援軍
「では、ずいぶんと脱線してしもうたが、本筋に戻ろうかの」
ケイもボクも一息ついた。
「……随分と長く、脱線したような気がするなぁ」
「うむ。5分も話してしもうた」
「5分!?」
僕は驚いた。
「長いのと短いの、どっちに驚いているのか微妙な表現じゃ」
「ああうん、僕も正直戸惑ってる」
すんごい時間掛かったような気がしたけど、そんなモンなのか。
いやでも、5分も説明されっぱなしだったってのも、それはそれでケイとしては大変だったんじゃないだろうか。
見た感じ、さほど苦とも思っていないようだけど。
「けどまあいいや。とにかく軍は動き出して……」
僕達はマホト川の戦いが描かれた、大きな絵画の前に戻った。
この辺りには、他にもいくつかマホト川戦をモチーフにした大小の絵があり、時間を追って見る事が出来るようになっていた。
もちろん描かれた時代は様々で、序盤戦を最近の絵師が、最終局面付近を古い絵師が描いているとか、そういうのがなかなか面白い。
次の絵は、縦長の絵だった。
中央下に流れる川と船。
甲冑を纏った2人の人物が、向き合っている。
左が髭を蓄えた黒い鎧の偉丈夫、右がまだ子供と言ってもいい中性的な人物で白い鎧を着込んでいる。
「川のほぼ中央で激突。聖騎士団側から見ての勝利条件は、敵大将の撃破。敗北条件はこちらの大将であるパロコを倒される事、じゃの」
つまり左が将軍、右がパロコなのだろう。
「ま、軍同士の戦いとしては、普通そうなるか。まあ、その辺は割とどうでもいい……んだけど、重要だったりする?」
「いや、実際重要ではないの。史実でも、お主の想像通りの結末になるのじゃ」
要するに、聖騎士団側が勝つ訳だ。
……調べれば、オーガストラ軍側の将軍の名前もすぐ分かりそうだけど、とりあえず今回はスルーさせてもらう事にした。
自分的に重要なのは、ユフ王の軌跡なのである。
「となると、気になるのは過程か。ニワ・カイチと、深緑隠者ディーン・クロニクルか玄牛魔神ハイドラが当たるのは鉄板だよな? ……いや、でもいきなり1対2になるのか……?」
「ハイドラは皇妃の護衛に回らされておるの。ほれ、これ牛じゃ」
そう言ってケイは、一旦大絵画に戻った。
指を差そうにも絵が大きすぎて無理なんだけど、どこの事を言いたいのかは分かった。 俯瞰した形の絵画の左上の端。
御輿に担がれた貴人の前に、牛頭の戦士がいた。
「あ、ホントだ。って事はニワ・カイチとディーン・クロニクルの師弟対決か」
「その戦いはこのように描かれておるの」
僕達は再び、歩みを進めた。
将同士の対峙の次にあったの絵は、怪獣決戦だった。
水面が粟立ったかと思えば現れた、無数の川藻。
触手のようなそれが聖騎士団の船に次々と絡みついたかと思えば、そのまま水の中へと引きずり込んでしまう異形の操術であった。
師は己が作り出した種を水に落とし、それらがすぐさま芽を吹き出し、この怪物を作り出したのだ。
これに相対したニワ・カイチはすぐさま、敵の船に乗り移った。さしものディーン・クロニクルも自分の船を沈める訳にはいかなかった。
無限の弾丸を撃つ二挺の”銃”と棍を操り、敵兵を次々と船から叩き落としてゆく。
ディーン・クロニクルは種を指で弾き、ニワ・カイチに埋め込もうとする。この種は人に寄生し、即座に草の怪物に換えてしまうというモノであった。
が、ニワ・カイチには当たらない。
彼は数多の亡霊に護られていたのだ。ディーンによって生きながら魔力に換えられ、魔導学院の跡に強い怨念を残してきた生徒達である。
ニワ・カイチによって祀られた彼らは、その恩とディーンへの怨によって戦に馳せ参じたのである。
追い詰められたディーンは最も強い種を川に落とし、剛強く太い喪の怪物を生み出した。
