そして科学者は閃きを得た(中)
「分かりやすくしてくれたのはありがたいけど、状況は何にも変わっていないぞ。魔法使いは、どうやってそこに到達するのさ。したとして自我をどうやって保つのさ」
すると、ケイはピッと指を一本立てた。
「……何か、鍵となる理があるのじゃ。ここでは腕力も知力も運も役に立たぬ。そして、この魔法使いにしかおそらく不可能……」
何となく、だけれどケイ自身も喋りながら、自分の中で思考を整理しているように僕は感じた。
そして後に本人から聞いた所では、僕のその印象は大当たりだったらしい。
「ニワ・カイチは異世界から呼び出されたという。すなわちの、別の法則の世界の住人なのじゃ。もしかすると万有引力が存在せぬかもしれぬし、相対性理論が通じぬ世界だったのかもしれぬ」
「ラノベによくある、そういうのとは違うって事か?」
たまに、重力が向こうの十分の一とかで、すごい怪力だったりとかあるけれど、これは違う惑星なんていう設定でも代用が利く。
法則、というのはおそらくそういう話じゃないんだろう。
「異世界召喚系という奴じゃの。や、それはそれでありじゃ。ただ、ここでは科学的な説じゃ。……まあ、科学というか似非科学に近いのじゃが」
うむ、と天井を見上げていたケイが、頭を戻した。
「異世界、というのはの、単に他の世界というだけではないのじゃ。極論すれば宇宙が水で出来ている世界とか、惑星同士が宇宙創世以来ビリヤードしておる世界もおそらくは存在する」
「すげえな、それ」
思わず汚い言葉が出た。
というか、どんな発想で出て来た、それ。
「お主、適当に想像してみよ。何でもありじゃ。一切の否定はないぞ。思いつく時点でそれは可能性じゃ。そして可能性の数だけ、世界は存在する」
宇宙全体を飲み込んだ、この世界普遍の法則。
そういうのとは、一切合切異なる世界が数多ある、という事だ。
大半は、人間が住むのが適わない世界だろう。
「そんな中でニワ・カイチはおそらく、この地と近い世界から呼び出されたのじゃろうな」
「その根拠は?」
ケイは、ニワ・カイチの肖像画を指差した。
「少なくとも、人の姿を取っておるからじゃ。魚人族のようにエラも張っておらぬし、有翼人のように翼も生えておらぬ。ま、それはよい。長々と話したが、つまりニワ・カイチという人物は肌で知っておったのじゃ。法則というのは常ではない。この世界で有り得ぬ事も、他の世界では有り得るとの。ニワ・カイチ的には一番近いのは、おそらく魔術という技術じゃろう」
そして、とケイは続けた。
「つまり、ニワ・カイチは封印された無の空間でただ、気づけばよいだけだったのじゃ。極論してしまえば、有り得ない事など有り得ぬ。可能性の全肯定。ここでの常識が全ての常識ではないという思想。0と1の二元論が存在するのならば、それすら統べる根っ子の存在があるはずじゃ。まずどうやってそこに到るかじゃが、自分がそこに行けぬはずがない。だって無の空間にはそもそも、距離という概念がないのじゃぞ? どこかに行こうと思うのならば、それはただ想じればよいだけなのじゃ」
無の空間とは即ち、座標もないという事。
前後左右上下、どこに向かおうが意味が無い。
なら、動いても動かなくても同じだ、と言うのがケイの理屈らしい。
とにかく、そこへの到達方法は、クリアした。魔法使いが違うやり方をしたという事も充分有り得るが、筋は通っている(と僕は思う)ので、クリアしたとしよう。
そうすると、次の問題だ。
が、これもあっさりとケイは凌駕した。
「そして、神の空間に辿り着いたとしてどうして無事か。それすらも問題ではないのじゃ。だって妾達が今言ったではないか。そんな自我のない場所に到達したら、自分が消えてしまうのではないかと。うむ、その通り。じゃが、それは妾達の世界の常識であろ? ならば理は1つあれば充分じゃ。そんな法則、どこの誰が決めた?」
それは、可能性の全肯定であり、全否定だ。
その域での真理は1つ。
無すらない……っていうのはつまり、僕達の常識もないという事。なら、俺の自我があってもいいじゃないか。文句があるなら言ってみろ。
「そ、それは……ありなの、か?」
もちろん、文句を言うモノなど、言えるモノなど、存在しない。
「理屈は通る。妾達は無理じゃとしても、それはあくまでこの世の法則じゃ。異世界、すなわち異なる法では、そんな場でも己を保てる法則があってもおかしくはない。そしてニワ・カイチはその域に辿り着いた。全てを受け入れ、その上で自我を保ったのじゃ。理論上では、無と有を統べる世界。無がないのなら、それはすなわち全ての有。逆もまた然り。始まりと終わり、原因と結果全てを得られる場じゃ」
「便宜上、神の領域、と呼んでいい場所か」
「じゃの。その神という概念すら、この世界の有に当たるのじゃが」
「……そんなの、たった三年の勉強で、そこまで出来るモノなの?」
「ならば聞くが、どれだけ長ければよいのじゃ? 十年か、百年かや?」
「む……うーん。どうなんだろう、何て言うかこういうのって、長い歳月を掛けて真理に辿り着く、みたいなイメージがあってさ。ホント、ただのイメージなんだけど」
言ってみれば、すごく高い徳を積んだ坊さんのイメージだ。
正直、魔導学院の出来の悪い生徒、みたいなのはいまいちそぐわない。
「それはそれで合っておるの。思考に思考を重ね、論理を積んでゆくやり方じゃ。ただ、まったく逆の考え方もある。いわゆる直感、閃き、そうした思考の瞬発力、発想力の類じゃ。これに関しては、三年という歳月は本当に意味が無い。思いつくなら封印された直後にかの域に到るじゃろうし、思いつかぬなら一生掛けても無理じゃ。この三年を長いとみるか短いとみるかは、ニワ・カイチ本人にしか分からぬであろうよ」
長くなったので、こんな時間(午後三時)に珍しく更新。
なお、後編はいつもの時間(零時)更新となります。
もう予約入れたから、ちゃんと掲載されますよ!




