メルカド露店街にて桃を食う
メルカド露店街は、ヒルマウントでも一番大きな露店街だという。
普段は野菜や果物、肉に魚、雑貨に骨董品にと様々な露店が立ち、しかも今日はお祭りなので、木彫りの人形屋だの仮面屋だの、お土産向きの店も並んでいた。
商売魂というか、大通りのパレードとは別種の熱気の伝わる賑わいだった。
で、僕達はといえば、ケイ推薦の露天で桃を買っていた。
店主が実に浅く切れ目を入れ、後は買った奴が皮をむしれという事らしい。
「なるほど、美味い……」
「であろう?」
実は適度に柔らかく、口に入れた途端甘い果汁がいっぱいに広がった。
そういえばロクに飲み物も飲んでいなかった事を思い出す。
一度口にすると止まらず、結局種のみになるまで、一気に食べきってしまった。
「ま、おやつの時間も近いし、ちょうどよかったな」
「うむ、よい買い物であった」
露天脇にある水道で、手を洗う。……まあ、濡れた手は自然に乾くのを待とう。
「バスはどうだったのじゃ」
「もうちょっと……まあ最悪乗り過ごしても、徒歩で行けるんだけどね」
十五分ぐらいは、余裕がありそうだった。
適当に露天を見て回れば、あっという間だろう。
「交通費が勿体ないではないか」
「ただ、バスで十分だけど、歩くとなるとそれなりの距離になるだろ。となると、回れる場所が少なくなるんだ。それは避けたい」
「目指すは、皇帝の生家であったか」
「それもあるけど、そっちに博物館があるんだよ。それに、最初の冒険譚に出て来た洞窟とか」
「洞窟か! ダンジョンじゃな!」
途端に、ケイは目を輝かせた。
「君も、ゲームはやったりするのか」
「無論じゃ。そーか、それならば、仕方がないのう」
「だろ? そういう生のダンジョンって見てみたいだろ?」
「うむ。そういう探検は是非体験すべきじゃ。罠とかはないのかや?」
「さすがに、千何百年も前に踏破されたダンジョンに、それを期待するのもどうかと思う。完全に観光地だと思うよ」
ま、危険性は皆無だと思う。
「ふむぅ……まあ、それはそれで! 次は射的じゃ!」
少し残念そうだったが、ケイはすぐに気を取り直した。
そして、射的の露天に駆け出した。
「満喫してるなぁ」
「ゲームではやった事があるが、実物のライフルを触るのは初めてなのじゃ!」
カウンターに並べられたライフル銃を手に取り、掲げる。
「……そのライフルも、レプリカだと思うけどね」
そして、やる気満々でケイは射的を開始した。
一回でコルク弾五発、それをあっさりと消費した。
「当たらーんっ!!」
うんまあ、大体予想通りだったが、ケイは激昂していた。
「何じゃこれは!? 銃身が歪んでおるのではないのか!?」
「こういう屋台の射的は、大体そんなモンだよ」
まあ、傍から見ててもかなり癖のある銃だな、とは僕も思った。
「ススムよ、リベンジじゃ! 妾のリベンジを果たすのじゃ」
「はいはい」
椅子に座って客を見守っているおじさん店主に、代金を支払う。
携帯ゲーム機には心引かれたけれど、大体こういう店の大物はコルク弾では倒せない。酷い所になると、後ろにつっかえ棒をしてたり、中は空でその代わりに重しを入れてたりするので、そういう博打には手を出さない。
狙うは小物、お菓子系だ。
一発発射するも、惜しい所で弾は逸れてしまった。
「あー……」
ケイがカウンターにもたれかかり、無念そうな声を上げる。
「……大体、分かった」
銃の癖は把握出来たので、標準を合わせて引き金を引いていく。
残り四つ、キャンディ袋やチョコレート、ラムネに、手の平サイズの龍のぬいぐるみを手に入れた。
「お、おおおおおー……!!」
「兄ちゃんやるねえ」
店主のおじさんも何か言っていたようだが、多分こんなニュアンスだった。
「どうも」
適当に会釈し、僕達は射的の露天を後にした。
