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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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父娘対決

「そして、ハドゥン・クルーガーは破れた」

「一言で済ませちゃった!?」

 あまりにあっさり、終わらされてしまった。

「いやいやいや、一応書いてあるんだろ!? ちょっと翻訳してくれよ!?」

 僕が知りたいのは、どうやって破れたかである。

 ただ、ケイは渋い顔だ。

「むーん、負けプレイとか語るの、あんま好きじゃないんじゃがのう」

「お前はアレか。ちょっと目の前に障害や挫折があったら鬱プレイは勘弁とかいうネット小説住人か」

「どういう例えじゃそれは……そもそも、狼頭将軍親娘の性能はグレイツロープの展示場での資料によれば、同系統だったはずじゃ。故に互角でもおかしゅうない」」

 同系統……つまり、超高速移動か。

「ただ、若干娘の方が、性能は劣っておったようじゃの。むしろ、ハドゥンの方が全体的に勝っておったそうじゃ」

「なら、何で負けるんだ……?」

 普通、性能が上の方が、勝つのが当然だと思うんだけど。

「そこじゃがのう」

 ケイは、狼頭将軍と銀輪鉄騎の戦いの絵の下にある解説を、翻訳した。


 狼頭将軍ハドゥン・クルーガーと銀輪鉄騎のダービーの戦いは、一際大きな船の甲板で繰り広げられた。

 人の目では決して追えぬ凄まじき速度のぶつかり合いに、敵も味方も手出しをすることが出来なかった。

 だがやがて甲板や周囲の船に、赤き飛沫が飛び始める。その血はダービーのモノであった。後に分かった事だが、その性能はハドゥンのそれに比べて劣っていた。

 否、将軍の力が奇跡的に神懸かっていたのだ。ダービーの肉体が、ハドゥンの高速移動に追いつかなかった。

 結果として、筋肉や骨は軋み、その身から血を噴き出させていた。そう遠くない未来にダービーは自滅する。

 それを最も分かっていたのは、ダービーと戦っていた当人であろう。

 全身から血を噴き出しながらなお止まらぬ騎士。

 剣を交え、この銀輪鉄騎のダービーが己の娘である事も深く思い知った。

 だからこそ、狼頭将軍ハドゥン・クルーガーは戦士としては間違え、父親としては正しかった。

 娘へ刃を向けることを、一度だけ躊躇した。

 その一度で、ハドゥン・クルーガーはダービーの二輪騎馬に撥ねられ、騎士の刃の餌食となったのだ。


「敗因は、親子の情」

 これ以上戦えば、娘の身体が耐えきれないと気づいた父親が、わずかに躊躇った。

 性能が劣っていたからこその勝利、という訳か。

「英雄譚らしい、やられ方じゃろ。ま、ただ負けた訳ではないがの」

 ケイの翻訳はまだ続く。


 オーガストラ軍の喝采が響く中、ダービー以上の血を噴き出しながらハドゥン・クルーガーが立ち上がる。

 剣も折れ誰の目にも命が残り少ないのは明らかだが、ダービーもまた容赦はしない。

 トドメの一撃を父親へ与えようと、二輪の騎馬を駆る。

 そして2人の戦士が交錯した結果、倒れたのはハドゥン・クルーガーであった。

 ただ狼頭将軍もタダでは死ななかった。その最後、拳の一撃は確実にダービーを捉えたのだ。かつて己が食らった一撃と同質のそれを叩き込まれた銀輪鉄騎のダービーは、仮面が割れ彼の娘であるケーナ・クルーガーに戻る事が出来た。


