詩人や学者達がこうして書き足し、補っている。

 記録の保存自体は、王となったユフ・フィッツロンの命であったらしい。

 が、編纂には手を出さなかったともある。

 後の吟遊詩人曰く、王にこういうのをまとめてもらうと、ニワ・カイチに関してあまりに主観的な証言しか出て来なく、証拠能力に欠けたのだという。

「……ユフ王ー」

 乾いた笑いしか出ない僕である。

「おちゃめじゃのう」

「つまりこれ全体が、ここまで見てきた、それとこれから見る筈の冒険の記録の元って訳か」

「そういう事じゃの」

 最終的に出来たモノは、主にニワ・カイチ視点の紀行文という体裁になっているらしい。……まあ、後世の吟遊詩人の補完もかなり入り、どこまで本当か分からない部分もあるそうだが。

 これを読破するのは、なかなかに大変そうだ。

 と、1カ所気になる点があった。

 並ぶ書物の後半、25冊目辺りがない。

「ここ、空いてるけど何でだろ?」

「欠番じゃ。ここに説明がある。……うむ、どうやら帝都でのチルミー戦の付近じゃの」

 欠けている部分に関しても、ケイによればちゃんと説明のフォローはされていたらしい。

 そういえば、ニワ・カイチは一度、行方をくらませていたんだったか。

「ああ、結局不明なままなのか」

 なお、26冊目はニワ・カイチ不在時の、ユフ一行の戦いが描かれているのだという。

「そのようじゃが……この一文はちと興味深いの」

「どれ?」

 ケイは、説明部分を指差した。

「吟遊詩人達が編纂したこの文庫が完成した時、ニワ・カイチはまだ存在しておった。その時、彼はこの欠落部分と文庫全体を指して、こう語ったそうじゃ。『これはこれで完成している。正確には”まだ”完成していない』」

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