これに対し、弟子は水そのモノを操った。
仮初の命を得た水は怪物を締め付け、その圧倒的体躯をディーンに叩き付けた。
ここに到り、師弟の戦いは決着を迎えたのである。
解説の上にある絵の中では、荒れ狂う河川、転覆しそうな船達、そして空に向かって伸びる巨大な植物怪物を川の水が生き物のように絡みついていた。
「……喪の化物をでかいスライムが倒した戦いって。植物と駄菓子屋って辺りに、2人ともブレが無いな」
「魔術師とはそういうモノであろう。さて、狼頭将軍クルーガーじゃが……む」
「あれ、先にユフ・フィッツロンか」
船から跳躍するユフ・フィッツロン。
その手から、剣が水面に向かって落ちていく絵画だ。剣には何やら糸のようなモノが絡みついているようだった。
ユフの手はそれを追うが、もちろん間に合わない。
狼頭将軍と魔法使いが道を拓き、ユフ・フィッツロンの船は軍を指揮する将軍へと駆け進んでいく。
しかし将軍は慌てない。
その背後に控えていた玄牛魔神ハイドラが手をかざしたかと思うと、その五つの指先から蜘蛛の糸が吐き出され、ユフを絡め取ろうとしたのだ。
勇者はとっさに躱すが、剣が糸に捕まり、川に落としてしまった。
これにより、ユフ・フィッツロンの進軍は後れを取ってしまった。
そしてこれが、ユフの一行に致命的な傷を生む事となった。
「……いい所が、無い」
「残念すぎるの」
僕もケイも、揃って酷評である。
ただ、敵の手の内が分からなかったのだから、こうなってもしょうがないのか……という見方も出来ない事はない。
大体、ハイドラって牛頭じゃないか。
「手から蜘蛛の糸って……えー、そんなのどこにも伏線無かったよな。魔術師のくせに武将タイプだったって言うし」
「牛で蜘蛛とか、妾達の国の妖でもあるまいしの」
言われてみれば、そういう妖怪がいた。
記憶を探って、ようやくその名前を思い出した。
「……牛鬼?」
「うむ。……とまれこれで、ユフ・フィッツロンはしばし足止めじゃ」
「致命的な傷って何だろう。すごく嫌な予感がするんだけど。けど、伝承伝っていくとメインどころ以外は、特に戦力にはなりえないというか……」
次に進むと、これまた船場の絵画だった。
狼頭将軍ハドゥン・クルーガーが剣を抜こうとしている。
「これが、狼頭将軍クルーガーじゃの」
そして、川の向こうの軍船から跳び、狼頭将軍に向かって二輪を横倒しに急襲してくる、銀甲冑の乗り手。
「ちょっ、何かバイク乗りと戦ってるんですけど!?」
そして、僕は思い出した。
「そうか、アレを忘れてた! 銀輪鉄騎のダービー!」
「うぬ、妾も失念しておったわ」
グレイツロープでは行き違いになっていた銀輪鉄騎のダービーをこの地に連れてきたのは、もちろんその身体を診ていたクロニクル・ディーンであった。
そしてこの車輪の騎士は遠くにいたせいなのか、とにかくニワ・カイチの魔法の縛りを受けていなかった。
「……もしくは、登場人物として重要だからか? とにかくこれは確かにまずい。これが無双ゲーだとしても、負けの色が出てる」
「どういう事じゃ?」
「これがゲームなら、コイツの立ち位置が、中ボスなんだよ。他の雑魚よりもよほど強い上、ああ、おまけに厄介な要素まである」
僕は、それに思い至った。
「ぬう、分からぬぞ?」
「……後で味方になる系のキャラってのは、大抵敵側の時、強敵補正が掛かってんだよ。まあ、味方になった時、弱体化補正が掛かってるとも言うんだけど。心当たり無いか?」
「あ、あー、それ妾も知っておるぞ。何故か、味方になると性能が凡庸になってしまうアレじゃの」
「うん、まあとにかくこの援軍は、聖騎士団側も予想してなかっただろうしね」
なるほど、これが致命的な傷か。