「……かつて己が食らった一撃?」

 どーも翻訳は、原文に問題があるのか今一つ分かりづらい。

 悩んでいると、ケイが助け船を出してくれた。

「ほれ、狼頭将軍も一時期、オーガストラ軍側におったであろ」

「……そうだっけ?」

「洗脳されて傀儡にされておったのじゃ」

 ああ、そういえば、その後グレイツロープ城の警備に回されていたんだっけ。

「そしてそれを正気に戻したのが、ユフ・フィッツロンの一撃であったのじゃ」

「頭ぶん殴ったっていうあれネタじゃなくてマジだったの!?」

 つまり、狼頭将軍ハドゥン・クルーガーは、前にユフ・フィッツロンから喰らったそれと同じモノを、娘に叩き込んだ。

 そしてそれは功を奏し、彼女は我に返った……って事か。


 ケーナ・クルーガーは涙した。

 結果的に自分の手で、父の命を奪った事になるのだ。泣かないはずがない。

 だがハドゥン・クルーガーは自分が負けたのは自分が弱いからであるとそれを否定し、娘に己の持つ宝玉を託した。

 その宝玉こそ、異なる時の流れに入る者の証である。

 さらにハドゥンは残る魂の全てを娘に与えた。

 ケーナの傷はたちまち癒え、父の戦いの記憶も受け継ぐ事となった。

 銀輪鉄騎のダービーの騎馬もまた最後の攻撃で限界を迎えて潰れ、もはや動かない。

 こうして、銀輪鉄騎のダービーは死に、二代目の狼頭将軍が誕生した。


「でもこれ、ユフ・フィッツロン側ではどうなのかな。仲間殺されてるんだぞ」

 相当複雑な心境だと思うけどなー……と思う一方、今は戦闘中だから、そういう悩みは後回しなのかもしれないとも考えられる。

「その辺は、ユフ次第ではないかのう。ニワ・カイチは仲間になってさほど間も開いておらぬ……といえば薄情かもしれぬが」

 狼頭将軍と長旅をしていたのは、明らかにユフ・フィッツロンの方だろう。

「……まあ、最終的に同行してるんだから、何かあったとしても和解はしたんだろうな。その辺が分からないのが、こう、時間の隔たりみたいでもどかしいけど」

 その辺のやり取りは、この辺りには書いていないらしい。

 もしくは、もうちょっと先にあるのかもしれないけれど。

「遠い過去の歴史じゃからのう。そういう部分はあっても仕方なかろう。それにしても宝玉のう……これはつまりあれかの。異なる世界に通じる証、通行証のようなモノなのかの」

「え、でも、時間が速く進んだだけだろ? しかも体感速度であって実際に異世界とかそういうのじゃないんじゃないの?」

「主観では、それはすなわち他者が止まって見える世界。異なる時間というのは、異界への入り口、もしくは異界そのモノじゃ。それは空間に限らぬのじゃぞ? 山なり森なりに迷い込んだ旅人が、どことも分からぬ場の宴に招かれ楽しい時を過ごし、戻って来た時にはずっと時が過ぎておった……などというお話は、太照にも他の国にも腐るほどあるのじゃぞ?」

「そういやあるなぁ。太照(うち)だと海の底か」

「異なる時間の流れに普通に居る事が出来る、というのはそれはそれでもはや一つの魔法じゃ。己で異世界を想像してみよ。その世界はこちらの世界とそっくりじゃが、時間の流れだけが違うのじゃ。自分は普通に動けるが、皆は停止している、もしくはものすごくゆっくりな世界というのは、どのようなモノじゃ」

「…………」

 少し想像して、僕は答えた。

「……すんごい、想像しにくい」

 分からん。

 僕以外がゆっくりってそれ、どんな世界だ。

 ただ、ケイの方はそれで納得しているようだ。この辺の解釈の違いというか理解度の差は、やっぱり頭の回転の問題か。いずれ、僕も今の例えでピンと来れるようになるのだろうか。

 ケイの話は続く。

「ユフ・フィッツロンは生命という定義がない、もしくはこちらと法則の異なる何らか、ならば説明がつくのじゃ」

「……説明になってないというか、曖昧過ぎるぞ、それ」

「仕方なかろう。ユフ・フィッツロンの不老不死に関するメカニズムの説明が、されておらぬのじゃ」

「でもまあ、ニワ・カイチはその説では一応筋は通るのか」

「うむ」

 ひとまず、ケイの説明に頷いておくとして、気になる点がまだ一つ。

 龍も確か、宝玉を持っているはずだ。最終的に宝玉に導かれた勇者一行的な流れのようだし。

「……龍の宝玉を見るまでは、何とも言えないけど……」

 ただ、現状の結論は出せそうだ。

「つまりあれか。前にラクストックで話してた説だと宝玉が異能のトリガーだって事だったけど、そうじゃなくてむしろ異界への鍵って方がシックリ来ると」

「そうじゃ。まあ、思いついたのはニワ・カイチの魔法理論が元じゃがの。ニワ・カイチはこの世界に異なる法則を展開するが、宝玉の持ち主は異なる法則を自分自身限定で扱う、扱える者の証……と、考えればよいのではないかのう」

 と、そういうお話になった。

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