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ガストノーセン五日間の旅   作者: 丘野 境界
第三章 遺跡と聖都の地・イフ
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そして科学者は閃きを得た(前)

ごめん、ちと長くなりそうなので分割になりました。

すんごいややこしい話になります。

「封印の巨大石の説明をしてくれた、ジョン・タイターの言葉を思い出すのじゃ。あれはいわば補習室と言うておった」

「……そういえば、そんな話、したっけ。同時に牢獄にもなった、だっけ」

 何だか随分前のような気がするけど、ほんの数時間前の事だ。

「うむ。それはそれで別に使い方じゃがの、つまり完全な無の空間で、有を生み出すのがあの封印の使い方じゃ。少なくとも魔術があった時代はそういう使用法じゃった、という事じゃの。さて、これをお主にどう例えればよいか……」

 むーん、とケイは腕組みして唸り、やがて思いついたらしく顔を上げた。

「デジタルという概念は分かるかや」

「……えーと、0と1?」

 答えに不満があったのか、ちょっと難しい顔をされた。

「正確にはちょっと違うのじゃ。デジタルというのはつまり、きっちりと数字で区分する

アナログはその点、かなり鷹揚であり、またそこが逆に利点でもあるのじゃが……」

「ケイ、話が逸れそうだ」

「うむ。ま、それはよい。0が無で1が有とするのじゃ」

「ふむ」

 ケイにも言いたい事はあるようだけれど、それを僕が聞いて理解出来ると思えない。

 ひとまず、定義は出来た。

 0が無で1が有。

「封印の巨大石の中は基本0しかなく、そこで1を生み出すと考える。漫画家で言うならPCも資料も何にも無く、ただ紙とペンしかない状態じゃ。こうなってはもはや描くしかない」

「……何でそこで漫画家」

「何となく、一番適当な例えを思いついただけじゃ。でまあ、実はこの無というのが曲者での。実は無という概念が存在する」

「???」

 僕は首を捻った。

「待て、いきなり難しくなった」

 (無い)が、ある……?

「だから、数字の0が存在すると言うておるのじゃ。1でも-1でもなく0じゃ。例えばここ」

 ケイは、自分の前で手をヒラヒラさせた。

「一応空気とか空間とかがあるのじゃが、ひとまず何にも無いとする。ないの?」

「ま、まあ、ないな」

 とりあえず、何にも無い空間、としよう。それで僕も納得する。

「これが、0じゃ。ここが1じゃったらどうじゃ。妾達は窒息死か圧死かのどちらかではないかや?」

「ま、まあ、そうなるか」

 1、すなわち有というのはこの場合、何らかの物質だ。

 つまり、この部屋に資材がギチギチに押し込まれてしまい……僕達は多分死ぬ。

 ()は必要であり、事実ここに存在している、という事か。

「左様。つまりこの世界は0と1で成立しておる訳じゃが、もう一段上の次元が存在するのじゃ。何と呼ぶか、うむ、呼びようがないの。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()のじゃ。ただ、魔法使いのこの宣言――」

 ケイは、黒い石文を指差した。


『「封印の巨大石の中で、私は真理を得た。あの石の中はその門であった。ただし、それは作った者も使ってきた者も、気付く事は出来なかった。あれは全ての無から有を生み出す場であり、それは正しくも間違ってもいた。有と無の全て、また原因と結果、善と悪、光と闇、難と易、数多のこれら全てを手に入れる場だったのだ」』


「これに筋を通すとするならば、こういう事じゃ。無から有を生み出すという行為が魔導学院での前進とするならば、此奴の行為は後退なのじゃ。多くの者が1を生み出そうと躍起になる空間で、魔法使いは0を手に入れる方法を模索した。これは推測じゃが、おそらくニワ・カイチは最初、外に出て0を生み出そうと考えたのではないかのう」

「げ。それってあれじゃないか。消去(キャンセル)系魔術だろ?」

 けれど、魔法使い(ニワ・カイチ)の使う魔法は、全然違うモノだ。

 これはどういう事だろう。

「そして試行錯誤の末に到ったのが、0と1を俯瞰出来る場――神の空間とでもしておこうかの。本来妾達が思い描く神すら、この世界の存在なのじゃが他に言いようがない」

「いやでも、そんな神の空間とやらに簡単に行けんの? だったら他の人だってやってるだろ?」

 ニワ・カイチが試行錯誤したと言っても、彼と同等あるいはそれより頭のいい人はいたと思う。

 何せ魔導学院だ。

 まず、教師が考えつくんじゃないだろうか。

「……そこに到る条件として、デジタルという概念を理解しておる事が必須じゃの。そして封印石の中で、0を手に入れる方法を模索する必要がある。そしてこれが一番重要なのじゃが……」

 再び、ケイは腕組みして唸った。

 さっきよりもやや長く、そして頭を振る。

「そもそも普通はやらん。だって、何にも無いんじゃぞ? 封印石の中、すなわち0の空間ですら自我は存在しておる。じゃが、神の空間にはそれすらない。なーんにもないのじゃ」

「ちょっと待ってよ。自我すらないってなら、どんな人間だって到達出来ないだろそれ。行った瞬間、自分が全部なくなる」

「そうじゃ。じゃから、やろうとする者など、まずおらぬ。思いついても、実戦した途端自分が消えると分かってて、やる阿呆がどこにおる。まずはそこに辿り着いて、自我を保つ手段を考えねばならぬ」

「じゃあ、無理じゃん。その、自我って概念自体がない世界なんだろ?」

「いや、方法はあるはずなのじゃ……これをただの伝承、適当な辻褄合わせとするのも、いささか残念じゃし、こう、妾の頭にも引っ掛かっておるというか」

 天井を見上げながら、ケイの長考が続く。

 やがてその態勢のまま、ケイは口を開いた。

「……お主、パソコンは扱った事があるかの」

「あるけど」

「ハードディスクというのはの、出荷段階そのままでは使えぬ事が多い。いわゆる領域が確保されておらぬのじゃ。フォーマットし、使えるようにならねばならぬ」

 ……いきなり、何の話だ。

 思いっきり話がジャンプして困るが、ハードディスクの初期状態ぐらいは知っているので、頷いておく。

 そして次のケイの台詞で、ようやく言いたい事が理解出来た。

「つまりこのフォーマットされたハードディスクが0の世界での、データが入っている空間を1、すなわちこの世界と思うがよい」

「何となく把握した。神の空間ってのはつまり、領域確保されてないスペースだ。つまり0にも1にもなり得る空間だ」

「うむ」

 なるほど、そりゃあ確かに何にもない。

 データ()はもちろん、空き領域()すらない。

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