そして科学者は閃きを得た(後)
ポン、とケイは自分の小さな両手を合わせた。
「とにかくこうして、ニワ・カイチは無と有を統べる域に到り、”魔法”を得た。使い方は妾には色々思いつくというか妄想が今、すごい勢いで溢れそうなのじゃが、あの魔法使いはお主流に言わせれば、ゲームらしき法則を題材にした感じの魔法を使う事にしたようじゃの」
「でも、何でゲームなんだろ。ああ、いや、ゲームって解釈してんのは僕の勝手だけどそういう事じゃなくて」
伝承を読んだ感じ、僕はそれを直感したというだけであって、この魔法使いの文言がそれを表わしたとは限らない。
だって、1500年前にSLGやら無双ゲーなんて、ないよね? 未知の技術の世界から来たとか、タイムスリップしてきたとかなら別だけど。
「魔法に制限掛かっているような印象を受けてるのは、僕の気のせいかな。マホト川の戦いでも、それならいっそ、敵軍を丸ごと消しちゃう事も出来たんじゃないのかなって?」
無から有を生み出す魔法というのは、つまり有という概念そのモノをなくす事も有りなのだ。深く考えるとどつぼに嵌るから、悩まないでもらいたい。ほとんど(ケイに言わせれば完全に)禅問答の世界である。
「ふむ、推測に推測を重ねる事になるがの、魔法と言ってもおそらく万能ではないのじゃ。否、魔法は万能じゃが使い手がそうではないのがネックと言うべきか」
「この場合は、ニワ・カイチが?」
「そうじゃ。人が人であるからには、己の想像出来るレベルでしかそれは叶えられぬ。例えばその魔法使いが人殺しが嫌いなら、人を殺す魔法は使えぬ。万能というのは怖いからの。ニワ・カイチが賢人じゃとするなら、そういう縛りを自分に課したのじゃ。お主、あらゆる知識を手に入れられたとしてじゃ、数学の深淵を覗き込みたいかや? 経済学の奥義を極めたいかや?」
「……ゲーム以外なら、医学と美味しいご飯の作り方と効率のいい不労所得かなぁ」
我ながら俗だと思う。
「そう、それが人間の限界というモノじゃ。あとは、何だかんだでこの世界で魔法を使うからには、対価を払う必要があるじゃろうしのう」
「ん? 無から有を生み出すってのなら、それ要らないんじゃないか?」
「うむ、理屈の上ではそうじゃし可能じゃろう。じゃが実際問題として、そうすると世界のバランスが崩れてしまう可能性が高いのじゃ。ここに桃を1つ出現させたとしよう」
といって、ケイは自分の掌を出した。
「何で桃」
もちろんケイの手に桃は生じない。仮にの話だ。
「何となく食べたくなったのじゃ。それはともかくじゃ、そうするとここに本来あった空気はどうなってしまうのじゃ。空間はどうなってしまうのじゃ、という事になってしまう。その辺の辻褄合わせはこの世界がやってくれるじゃろうが、大規模なモノとなると……のう?」
「修復やら反動やらが大変って事か」
「そういう推測が成り立つ、という話じゃがの。SF系与太話の部類じゃ。そういうのを一切合切無視してやりたい放題にする、というのなら可能じゃろう。けれど、魔法使いは人であったから、それは控えた。やると周りに迷惑が掛かってしまう」
軍を消す事は出来る。
が、そうするとそこには言わば無が生じる。
ケイ曰く、運がよくてその空間がしぼみ、時が乱れ、この世界が若干歪む程度で済む、という事らしい。
もちろんそれを修正する事も、魔法使いには可能だろうが、いちいちそんな事を考えて使っていたら、脳味噌が持たない。だって、魔法使いも人だから。
「じゃが、そういう意味では、伝承に語るニワ・カイチの『法則の変更』、というのはそこそこ上手い手なのじゃろう。物質ではないし、おそらくは世界が修正を加えるまでのごく一時的なモノであろう。対価はまあ……魔力が妥当ではないかの。縛りを入れている分、使い勝手は悪そうじゃが」
「……シューティングゲームの法則を生めば、空を飛ぶ事が出来る。ただし、ライフゲージ制でない限り、一発当たったらその部位がどこだろうが死ぬとかか」
もちろん、ライフ三機あるとか、当たり判定が極端に小さいなんてのも、有り得る。
ただ、それはその、空を飛ぶ必要が無い限り、あまり使おうとは思わないだろう。
そういう意味では、魔法は状況に対して受け身になる力なのかもしれない。
「とはいえ……くく、これはよい」
ケイは肩を揺らして、小さく笑っていた。
「おい、おいおい、何かすごい悪い顔になってるぞ、お前」
「上位の領域への移動。なるほど、そのテーマには手をつけておらなんだわ。よいの、これはやり甲斐があるかもしれぬ」
自分の興味、やる気、そういうのが今、ケイの中で芽生えつつあるようだった。
「で、でも多分、それってお前の実家の商売とは、あんまり縁が無いと思うんだけど、いいのか?」
0も1もない、もしくは全てを内包した世界へと到る技術。
うん、そんな訳の分からないモノ欲しがるのは、それこそ徳の高い坊主ぐらいだろう。そしてそういう人は自力で行きたがるモノだろうし、家電製品でヒョイと行けてもあまり有り難みがなさそうだ。
「よいのじゃ。昔から、妾は興味のあるモノのみを追い求めておった。その際の副産物がたまたま、商品になる事はあるがのう。例えば高感度のカメラレンズや、長持ちするバッテリー等じゃ」
「……あー、そういう感じに、アイデアってお金になるのね」
「高みを目指せば、付随するモノも自然高い性能を求める事になるからのう。足りぬ部分を補うだけでも、それは既存商品の上位種となり得るのじゃ。まあ、そんな事はどうでもよい。うむうむ、よいぞ。妾の為す事は決まった」
どうやら、ケイは自分の中では納得がいったようだった。
ある意味、彼女の旅の目的はこれで達する事が出来たとも言える。
それでも無謀っちゃ無謀なので、一応ツッコミは入れさせてもらう事にした。
「あのさあ、求めてるモノってこれ、実在するかどうかも不明な伝承の、”魔法”だよな。幻想を科学で再現しようって言うの?」
「否、違う。超えるのじゃ!」
「……すんごい自信」
間髪入れず言い切る辺り、凡人とは違うなあと思ってしまう。
「でもまあ、そういうのがないと、駄目なのかねぇ」
「もちろん、お主も手伝うのじゃ」
「僕も勘定に入ってんのそれ!?」
ちなみに。
この時点でマホト川の戦いの話は、実はほとんど進んでいない。