「大したモノじゃの、お主!」
さっそく棒に挿したチョコレートを舐めながら、ケイが賞賛してくれた。うん、悪い気分じゃない。
「この手の遊びは、それなりに得意なんだ。格闘ゲームなら、一応威張れるレベルだと思う。……ま、それしか取り柄がないとも言えるけど」
「いやいや、立派な特技ではないか。では、次はあちらの輪投げで、その実力を発揮してもらうぞ!」
とせびられ、何だか最初から余計な荷物を幾つか抱える事になった。
消費出来るお菓子が主だったのが、救いと言えば救いか。
バスの時間も近づき、僕達は最後に名物と言われる宝玉パンを買って食べる事にした。
ちょうど一口サイズのパン詰め合わせで、中身は色によって異なる。茶色はチョコレート、桜色のジャムパン、黄色いカレーパン等。
ドリンクはセットで、香茶や豆茶、炭酸ジュースなどが販売されている。
「うむ、宝玉パン美味い」
「このパンも、確か一応皇帝の伝承由来なんだぞ」
「ふむ、妾は伝承には詳しくないのだ。興味深いぞ?」
「そも、この地はユフ皇帝が旅立った土地だけど、その時に養父であるセキエンから四つの宝玉を預かった。その宝玉に導かれて、仲間の三人を探したって話なんだけど、つまりこの宝玉饅頭はそれが元になっている」
白のクリームパンを食べながら、僕は答えた。
「ふむ、その宝玉というのは、どういう力があるのだ?」
「さあ? 強い奴に反応するとか、そんなのじゃないのか?」
へにゃり、とケイは情けなく眉を下げた。
「そこの所がえらくいい加減じゃのう」
「僕のソースだって、太照で翻訳された伝記とか、ゲームとか漫画だからな。というか後者の比率の方が高いぞ」
「ふぅむ、まあよい。とにかく美味いことは確かなのじゃ」
「だな」
パンを食べ終えバス停へ向かうと、ちょうどバスが来た所だった。
先払いらしいが、その辺は文字がちゃんと読めるケイに任せて、二人用の席に座った。
縦長のバスのちょうど真ん中辺りに乗車用の扉が有り、前部は窓に沿った横長の椅子、後部が二人用の座席を通路の左右に三つずつ並べ、最後部がこれまた長い座席となっていた。
席の混み様は、まあ立っている乗客はいない、というレベルか。
思ったよりも真新しく、目的地は電光掲示板が表示していたし、運転席の後ろには小さいディスプレイがあった。
「お」
そのディスプレイを見て、ケイが反応した。
「何か、面白いニュースか?」
スタジオからアナウンサーの女性が何か言っているのは分かるが、内容までは流石に僕には分からない。
「速報じゃの。青羽教の幹部逮捕と出ておる」
「何だそれ」
ふと、ケイと出会う前に手に入れた青い羽根を思い出す。
あんな物は古物商でも売れそうにないので、今は作業用ジャンパーの内ポケットに入れてあった。
「こちらのカルト教団みたいじゃのう。事件の現場が、今さっきまでいたヒルマウントの市内なのじゃ」
「そりゃまた、随分なタイミングだったんだな」
「うむ」
そして十分ほどの移動で、目的の土地に着いた。
始まりの村、ラクストックだ。
村の通りの左右は緑が広がり、煉瓦造りの家が続いている。
一際高いのはシンボルから察するに、ザナドゥ教の教会だろう。
村の向こうには森と小高い山が見える。
道は一本だけのようなので、迷う心配はなさそうだ。
そして、ここでもやはり、古代の衣装やモンスターの扮装をした人々が、行き来をしていた。
「ふむ、こちらでも祭か」
「生家がある事を考えると、こっちが本場って考えてもいいと思うけどな」
さすがに市内ほど多くはないが、それでも繁盛していると言える。村の稼ぎ時と考えてもいいんじゃないだろうか。
「向こうよりはまだ静かで、落ち着くのじゃ」
「さて、目的の生家は……あっちかな」
それらしく矢印の看板があったので、僕達は村の先を目指す事にした。